第2話「彼女の名は――」
3月1日、あれから1日しか経過していない。今日は日曜と言う事もあり、『オケアノス・ワン』は混雑をしている。
雨でも降ればよかったのだが、この日は予想を裏切っての晴天だ。
既に一部のバーチャルゲーマーもネット上の噂を聞きつけて、足を運んでいるようだが――誰が誰なのかは分からない。
その辺りの知識に乏しいと言えば――負けかもしれないが、不必要なカテゴリーに足を踏み入れるのは躊躇しているようでもある。
「誰がギャラリーにいたとしても、そこに自分の知っている人物がいるとは限らない。常に――」
露出度の低い服装、耳にはハンドメイドタイプのヘッドフォン――ゲームの順番待ちをしている一人の女性がいた。
彼女は周囲のギャラリーが増えた事に対し、自分の影響なのか――と感じ、一言つぶやく。
しかし、周囲の声を効く限りでは違うらしい。彼女の名前は南雲ヒカリ――ネット上では若干名の知れたゲーマーである。
ネット上で身バレをしている訳ではないのだが、ホームゲーセンの常連客等は知っているかもしれない。
さすがに――知っている顔はいないらしく、そこに関しては一安心のようだ。
「今日に限って、プレイヤーが多いな」
「昨日の影響だろう」
「昨日? まさか、炎上したのか?」
「そうじゃない。あるバーチャルゲーマーが自分の動画で紹介したらしい」
バーチャルゲーマーとは、2.5次元的な動画投稿者――その中でもゲーム実況に特化した物を指す。
ゲーム実況をしていない場合はバーチャル動画投稿者と分けられるが、そう言う感じだろう。詳しくはネットサーフィンして欲しい。
「誰が紹介したのか?」
「超有名所だったら、他の場所も混雑している可能性は否定できない。ここだけがピンポイントである以上は――」
別の男性がタブレット端末を片手に見ていたのは、その紹介している人物の動画なのだが――その外見はスク水に軍服という中二病を思わせる物だった。
それに加えて、解説している口調は明らかに中二病のソレである。
そう言えば、中二病でスク水と言うプレイヤーが目撃された情報があるのだが――?
『信者共よ――最後に、一つだけ忠告をしておこう。アミューズメント施設へ行く際は、その施設における決まり事は絶対である。それを破れば、ブーメランとして災いとなって自分にぶつかるだろう――』
声に関しては消音にしている為、これはあくまでも字幕テロップだが――アミューズメント施設へ行く際の注意事項を述べているようでもあった。
これの影響もあってか、今の所は大きな騒ぎは起きていない。対戦格闘やFPS等のジャンルでは何が起きているのかは不明だが――。
映像の人物は、独自に制作されたアバターなのは間違いないが――明らかに誰かの服装と類似している。
「まさか、タブレットを購入するのに苦戦するとは――」
やっと出番が回ってきた時には――午後1時になっていたが、お昼を食べている余裕はない。
タブレットの購入手続きにも30分待ちは余裕だったので、自分がまいた種とは――よく言った物だが。悔やんでも混雑が緩和するとは限らないので、ここは諦める。
そして、筺体にタブレットをセットして――彼女は今度こそチュートリアルを選択した。
前回は――ここでミスをした事が、周囲に経験者と認識させてしまい――気まずい雰囲気を生み出してしまったのである。
《チュートリアル》
タブレット画面だけでなく、中継モニターにもチュートリアル画面が出ると思われがちだが――チュートリアルの場合は中継されないらしい。
モニターは隣の別台でプレイしているプレイヤーのプレイしている様子が映し出されていた。
リズムゲームVS専用のモニターと言う事もあって、別ゲームの映像は流せないようになっているらしい。この辺りは権利関係の事情かもしれないが――。
そのチュートリアルをプレイしようとしている人物こそ――今回の状況を生み出した元凶でもある村正マサムネだった。
バーチャルゲーマーとしてはムラマサと言うネームでも有名であり、ちゃっかりとエントリーネームはムラマサ――これではムラマサファンが集まるのも無理はない。
これでは、もしかすると昨日の二の舞が起きるのも避けられないが――動画内でちゃんと注意したので大丈夫なはず――。
「チュートリアルか。なら、隣の台のプレイを見ていても問題はないな」
「特にここが重要ではないだろうな。他のゲームの様子でも見るか」
「このゲームだとチュートリアルでも――見る価値があるの稼働も疑わしい」
他のギャラリーは、数人ほどが離れていくようだが――それでも、何人かは順番的な事情もあって残るようだ。
センターモニターには隣の2番台のプレイ映像が流れており、そちらをチェックするギャラリーも増え始めている。
《まずは、画面について説明します――》
画面構成は中央がノーツの流れるレーン、左はスコア表示とゲージ、右はMVが流れるスペースらしい。
ただし、中央のレーンはレーンと言う呼称は使っていなかった。リズムゲームではレーンが使われていると思っていたのに――。
《中央のフィールドは、アバターの移動範囲を示します》
《視点変更により、従来のリズムゲームと同じ視点にする事も――》
中央にはアバターと思わしきプレイヤーの分身が立っており、この部分もムラマサにとって疑問の箇所となった。
リズムゲームをプレイするはずが、自分はFPSをプレイしようと言うのか?
《アバターの移動はタッチパネルで行います。アバターをタッチして、好きな方向で移動させてみましょう》
手元にあるタブレット端末――タッチパネルにも目の前の画面と同じアバターが表示された。
どうやら、このアバターを移動させて演奏していくタイプなのかもしれない。
そう言えば、演奏しながら戦うと言うタイプのアニメもあったが――それに該当するのだろうか?
ムラマサはタッチパネル中央に表示されたアバターを手でタッチし、それを右斜め下にスライドさせて移動する。
《これで移動が完了しました》
《次に、演奏に関して説明します。演奏は基本的にアバターが所持している武器で行いますが、タイプによってタッチのタイミングなどが変化します》
《近距離、中距離、長距離の3種類が存在し、射程によってスコア計算も変化します。プレイヤーの腕に合わせて武器を変更してみてください》
この説明には――ムラマサも疑問を持った。キッズ向けでコーデのカスタマイズをする事で能力が変化するリズムゲームも、ある事にはある。
システムとしては、ソレに近いのかもしれないが――明らかに複雑なシステムを使っているように見えるので、本当にプレイヤーが集まるのか――と。