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トンネルと私と

作者: エセル


私の実家の近くにはトンネルが在った。

実家がある場所は山と谷に囲まれた場所で、集落から山に登るには、そのトンネルを抜けるか隣の集落を経由してぐるりと廻る必要があった。

トンネルは長さ100mほどで中に照明はなく、周りにある鬱蒼と生い茂った樹木の影響もあって昼間でも暗かった。

隣の集落を迂回しても時間のロスはほぼ無く、むしろ狭い道を抜けなければならないためにトンネルを利用する人はあまりいなかった。


さて、私が小学三年の頃、昆虫採集なるものが流行った。

放課後や休みの度に捕まえてきては、誰が一番大きくて珍しいものを持っているかを比べるだけのモノ。

ちゃんと飼育するわけでもない生き物を捕まえてきては飽きては捨てる、今考えれば残酷極まりないものだったが。

大人となった今ではソレはイケナイコトであり反省すべきことではあるとは思っている。

少し外れかけた話を戻そう、生き物に関する命題を議論したいわけではないので。

ある放課後の出来事だった、友達がすごく立派なノコギリクワガタを見せつけてきたのだ。

聞けばトンネルを抜けたすぐ近くで採取したという。


小学生の頭の中は単純で、そこにお宝があればなりふり構わず取りに行くものだ。

そこは当時の私であっても例外はない。

友達にしつこく強請り、仲の良かった4人グループで放課後に採取しに行くことになったのだ。

お宝の場所は前述の通りトンネルを抜けたすぐ近く。

しかし、私達は恐怖のトンネルを抜けることを拒否し、行きは隣の集落から迂回して行くことにしたのだ。


採取場所に到着した私達はお宝を夢中になって探した。

しかし、日中の時間帯に大物など取れるわけもなく。

夢中になって探し回ったのに私達の虫かごは空っぽだった。

しかし、夢中になって探していたせいだろう。あたりはもう薄暗くなっていた。


気がつくと5時のチャイムが鳴っていた。正確には私達の地方ではチャイムではなく音楽がなるのだが。

そのもの悲しい音楽が頭の中に響くと得も知れぬ恐怖に怯えたのを覚えている。

音楽がなった事実に私達は焦りを覚えた。

はやく帰らなければならない。しかし、隣の集落を抜けて帰るには子供の足では時間がかかる。

私達は意を決してトンネルを抜けて帰る事にしたのだ。


その時誰かが度胸試しをしようと不意にいったのだ。

トンネルをじゃんけんで負けた順から一人で抜ける。

私は反対したわざわざそんな事をする必要はない、はやく帰ろうと。

しかし、友人たちは私に怖いのか?と逆に聞いてくる始末。

小学生の心理なんて単純で怖いのかと聞かれれば怖くないと答えるものである。少なくとも私はそうだった。

反対するものもいなくなった私達はじゃんけんをしてトンネルを潜り抜ける順番を決めたのだった。


結局、じゃんけんで負けたのは私。

私は薄暗いトンネルに怯えながら一人でくぐり抜けたのだった。

恐怖のトンネルなんて言っても何があるわけでもない。

あっさりとトンネルを潜り抜けたことに私は安堵したのだ。


トンネルを抜けたことを向こうの友人たちに伝える。

……しかし、向こう側から声がかえってくる様子はない。

何度も叫んだ、声はかえってこない。

トンネルは真っすぐで長さもそこまで長くはなく、向こう側の景色もはっきりと見える。

しかし、向こう側にいるはずの友人たちの姿は見えない。

隠れているのだろうか?

もう5時もとっくに過ぎていてはやく帰らなきゃいけないのに一向にこちらに来る様子がない。

こうしてる間にもどんどん時間が過ぎていく。あたりは薄暗さをさらに増していた。

しびれを切らした私はトンネルを逆に抜けて友人の元へ向かった。

しかし、もはや友人たちの姿はなく、あたりには静寂だけがあったのだ。


私は友人たちは私に意地悪をして自分たちだけがトンネルを抜けずに隣町を迂回して帰ったのではないかと考えた。

とたんに私はバカバカしくなった。私を見捨てた友人たちなど置いてもう帰ろうと。

そうして私はトンネルを抜けて自分の家に帰ったのだ。

真っ暗だと思っていた景色はよく見ればまだ明るく、よくよく考えれば夏だから日が長かったという考えに至ったのは年をとってからのことだった。


翌日、学校に向かった私は自分を置いて行った友人たちを攻めようとしていた。

しかし、待てども彼らが登校して来ることはない。

終いには投稿時刻になっても彼らの姿を見ることは叶わなかった。

困惑している私に構わず点呼が始まる。担任はいない彼らのことなどまるで始めから存在しなかったかのように名前を呼ばなかった。

その日の欠席の人は0人だった。


休み時間に知り合いに声をかけて回る。こんなやつ居たよな、あいつ今日休みだよなと。

帰ってくる返事はどれも同じ、知らない、わからない、誰のこと?

私はその時になって彼らがトンネルに飲まれたのだと恐怖した。


そこから私は怯えるように彼らのことを聞く事を諦めた。

もしかしたら、あのトンネルに私も飲まれるのじゃないかと。

そう考えてしまうと忘れてしまったほうが良い。幼い私がそんな結論に至るのも致し方ないことだった。


事実、私はトンネルのことをすっかり忘れていた。

いつから忘れていたのかはもう定かではない。思い出せるのもここまでなのだ。


いつからか、私の地方に高速道路が建設されるという話が持ち上がった。

反対する人もなく高速道路は計画は順調に進んでいった。


そのときになって私はようやくトンネルのことを思い出した。

大学4年の夏のことである。

地元で就職しようと思っていた私は帰省したついでに高速道路が建設される前にもう一度だけトンネルを見に行こう、そう思ったのだ。

親の軽トラを借りて山道を登る。

しかし、行けども行けどもトンネルにはたどり着かない。

終いにはトンネルを抜けること無く山に入ることができてしまったのだ。

その日は時間と燃料が許す限り探し回った。しかし、見つからない。

失意のまま私は帰宅したのだ。


帰宅してから親にトンネルのことを聞いてみる。

昔、あの辺りにトンネルが在ったよなと。しかし帰ってきた答えはそんなものは聞いたこともないというものだった。


そこから私は大学4年の最後の夏休みをトンネルのことに費やした。

郷土資料をあさり、昔の地図を探した。しかし見つからない。

地元の連中に聞いて回る。誰も知らない。

そしてふと私はあることを思い出した……否、思い出せないことに気がついた。

居なくなった友人たちがどんなだったか何も思い出せないのだ。

名前も住所も顔も体格も。

結局手がかりのつかめない私はトンネルのことを諦めたのだ。


しかし、今になって思う。消えたのは果たして彼らだったのだろうかと。

何故ならばそのトンネルを抜けた直後からの違和感があるのだ。

自分の名前と親の存在と学校の先生や友達、果ては地域の名前、住んでいる場所。

トンネルを抜ける前と同じはずなのにあの日からずっと違和感を感じている。


だから実際、消えたのは私でここはトンネルのない異世界じゃないかと思うときが時々あるのだ。


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