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第13話「知らない世界、羨ましい友達」

3月27日(月曜日)

和歌山県新宮市


外見:紫苑寺 咲

中身:緑川 湊



昨日は、病院の屋上に上がって場所もよく分からない田舎で空と海を見渡した。それは、都会では見る事が出来ない美しさだった。太陽が、海に反射して、波は煌めいていた。昔の記憶が呼び戻されるような情景だった。


 しかし、今それを思い出しているほど暇ではなかった。


 今日も母と美波がお見舞いに来ていたのだ。春休みとはいえ、二日連続でお見舞いに来てくれるとはこの美波という少女は本当に良い奴なんだな、と思う。

 俺の周りでこんなに親身になって心配して、見舞いに来てくれる人間は妹の結衣(ゆい)だけだと思う。高城(たかぎ)は心配してもどうせメールだけだろう。お互い薄情だとは思うが、それで十分だと思う質なのだ。しかし、それは男子と女子で変わるものだと分かった気がする。


「サキ、今日は元気そうだね。昨日は暇そうだったから雑誌とか持ってきたよ!」


 今日も元気いっぱいな美波に少し圧倒されていた。昨日はあの後、部屋に戻ると朝と同じ看護師さんがいて検査が待っていた。

 そして、うれしいことに親御さんが個室を取ってくれていたので部屋にユニットバスではあるが風呂が付いていたのだ。これは人生で最高な時間だったので、墓場まで持って行きたい記憶になった。


「ありがとうね。何の雑誌を持って来てくれたの?」


 考えていた昨日の記憶を脳内から押し出すように質問をしてみた。母は会話に入らないようで服の替えを整理していた。


「えーっとね、ファッション誌と漫画誌かなー。何か希望とかあった?」

「え、別になかったよ。大丈夫」


特に、何も考えずに質問したので質問返しは少し戸惑った。


「よかった! じゃ、いっしょに見よっ」


 弾むように言う美波がとてもほほえましく思えた。しかし、それは束の間の出来事だった。

 

 ベッドに乗ってきて横に座り出したからだ。

 女子高生と肩が触れあう程、近くに寄ることなど共学の学校で普通に生活していても起こりえないイベントだ。それを体験出来ただけでもこのサキという女には感謝しなければならないだろう。


「サキ、どっちからみたい?」


 変な想像をしているうちに隣に座った美波が漫画誌とファッション誌を広げている。


「美波が読みたい方で良いよ?」


 この状況が異常過ぎて頭がうまく働かないので選択を任せてしまった。それが、いけなかったのか美波の眉間に一瞬、シワが寄った気がした。だが、すぐにいつもの顔に戻ってファッション誌を開き始めた。


「サキ、いつも遊び行くときはガーリッシュ系とかフェミニンな服が多いからここら辺のページかな~」


 ページがぱらぱらとめくられていくが、美波が言った横文字がイマイチ分からないでいた。ガーリックだかフエラムネだか言っていたが服のジャンルだろうか?

 普段はパーカーとかトレーナーを着ているよ、と言いたかった。


「私はカジュアル系が多いからサキの女の子らしいのはうらやましいよー」


 またしても横文字が続いていたが、なんとなく掴めて気がする。どうやら美波は妹の結衣と同じような服を好むらしい。それに比べて女の子らしい服ということは、パジャマからも分かる通り、サキはフリルとかピンクとかそっち系の服を好むのだろう。


「そう? ありがとう。」


 とりあえず、無難に返答をしていれば何も問題はないだろうと踏んだ。そうしているうちに俺が女子のファッションに詳しくなるのにそんなに時間はかからなかった。今ならガーリーでも裏原でもなんでも来いとでも言える。


それからどれくらいたっただろうか、ファッション誌を一通り目を通し終わったくらいでサキのお母さんが割り込んできた。


「お嬢さん方、小腹は空きました?」


 お手伝いさん風に冗談めかした声で、手にはいくつかのお菓子が乗ったお盆を持っていた。病院食が飽きてもいいようにいつものお菓子を持ってきてくれたらしい。


「あ、このラングドシャって角のとこの喫茶店のですか?」


 美波がお母さんに、小袋に入ったクッキーとクッキーで白いクリームを挟んだような洋菓子を持って母に尋ねていた。女子はなんにでも詳しいのだ。俺にとっては旅館とかに置いてある茶菓子、または誰かが北海道に行ったお土産にくれる白い愛人のイメージしかない。そして、あれは大抵おいしい。


「あら、お目が高いわね。そこの『らんぷ』っていう店で買ってきたのよ」

「あ、私それ食べたいと思ってました!!」

 

 そんな有名な店のなら俺も一度食べてみたかった。それに、無性に甘い物が食べたい気分なのだ。


「じゃ、私と半分こねっ」


 美波も同じ考えだったようで、笑顔で言われてしまった。意外と抜け目ない奴のようだ。


「そうだね、おいしい物はみんなで食べよう」


 一人で食べる気でいたから若干口角が引きつっていたかもしれない。しかし、美波はそんなことを一切気にすることなく、お母さん含めて三人分に分け始めた。


 お菓子とお母さんが持って来てくれた紅茶を飲みながら雑誌を囲むという、いわゆる女子会が開催された。母を女子とするかの異論は認めがたい。それは母の年齢を知らないのもあるが、見た目が若いのだ。 そして、話す内容も中身が男のサキより女の子らしい会話が出来るのだ。それはそうだ。本物の女子だったのだから。服や流行の話をされてもいつも高城とくだらない話や政治とかの話しかしない俺には難しい話ばかりだった。というか服の話をするとき、横文字ばかりだったのはどうしてだ? 全くついて行けなかった。


 お菓子がなくなると、同時にそれは女子会の終了を意味した。サキの母は女子会をしつつも替えの服や暇つぶしの本などを整理して置いていた。

 そして、昨日もそうだったように15時を迎えようかとする時にドアをノックする音が聞こえてくる。 サキの父が迎えに来たのだ。この男が口を開くことは少ない。だが、意思の疎通が出来ないわけでなく普通に心配もしてくる。


「サキ、身体は大丈夫か?」

「はい、少し違和感はあるけど」


 だが、俺にはこれが病気に因るものか、女子の身体になったことからなのか判断が付かなかった。


「そうか……私はお母さんと美波さんと帰ってしまうが大丈夫かい?」

「大丈夫だよ、ちゃんと美波を送ってね?」

「ああ、了解だ。」


 サキ父はドアから一歩入った所までしか入ってこなかった。本当にお迎えに来ただけのようだ。

 母と美波が帰り支度をし始めた。だが、なぜか美波だけが浮かない顔をしていた。


(そういえばさっきも同じような顔をしていたような)


 美波が本当にサキのことを心配していてくれているようで、これほど良い奴がいるのか、と驚くほどだ。実際に俺の近くに居たら狙っていたかもしれない。そんな度胸はないが・・・・・・


「じゃ、お大事にね?」

「また、明日来るわね」


 と、美波、母の順番で言い残し、父と一緒に出ていた。

 ようやく一人の時間が出来たことに安堵するとともに、人知れぬ寂しさがあった。普通の病室と違い、ここが個室なせいかもしれない。ただ、それは普段家で感じている寂しさとは違う気がした。


 さっきまで開催されていた女子会の会場にしていた窓の側にあるソファと机にはまだ、陽が差し込んでいた。


今年、9月から投稿し始めた本作は今話が今年最後の投稿になります。

次話は特段予定がなければ1月6日(日曜日)に予定しています。


それでは良いお年を。

来年も宜しくお願いします。



第15話「知っている顔、思い出す友との会話」へ続きます


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