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第10話「一人考える、見たことのない風景」

3月26日(日曜日)

和歌山県新宮市


外見:紫苑寺 咲

中身:緑川 湊


 目が覚めた。


 いや、正確に言うと、何か外界からの衝撃によって起こされた。


「んん、なぁんだ~?」


突然、起こされ状況が飲み込めずにいた。しかし、普段より何ターブも高い声がすべて思い出させてくれた。

夢であって欲しかったが、起きても夢のような状況がまだ続いている。もしかしたら夢で寝てしまえばこの状況も終わり、いつか高城に面白おかしくこのリアルな夢を語りあえるかもしれないと、少しばかり期待していたのだ。


「サキ、男の子みないな喋りね」


 サキの母が、ベッドの脇に置かれた見舞い客用のソファに座り、ほほえんでいた。そこにいることを忘れていた私は度肝を抜かれた。


「あ、うん。寝ぼけていたみたい」

「あら、どんな夢を見ていたのかしら」


 母の疑問は検査のためにきた看護師によって阻まれた。


「紫苑寺さん、よく眠れましたか? このあと検査があるので準備をお願いします」

 

 

 検査から戻り、再び病室のベッドに落ち着くと母は明日、暇つぶしの本でも持ってくると言い残して帰って行った。


 どうやらこのサキという子は心臓が悪いらしい。

 運動のような心臓に負荷がかかるようなことがなければ日常生活には支障ないそうだ。どういった具合に悪いかは話が難しくて意味がよく分からなかった。別に、俺の理解度が低いのではなく持病とかの話も絡んでいてその情報が俺にないからだ。ただ、医者でも診たことがない状態で何が関係しているのか、どうなっているのかも分からないらしい。

 少しでもこの身体の持ち主について知っていかないと命に差し障りあるのではないだろうか。



 退院は今日中にはできないようだ。まだ検査の必要や経過をみる必要があるらしい。しかし、俺の学校と一緒で昨日から春休みに入ったらしく、宿題もなく普段より良い部屋で悠々自適だ。やっと一人でゆっくりこの状況を考えられる。


(さて、どうしたものか?)


 一人になって気が楽になった。だが、このどうにもならない状態では、一人で考えることしか出来ない。その上、身体の調子が悪いせいもあってか、なぜだか無気力になってしまう。

 考える時間が与えられても何をどう考えたらいいのか分からない。一番、心配すべきは、この身体の体調ではなく、元の身体に戻れるかどうかだろう。

 

 部屋で、一人考えても致し方ない気がした。少し歩いて回ることにした。

 検査は、今日はもう無いそうだ。日もまだ落ちていない15時くらい。さっき検査に行く際に連れて行ってくれた看護師さんから聞いたのだが、屋上に出られるらしく、景色が良いからたまにそこで患者さんたちと天体観測やお食事会などのイベントをするみたいだ。

 そこへ向かうことに決めた。

 

 病院は病院でも、総合病院らしくとても大きな作りをしていた。奥へとずっと続いている廊下には病室へのドアがいくつもあって数えるのもあきらめる程だ。しかし、階段を上ってみたら5階までしかなかった。土地がある分、横に大きく作ったのだろうか。

 それがなんだか田舎らしくてそんな些細な出来事でも考え方が違うことになんだか感慨深いものがあった。



 屋上へと出られるドアを開けた。風が吹きこみ、ドアが想像よりも勢いよく開いた。


(うわ、思ったよりきれいなところだな…)


 病院が山を削って作られたおかげか高台にあるおかげで遠くまで眺めることができるようだ。山の裾には街があり、その向こうには海がどこまでも広がっていた。半島にあるおかげか春らしい海風が吹き抜けていく。


(海までが近い。これなら散歩がてら行かせてもらえそうだな)


 久々にまともに見る海に興奮していた。高校のある横浜は港街とも言えるが、実際には都会と同じようにビルが立ち並び、どこに行っても人がいる。海に行こうと思えば行けない距離ではないが、ここの海とは違う。()()()()()海というものを始めて見た気がする。

 そして海から繋がる川をそのまま上流へと見ていけば、緑生い茂る山の中から伸びているようだ。あの山は熊野古道がある山へと繋がって居るのだろうか。


 「自然豊か」という観光雑誌でよく見る売り文句をあまり信じていなかったが、こうもきれいな場所を見ると嘘ではないのだなと思った。


 初めて来たとは思えないようなノスタルジックな風景だ。まるで一度、いや昔住んでいたような懐かしさがあるくらいだ。

 そんな馬鹿な想像をしながら、春とはいえ長時間、風に当たるのは身体に良く無さそうだ。それに山に雲がかかり始めている。一雨来そうだ。部屋に戻ることにした。

 普段、山をみて天気の事を考えることなどないのに土地に合わせてそう考えられる俺は一体どこからその考えを持ったのだろう?



 どうやら意外にもこの状況を楽しみ始めている自分がいることに俺、自身が驚いていた。



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