第19話「閉められた門、舞い降りた姫②」
前話続き
3月28日(火曜日)
東京都渋谷区
外見:緑川 湊
中身:紫苑寺 咲
参拝が終わると、暖かな日射し、清々しい春の風が気持ちよく、小休止することにしました。図書館がやっていなかったためやることがなくなってしまったせいでもあります。
神社の奥にあった公園のベンチに腰掛けました。神社の奥だと思っていましたが、こちら側も道路に面していて小さな鳥居までありました。
どうやら道を挟んだ反対側にも神社があるようです。そちらは赤い鳥居がいくつも並んでいて稲荷神社だという事が一目で分かります。
平日の午前、神社の中ということだけあって緩やかな時が流れているように感じます。
今、起きている事態をゆっくり考えてみると、科学では説明出来ないこともこの世には一杯あるのでは、と考えるようになりました。
(色んな神社があるけど本当に神様って居るのかな・・・)
「そなたは神に居て欲しいか?」
突然、聞き覚えのある女の子の声が聞こえ、その場の空気が突然、張り詰めたかのように変わりました。声の主を探そうと首を回しますが、平日の神社に人気はなく誰も見つかりません。それどころか、空に舞っていた桜が止まって見えます。
「え、どうなっているの?」
身体がおかしくなって頭までおかしくなってしまったのか、と心配しましたが、謎の声が直ぐさま否定してきます。
「幻聴ではないよ。姿が見えぬだけで我々はいつだっている」
節々に少し古めかしい言葉遣いの女の子の声だけが私には聞こえたままでした。
「あ、あなたは誰なのですか?」
姿が分からなければ、呼ぶこともままなりません。冷静にこの事態に対処しようとしている自分に驚いきました。しかし、質問した声は引きつったような声になっていました。それでも、謎の声は驚くくらい落ち着いています。
「そこはわらわの地から遠く、そなたに姿を見せる事が出来ないのがもどかしい。わらわも、もう力が弱ってきているらしい。しかし、声だけは飛ばせた。そこが神社だからだ。神社の鳥居は結界の役割を持っている。不浄のモノを追い払い、場を清浄にしてくれるのだ。わらわはそなたら人間が言う、神かも知れぬ。だが、元々、私は神として生まれた訳ではない。遠い昔に人間に奉られたのだ。信仰が妾の力となっていた。」
自らのことを神かもと言う声に私はこの時、この声に聞き覚えがあった理由が分かりました。
「どうして私にだけ声を聞かせたのですか? しかも私の声にそっくり……」
「それは簡単だ。そなたらを入れ替えたのがわらわだ。それにそなたらはわらわの声を聞く素養を持つ。今の時代、それを持つ者は少ないのだ。しかし、そなたらは修験をしていない人間だ。その上、おまえの身体はもう持たない。そこに丁度、生きる事に疑問を抱いた素質持つ人間がいた。入れ替えたのは精神を鍛える必要もあったのだ。そして、おまえの声にわらわの声が似ているのは姿も瓜二つだからだ。」
神様と言う声は私の質問に答えてくれはしましたが、それらは驚く事ばかりで人間離れした神の業と神という存在を認めなければ話は進みそうもありません。小さい頃からおじいちゃんが宮司をする神社に顔を出していましたが、今の今まで神様を心から信じたことはありませんでした。
「元の身体には戻れるのですか? それにどうして姿が瓜二つなのでしょう?」
「質問ばかりだ。しかし、それも仕方あるまいか。」
ため息まじりの上に、古めかしい言葉遣いなのに自分と声が同じなのが少しおかしく感じます。神様は続けます。
「元に戻れるかは私には保証しかねる。おまえ達の奮闘、決意、意思、そなたらの運命がそれを決めるだろう。そして、なぜ瓜二つなのかだったか? その質問にはまだ答えられない。」
何か教えてくれていそうで、その実、あまり何も教えてくれない神様です。
「つまりこの状態にしたのは神様ですが、元の身体に戻れるかは私たち次第ということですしょうか?」
「簡潔に言えばそうだな。しかし、わらわは神様と呼ばれるのに良い気持ちはしない。それは、後から人間達がつけたからだ。わらわは元々あの地に住み着いた人間だった。しかし、わらわは生まれついた時から異能の力を持っていた。だが、最初の内は人間とうまく共存することが出来ていた。しかし、ある日死んだのだ。人間達は、恐れ、崇め、わらわを神として祀ったのだ。」
私の頭の中で「死んだ」という日常生活で聞き慣れない単語だけが反芻されました。私と同じ声で語られる、神様として祀られた過去はとても暗く重いもののようです。薔薇の花のように触れれば傷ついてしまう、簡単には触れてはならない話だと感じました。
「しかし、では何と呼んだらいいでしょうか?」
「ふむ、そうだな。丹鶴と呼ぶと良い。わらわは、そろそろ行こうと思う。また、おまえ達に逢えるのを楽しみしている。しかし、そなたは本当に元の身体に戻って良いのか……?」
声が途切れた瞬間、風が吹き抜け、桜の花びらが舞い、時間が動き出すのが分かりました。3月の風はまだまだ冷たく、ビルの間を通り抜け、いろいろな匂いをすくって私の頬にぶつかりました。
その匂いが私を現実世界に戻してくれた気がしました。気が抜けたのか、良い匂いだったのかお腹がなります。携帯の時計を見るともう、お昼でした。
あの声が非日常へと脚を突っ込んでいたことを思い出させてくれました。しかし、この良い匂いが私をまたこの日常とは言えないけれど、幸せそうな日々へと戻してくれました。ですが、一つ疑問があります。あの声が名乗った名前に覚えがあります。ですが、その記憶の在処が不思議でたまりません。
(私の記憶は、私の意識と繋がっているのでしょうか? それに最後の一言……)
しかし、それを考える前に私はお腹を満たすことにしました。お腹が減ってはなんとやら、です。幸い、神社を出てすぐの所に赤い看板に金色の字の目立つ中華料理屋さんがありました。