第16話「灯台もと暗し、過去のおもいで①」
3月28日(火曜日)
和歌山県新宮市
外見:紫苑寺 咲
中身:緑川 湊
昨日、突然に、しかし当たり前のように死が目の前に現れた。
しかし、それでも普段のように眠ることができた。それは、余命宣告というよりいつ死んでもおかしくないくらい切羽詰まっているからだ。人間いつ死んでもおかしくない。それならば普段となに一つ変わらないではないか、そう思えたのだ。
それならば、なるべく普段通り過ごそうと俺は携帯の電源をつけてみた。一応毎朝メールの確認をしていた。しかし、今日はいつもなかった、メールが届いていた。昨日の夜12時前に届いたようだ。
確認すると美波からだった。これまで特にメールが来たことはなかったので異様なことだ。しかし、昨日の話のことだと察しがついたのであまり驚くことでもないと考えていたからすぐにメールを開いて内容を確認することが出来た。
俺が携帯を持ち出す頃にはスマートフォンが普及していたから、二つ折り携帯の操作に今ひとつ慣れない。メールをメールお預かりセンターといったところから受信しなければならないのだ。
『title:覚えてる?』
メールタイトルだけが最初に表示され、中身を開くと思わぬ内容のメールに目を見開いた。
『小学校の修学旅行で奈良の東大寺に行ったときに見た五重塔。思ったより綺麗だねって話したの』
突然送られてきたと思ったらメールの内容がこれだ。本当に意味が分からなくなってきた。本当はこんなことに時間を使っている暇はないというのに。命が惜しい。さっさと適当に返してしまおう。
『title:Re:覚えてる?』
そういえばメールだと返信するときはこういうタイトルになるんだなと、感慨深いものがあった。知ってはいたが、アニメや映画の中の出来事で始めての体験に少なからず心躍っていたかもしれない。一昔前は家の電話が主流だったし、その前は黒電話だったから、その一昔前の電話を使うのと同じような感覚だった。
『そうだね。五重塔を始めて見たから驚いたね!ねえ、でもこれ何の話?』
美波にはお父さんから心臓の話をされていないのだろう。そうでなければ、こんな意味の分からないメールは寄越してこないはずだ。長くはない付き合いから勝手に相手との心の距離を計っていた。携帯を再びサイドテーブルに乗せた。そこでふと思いついた。
(よく考えればこの携帯から自分の携帯に連絡出来ないのだろうか?)
なぜこの考えが思いつかなかったのだろうか。病院で携帯の存在感が薄かったからだろうと当たりをつけ再び携帯を手に取り、電話をかけようと番号を打ち込もうとした手が止まった。
自分の携帯番号が思い出せないのだ。普段、SNSばかり使っているせいで携帯番号もアドレスも覚えていない。こんなところでスマートフォンにしたことの弊害が出るとは思わなかった。だが、大きな発見があった。二つ折り携帯でメールと電話、カメラぐらいしか使い道がないと思っていたこの携帯もインターネットにつながる次世代型の携帯だったのだ。
(これならツイッチーで新しいアカウントを作れば俺のアカウントと連絡出来るんじゃないか?)
この異常事態への解決へと一歩前に進めたかのようですこし安心できた。しかし、元の身体に戻ることは咲が死ぬことだと意味していた。
(いや、俺がそれを知りながら元に戻って恨まれる筋合いはないだろう)
今、たまたま身体が謎に入れ替わっただけであってこのまま俺が死んだらそれはあまりにも理不尽だ。そんな理不尽な事がまかり通って言い訳がない。むしろ、この病弱な身体から解放されてどこかで遊び回れているのなら感謝されてもいいくらいだ。
早速、アカウントを作成しようと携帯を操作し始めるとそれを妨害するかのようにドアがノックされた。朝から来るのは検温をするいつもの看護師だろうとそのまま操作を続けようとしたが、いっこうに中に入ってこないから一声かけた。
「どうぞー?」
中に入ってきたのはいつもの看護師ではなかった。だが、全く知らない人物ではなかった。いつもより堅い表情をした美波が一人、立っていた。
「朝からごめん。少し屋上いかない?」
声音から何か話があるのは察せられた。病室の窓から外を見やれば雲がうっすらと空全体にかかってはいるが出られないほど荒れているようには見えなかった。
「うん、いいよ。上着を着るから少し待って」
ベッドの脇に置いてあった薄手のパーカーを手に取り寄せ、羽織った。あまり派手な装飾がついていないから俺でも着やすいパーカーだった。
(作者の私事で申し訳ないのですがテスト週間のため通常なら1話で投稿したかったものを二週分として投稿させていただきます。すみません)