プロローグ~変わらぬモノ、変わるモノ~
新月の闇の中、男女二人だけが立っていた――――
敵から逃れ、城を捨て、民を捨て、服はすでに元の容姿をとどめていなかった。そして、息はすでに上がり、もう動くこともままならない。
「姫、本当によろしいのですか?」
訪ねてきた従者が持つ松明が、私とその背後にある儀式の飾りを煌めかせる。それがやけに眩しく、私は何かから逃れるようにそれから目をそらした。
「ああ、どうしてこうなった!? 何が間違っていたというのか。何の因果だ……だが、もうすでに遅い。こうするしか仕方あるまい。この選択が何時の日か正しかったと証明される日が来ることを願う。民達の為に私は最期になけなしの勇気を持とう。何時の日か……何時の日か私を知る者の為にも」
言葉を吐き出し切ると当たりが暗転した。
わらわが覚えている最期の記憶。
どのような道を通った最期なのか、この後どうなったのか、すでに終わった事だというのにすべてはあの闇の中に置き忘れられていた。
そしてそれは、何時の日からか伝説となっている。だが、それからまた時は経ち、今では昔話、古典的物語となり、語られる機会も無くなっていく。歴史書にも載らない、しかし、大切なモノを守る、人と人との物語があったことを私は覚えていなければならない。
○
いつからか語られていた物語にはこう書いてあった。
絶海の孤島には魔女がいる。そんな設定はありきたりだと言う者がいるだろう。
だが、絶海の孤島には確かに魔女がいた。しかも、その魔女はどうも寂しがり屋らしい黒髪の少女。その少女は、どうにもこうにも不条理な出来事を引き起こすそうだ。
不条理でも道理を通さなければならないのが、世の常だ。だが、その不条理をどれほど是とするかは人によるだろう。
魔女と言うからには何か力を持っていると思うのだが、それが何か今ではもう分からない。その力に勝手にこちらが名前をつけ、そう呼ぶからだ。
魔女がいるその島は、海に囲まれ多くの木が生え、山もあれば川もある。しかし、魔女はその山深くから出てくることはなかった。
今では呼ばれ方も変わっている。
呼び方も変われば扱いも変わる。守られ、隠された。そのせいで時間だけは、もてあそんでいた。
魔女と呼ばれていた者はいつの日からか独りでいることが日常になっていた。しかし、それは彼女の望むところではなかったのだ。日々、物事は変わる。変わらぬモノはない。それは、人間だって世界だって、神様だって永遠はないのだ――――
○
春、それは新しい出会いや別れに歓喜し、涙する、とてもはかない一瞬。
そのときめきを「運命だ」と感じてしまう、そんなさわやかな季節だろう。目をつぶれば、桜が咲き乱れ、海を一望出来る丘にでもある公園を、安易に想像出来る。
しかし、俺の心には分厚く、黒い雲がかかっているようだった。
日本国民が生きる意味って何か知っているか? それを知るには日本国憲法を理解する必要がある。
一つ、教育を受けさせる義務。
二つ、勤労の義務。
最後に、納税の義務がある。
これら全て、結局は国に税金を納めることに繋がっている。教育を受けることで、就職ができ、最後は納税するのだ。
という主旨の話を同級生であり、クラスメイトである高城に放課後の日が傾く教室で話していた。高城はそれを鼻で笑いながら答えた。
「それは、生きる意味がないと言いたいのかい?」
その問いは逆説的に俺が死にたいのか? とも問える。すなわち
「俺は死にたいのかもしれない」
「まあ、緑川のことだからそうだと思ったよ。というかお前が大学に行って就職している姿が思い浮かばない」
高城の反応を聞き流しながらも考える。果たして、この不条理な国で、時代で、この場所で、このまま生きる価値はあるのだろうか?
○
春が来ます。
山では花々が咲き乱れ、暖かな風が吹き、何もかもを綺麗にしてくれそうです。私は山の中で暮らしているので道路が凍結しなくなってくると春を感じます。
昔、春の青空には少し不思議な力があるように思っていました。それは、幼心に突然生まれたのではなく、誰かに聞いた話だったような気がします。
(あれは誰から聞いた話だったでしょうか?)