その8 都の子
都の子 The City Child(江國香織、集英社文庫、1998年)
〝THANK GOD〟――この人と同じ時代に生まれることができた幸運を神に感謝します。
生きていると、そんな方に何人か出会いますが、私にとっての江國香織さんがまさにそれです。もちろん、好きな作家の一人。
本書『都の子』は、そんな江國さんの三十歳記念のエッセイ集。「ミセス(文化出版局)」に三年間連載した全36編が収められています。あとがきによると、タイトルはアルフレッド・テニスンの『The City Child(都の子)』という詩から取られているそうです。
解説の野中柊さんのはしゃぎっぷりからも伝わってきますが(本書を〝淡い色合いがとりどりのワンスクープずつのシャーベット〟に喩えていますが、それが最大級の賛辞であることは、野中さんのデビュー作『ヨモギ・アイス』――アイスクリームをこよなく愛するヨモギという女の子の話――を読むとよくわかります)、本当にすてきな掌編の数々。そのどれもが原稿用紙四枚という、ちょうどひと息で読むのにぴったりな長さとなっています。また、各編のテーマが春夏秋冬(三月→翌二月)の順に並べられているので、通して読むことで一年を体感することもできます。あるいは逆に、一年を通して、その季節に合った一編を選んでとびとびに楽しむ、という読み方もできるでしょう。
合間に写真が掲載されていますが、そのこともあってか、まるで友だちの家でアルバムを見せてもらっているみたいに感じました。そこには、幸せな思い出、あるいは何気ない日常が、等しく特別なものとして丁寧に切り取られ、保管されています。
中でも印象に残ったのは、とある〝小さなお客さん〟とのやり取りを語った一編。
あるとき、江國さんのもとに小さなお客さんがやってきて、原稿用紙の裏に絵をかいてくれます。そこから話は江國さんの幼少期の思い出になり、「女の子」を書いたつもりなのに、それを見た大人たちが決まって「上手だねえ、お人形さん」と言うのにむっとしたというエピソードが語られます。そのことを踏まえ、江國さんは小さなお客さんの絵を見て「女の子?」と注意深く訊きます。そうよ、と小さなお客さん。曰く「幼稚園」を描いているようで、彼女はほかのモチーフについても、犬、木、お日様、雲、と説明してくれます。そこで、先を読んだ江國さんが、一言。
〝「それで、これはお花ね」
と口をはさんだら、彼女は憮然として言った。
「ちがうよ、これはお花じゃない。お花じゃなくてね、チューリップなの」〟(『ほんの少し前』より)
微笑ましくて、優しくて、時に哀しげで切ない、日々の断片。
ページを開くと、そこには〝人生を好きになる光景〟が広がっています。
@wiki 江國 香織(えくに かおり、1964年3月21日 - )は、日本の小説家、児童文学作家、翻訳家、詩人。