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第9話「初めての長所、初めての都会」

前話続き

3月26日(日曜日)

東京都渋谷区


外見:緑川 湊

中身:紫苑寺 咲


 考えれば考えるほど頭が痛い話です。

ですが、それはそれで、なんと非現実的な出来事でしょうか。


 夜、病院で眠って、朝、起きたら知らない場所で知らない人になっている…… 


 日常が日常でなくなるこの気分は高揚感という言葉で片付けるには惜しい気もします。私はこんなにも好奇心旺盛だったでしょうか?


 他人の携帯電話をあまり使ってはいけない気がします。これは人によっては肌身離さず持ち歩く日記のように大切なものだと聞きます。

 

 携帯を元の場所に戻し、顔を上げ見渡しました。 


 男の子の部屋に入ったことがないので一般的な部屋という基準がありませんが、机とパソコンがあるくらいで他は至って普通だと思います。

 先程、大声を出してしまった時に何も反応がない事から家に誰もいないはずですが、恐る恐る部屋から出てみる事にしました。


 廊下には階段が見当たらないので、一軒家ではなく、ここがマンションの一室だということが分かりました。廊下の突き当たり、リビングのドアを開けて見ましたが、やはり誰もいないようです。もしかしてまだ夢の中では、と思えてくる状況ですが緊張しないで済むので好都合でした。

 

 リビングにある大きな窓は青い空と雲、それに大きな建造物が広がっている街が見えます。それが、この部屋が高層階にあるのを示していました。あまりの光景にベランダへ飛び出します。


 どこまで続いているのか分からないほど大きな街が見渡せます。


 TVで見たことがある高いビル群。

 所狭しと、並ぶ家屋。

 そのあいだを縫うように車が列を作り、それに併走するように走る電車。

 目的地がばらばらであちらこちらへと行き交う人々。


 私が住んでいる街では見られない光景が広がっていました。これが都心でしょうか。日本で一番栄えている場所。

 この大きな街に比べて私の不安はほんの些細な出来事だと思わせるものがありました。人間為せば成る。頑張ってもとに戻る方法を探しましょう。


(もとに?)


 果たしてもとに戻る必要があるのでしょうか。そもそも本当に現実なのでしょうか? 見たところ家には誰もおらず、身体は男の子になってしまいましたが、健康そのもののようです。また、都会に住んでいて何一つ不自由はなさそうです。ただ、心配性の母がどうなっているか不安です。父は、無口で何を考えているのか分かりづらい人ではありますが、きっと心配してくれるでしょう。



 けど今は、家族の心配よりも、この都会を楽しみたいと思っている私がいました。これには私自身驚きました。こんなにも私は適応能力が高かったのかと改めて自分の長所に気付きます。しかし、それは個をしっかりと持っていないことにも直結する問題でもありました。


 外に出ようと思い、一度部屋に戻ることにしました。改めて部屋を見ると、壁の片側には天井から床まである棚にいっぱいの本が詰め込まれていました。全部で何冊あるのか皆目見当が付きません。きっと緑川さんは読書家だったのでしょう。


 普段は、肌触りの良い素材のスカートやワンピースが多いのですが、生まれて初めてジーパンにTシャツを着てその上にパーカーを羽織るというメンズファッションをしてしまいました。

 部屋にあるパソコンラックと言われるような二段になった机の上には几帳面に腕時計やブレスレット、鍵といった類いがまとめて置いてありました。それらを身につけると外に出る準備は整いました。

 

 しかし、外に出てからの目的がありませんし、土地勘もありません。先程、人の携帯は勝手に覗くものではないと言いましたが、こればかりは仕方ありません。みーちゃんの携帯と少し勝手が違うので手こずりましたが、地図のアプリを見つけることができました。これで今、どこにいるのか正確に知ることが出来ました。


----東京都渋谷区。


 私が、暮らしている和歌山県から約500Kmも離れた場所です。修学旅行や遠足の時はどうしてか、いつも体調が悪くなってしまい、これほど遠くに来たことはありませんでした。いつもは両親が心配して運転手さんがついて回るので基本的に一人で出かけることは近所を散歩する事以外ありませんでした。だから、これは一人で自由に動き回れるチャンスでした。

 スクランブル交差点やセンター街、106。今までTVや雑誌、新聞でしか見たことない場所を見るチャンスでもありました。


 マンションの下からこの身体の持ち主、緑川さんが住んでいる大きなマンションを忘れまいと見上げました。少し急な坂を上った小高い場所にあるようで、窓から見えた景色は余計に高く見えていたようです。

 坂を下りると、片側三車線の大きな通りに出ました。忘れないように交差点の名前を覚えます。


(ここの交差点には交番があるから覚えやすい。向こうの方に高いビルが多いからあっちに駅があるのかな)


 人の流れに乗り、駅があるであろう方向へ進みます。人の間を抜けるように走る自転車がいて、卓越した運転技術に惚れ惚れします。しかし、こんなに人が多いのにあの速度は危険です。

通りに出て道路脇に立ち並ぶビルを眺めながら歩いていたら、あっという間に駅に着いたようです。


 都会の駅は地下や上に複雑な作りをしていてまるで迷路のようです。そこに毛細血管のように様々な方向へと行く道があります。看板がその道が行く方向を示してくれます。そのなかに『ハチ公』という文字を見つけます。


(ハチ公像って渋谷駅にあったんだ)


 確か、飼い主が帰ってくるまで駅前で待ち続けた忠犬さんだったような気がします。そちら側に行ってみることにしました。


 駅の中はどこもかしこも工事中でガタガタと大きな音が白い防音壁の向こう側からしてきます。さらに大きな駅へとなるのかと想像すると都会がどこまで発展し続けるのかSFのような想像をしてしまいます。 工事の音に耳を傾けている内に外がようやく見えてきました。


喧騒の中を行き交う人々。

光り輝く電光掲示板。

バス、タクシーと様々な車。


 それらが、この栄えている渋谷という場所を都会しめている象徴と思えます。


(うわあ、すごい!!)


 思わず、感嘆の声が漏れます。


 交差点の信号が青になり、四方からたくさんの人々が歩き出しています。しかし、数え切れない程の人々はみな、ばらばらの方向へと向かっているのに一切ぶつからないで歩いているのです。何かローカルルールのようなもので決められているのでしょうか。私には、無理そうです。どうやらこれがスクランブル交差点というものなのでしょう。


 この街にはいろいろなモノや人、匂いがあちこちにあって飽きることが無さそうです。


(都会、素晴らしいところです!!)




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