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第12話「小さな冒険、小さな挑戦」

前話同日

3月27日(月曜日)

東京都渋谷区


外見:緑川 湊

中身:紫苑寺 咲


 お腹を満たせば眠くなるのと同様に、人の家に行ったら部屋の中を見て回りたくなるのが世の常というものです。という私の独自の思考によって、という高尚なものではなく好奇心で家の探索をしてみることにしました。

 

 玄関から入ると、真正面が緑川さんの部屋です。

 廊下には水場が続いて、その先にあるドアをくぐればリビングがあります。リビングの横には、唯一の和室があります。

 スーツが掛かっていたり、経済誌などが積まれていたり、どうやらここは、お父さんの部屋らしいです。

 そしてダイニングキッチンと水場だけは樹脂性の床なのですが、それ以外は、カーペットになっています。水場の床はこのおかげでお掃除がしやすそうです。



 家の中を一通り見終わったのですが、緑川さんの部屋の隣にも部屋があるのですが、まだ中を見ていません。実は、一番この部屋が気になっていました。

 身体が、無意識にこの部屋に入っては行けないと言っているかのように火照るのを感じます。


(この部屋は何なんだろう?)


 一度、湧いてしまった好奇心を抑えるのは難しいものです。昨日からこの家に居て、物音一つしないので誰かが部屋の中に居て、驚くことはないでしょう。しかし、何があるか分からないのはやはり不安なようで、手を心臓に当てれば鼓動が早まっているのが分かります。もう片方の手をドアノブにかけ、ドアを恐る恐る開けます。



 少し開いたドアから部屋の中を覗き込みます。見てはいけない何かがあったらどうしようと思いながら覗きましたが、その部屋はある意味見当違いでした。


 白とピンクを基調とした女の子らしい部屋が広がっていました。綺麗にされたベッド、それに乗せられた大量のぬいぐるみ、飾られたインテリアが女の子らしさをさらに強調しています。

 壁に掛けられたボードには数人の女の子が笑顔で写っていました。全員がお揃いのセーラーブレザーや青い短パンジャージを履いているのを見るとどうやら中学生のようです。


(妹さんの部屋でしょうか?)


 きっとお兄さんである緑川さんは、妹さんを大切にしていて、部屋に勝手に入らないようにしていたのではないでしょうか。そのせいか無意識に部屋に入らないよう身体が反応していたのだと思います。

 

 机の横には本が縛られて置いてありました。表側には『新しい数学2』とあります。この教科書を捨てるということはこの春から中学3年生になるのでしょうか?

 縛られた本の束を裏返して見るとしっかり油性ペンで名前が書かれていました。こちらは『NEW HORIZON②』です。

 教科書の左下に「2-3 Yui Midorikawa」と書かれていました。妹さんはユイさんというのがわかりました。

 

 本人に会う前に名前が知ることが出来たのは、少しほっとしました。突然あってしまったら名前も分からず、どう呼んだらいいのかも分からない所でした。

 

 春休み早々にも関わらず、新学期に向けいらなくなった教科書をまとめているしっかりとした妹さん、という印象を受けました。

 

 

 ここはお兄さんの緑川さんの身体になったからといってあまり見て回ってはいけない場だと、一人っ子の私でも察しが付きます。しかし、昨日も今日も女子中学生が帰ってきていないのは少し不安になってしまいます。


 しかしその不安は、ほんの少しの時間で解消されました。未だに妹さんの部屋を右往左往していたらポケットが震え出しました。

 突然震え出すポケットに驚きましたが、そこに携帯電話を入れていたのを忘れていました。通知をバイブレーションで知らせてくれたようです。

 画面を確認すると最近、流行のメッセージアプリの通知でした。


『結衣:お兄ちゃん、元気?ちゃんと食べてる?合宿は予定通り順調だよ~あと勝手に部屋入って掃除しなくていいからね!!』


 (あら、あらあら)


 思わず感嘆詞が止めどなく出てしまいました。ユイさんは、()()と書くのですね。女の子らしい可愛らしい名前です。

 そして、帰ってこない理由が分かりました。今は合宿に行っているようです。ですが、一番驚いたのが、勝手に部屋に入った時にこのメッセージが届いた事でした。どこかにカメラでもついているのかな、と一瞬疑ってしまいました。ですから、私はすぐに部屋を出ることにしました。

 ドアの脇に制服のブレザーが掛けてあるのが目に止まりました。なぜか、スカートが何種類も一緒にかけられているのを不思議に思いました。



 妹さんの部屋から出ると気付いたことがあります。この家にはもう一つ部屋があっても良いのではないでしょうか?



 そうお母さんの部屋が見当たらないのです。

 リビングに、緑川さんの部屋、妹さんの部屋、そしてお父さんの部屋の3LDKです。この家では三人で生活しているようです。


(お母さんはどこで生活しているのでしょう?)

 

 しかし、この疑問も答えのない問いです。いかに考えてもこの家庭の事情はこの家庭の方に聞かない限り、答えはでないでしょう。


 そういえば、と携帯をもう一度出します。通知が来たということは、内容を確認するだけでは意味がないのです。返信をしなければいけません。

 ですが、私はそこまで不安に思っていませんでした。前にこのアプリをみーちゃんに見せて貰った時に、過去の会話記録が残っていました。それを参考に返信をすれば全く問題がないという算段です。


 アプリを得意げに開くと、クマとウサギのキャラクターが出てきて新バージョンで追加された機能紹介をしてくれました。親切な設計だな、と思いながら先程来ていた結衣さんの所をタッチします。ですが、想像していたものとは違うことになっていました。

 会話記録がなくなっているのです。違う人の所を見るのは悪いことだとは思いましたが、一応確認しました。結衣さんだけでなく、他の人との会話記録も、すべて消えていました。


 参考に出来るものが何一つ残っていません。これでは最初に考えていた方法が出来ないのです。 

 そしてこのアプリは、困ったことにこちらが見たことが相手にも分かってしまうのが特徴です。結衣さんの所を一番始めに開いてしまったので早く返さなければなりません。もう一度内容を確認します。



『結衣:お兄ちゃん、元気?ちゃんと食べてる?合宿は予定通り順調だよ~あと勝手に部屋入って掃除しなくていいからね!!』



 結衣さんには、お兄さんとして返信をしなければなりません。ですが、私にはお兄さんがいませんし、緑川さんがどういった言葉遣いで返事をしていたのかも、今はもう分かりません。仕方がないので男の人らしい言葉遣いを想像します。


『自分:元気にしているよ~しっかり食べています。結衣はいかがですか? 了解しましたm(_ _)m』


 なるべく堅くならないように顔文字を使って見ました。そして、最後に「すたんぷ」と言われる絵文字の大きい物を押してみました。私自身、流行に疎い上に、女子校なので男子と携帯でメールをする機会もないのでどういった文体を使うか分からず、頑張って打ってみました。


 これが正しいかは分かりませんが、結衣さんから返信が来るまではとりあえずこれで満足するしかありませんでした。


 

第14話「非日常の中の日常、震える携帯」へ続く

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