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第14話「非日常の中の日常、震える携帯」

第12話「小さな冒険、小さな挑戦」続き

3月27日(月曜日)

東京都渋谷区


外見:緑川 湊

中身:紫苑寺 咲


 ポケットに入れていた携帯電話をTVの前にあったローテーブルに置いて、ソファに腰掛けました。身体が普段より重いせいか、ソファが柔らかいせいか、もしくは両方なのかソファに深く沈みます。一度、沈み込むと中々立ち上がることが出来そうにないです。


 無音では退屈なので、TVをつけることにしました。リモコンの電源ボタンを押すとすぐに映像が流れ出します。

 1チャンネルから順番に押していきます。しかし、驚いたことに1チャンネル目が教育番組のことに違和感がありました。続けざまにチャンネルを変えていくと、ほぼすべての番号にテレビ局が割り当てられていました。ここが、私が普通だと思っていた日常とは、やはり少し違う場所なのだと思える出来事でした。

 しかし、非日常な事態に巻き込まれても日常で行っていたことは変わらず行ってしまうのです。

 私は、勉強が好きという訳ではありません。でも出来ないと、人とは違う気がしてしまい、不安になってしまうので休みでも勉強をすることがあります。

 緑川さんも察するに春休みに入っているようですが、勉学の方が如何ほどか気になってしまいました。今、私は緑川さんの頭や身体をお借りしていますが、この考えている思考力が私由来なのか緑川さん由来なのか気になります。


 考えていると、ふとTV画面に気が取られました。TVでは平日お昼らしい、のほほんとした旅番組がやっていました。

 今回は、和歌山特集のようで私がよく知っている熊野の古道が出ていました。つい数年前には世界遺産に登録され、観光客の方が増えているそうです。知らない街で知っている場所の番組を見ることになるとは思いませんでした。



 熊野古道の歴史は古く、鎌倉時代には地頭(じとう)職の恵まれていた武士が参拝に来ていたようです。しかし、熊野は紀伊半島の一番端にあり、参拝者を招くため女人禁制ではない当時珍しい修験道(しゅげんどう)でした。また、熊野の特徴として二つあげられます。

 

 一つは先達(せんだつ)御師(おし)の存在です。先達とは、熊野三山で修行した山伏の中で功績の優れたもので平安時代から各地にいたそうです。その人達が熊野まで案内して、御師の元に連れて行っていました。御師は宿泊所の世話や山内の案内などを行い、先達からお客さんを斡旋してもらう、という仕組みだったそうです。


 もう一つは、護符というもので、主にお守りとして広い地域で門に貼られていたそうです。それは、誓詞(せいし)起請文(きしょうもん)にも使われ、主従や夫婦契約の際にも使われていたそうです。




 私は、熊野で育ち、しかも神社のおじいちゃんから多くをそこで学んだのでそれらを詳しくはありませんが、多少は見聞きした記憶があります。たしかに私の家でも護符が貼られていたように記憶しています。知らぬ間に生活に根付いていて、信仰は強かったのかもしれません。

 運動会や進級するとき、高校受験の時、何か心配ごとがあればいつでも神社に行っていました。



 番組が終わる頃には陽が傾き始めていました。そろそろ晩ご飯はどうしようかと考えていた時、ローテーブルにのせていた携帯が震えだしました。

 慌てて取り上げてみると電話がかかってきたようです。それは結衣さんからでした。電話が鳴ると出てからのことを考える余裕はなく、『出る出ない』の選択しかありません。ですが、結衣さんからの電話です。また電話が掛かってくるような気がしました。

 音が邪魔にならないよう、集中を切らさないようTVの電源を消しました。


『お兄ちゃん、久しぶり。ちょっと聞きたいことあるんだけど……本当に、本当に私のお兄ちゃん?』


「はい、お兄ちゃんでs……だよ?」


『声は本物の、お兄ちゃんだ。私の勘違いかな? なんかLINEに顔文字とかいつも使わないのに入っているし、言葉遣いに何か違和感あったからさ。風邪でもひいた? それとも可愛い妹が居なくて寂しくなっちゃった?』


 笑顔で行っているのが伝わって来るくらい元気な声でした。


「顔文字とか使わない方がいいね。結衣はいつ帰ってくるの?」


 朝のお父さんの出来事を反省して、いつもみーちゃんと話す時と同じような話し方にしてみました。ばれないか緊張しながら相手の返事を待ちます。


『使わない方が良いよ! え、忘れたの? 明明後日(しあさって)だよ~』


 また楽しそうな声が返って来て、疑われている様子はありません。


 無事、電話を乗り切り安堵していました。しかし、今思えばどうしてバレてはいけないという思考になったのでしょうか?

 私は別に、ここで真実を告げて助けを求めることが出来た事を夜になるまで思いつきませんでした。それが、今後どのような苦難が待ち受けるか知らずに……


 陽が沈んだリビングでスマートフォンの光だけが私を照らしていました。


参考文献:安藤精一著『和歌山県の歴史』山川出版社

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