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その7 満願

満願(米澤よねざわ穂信ほのぶ、新潮社、2014年)

〝万灯の前で、私はいま、裁きを待っている。〟(『万灯』より)


 無数の灯籠が闇に浮かび上がる不気味な表紙。灯籠流しか、万灯会か、いずれにせよ、その灯火には人々の何かしらの祈りや願いが込められているのでしょう。


 今回取り上げるのは米澤穂信さんの『満願』――大小貴賎、さまざまな願いを持った人々の顛末を描いたミステリ短編集。収録されているのは全六編で、タイトルとあらすじは以下の通りです。


・夜警

 語り部は、とある交番に勤める壮年の交番長。少し前に殉職した部下について、〝あいつは所詮、警官には向かない男だったよ。〟と思いを巡らせます。


・死人宿

 失踪した元恋人に会うために、山奥の温泉宿を訪れる男の話。宿はどう見ても今にも潰れそうでしたが、意外にも繁盛しているといいます。しかしてその実体は、間近に自殺スポットがあり、ゆえに自殺志願者たちがやってくるという『死人宿』なのでした。


・柘榴

 美しい妻と、魅力的だが〝だめ〟な夫、そして母に似て美しい二人の娘。妻と夫の間に離婚が成立し、残すは娘たちの親権争いのみ――しかし、かたやほとんど女手一つで娘二人を育て上げた妻、かたや生活能力もなく月に数度しか家に帰らない夫。結果は見えているのでした。


・万灯

 二つの殺人を犯した、仕事一筋の商社マン。彼の犯罪は露見しないはずでした。しかし、彼は〝思いも寄らなかった存在によって〟裁かれることになります。


・関守

 伊豆半島の山中にある『桂谷峠』。小田原から三時間、ぼろの中古車で何もない山道をひたすら走り続け、男はようやくドライブインにたどり着きます。そこにあったのは、小さな小さな老婆が一人で営む、小さな小さなお店。男は店に入ると、煙草を買い、コーヒーを飲み、老婆と他愛のない世間話を始めるのでした。


・満願

 弁護士の『私』が独立して初めて取り扱った殺人事件。その被告人は、彼が学生時代に世話になった下宿の『おかみさん』でした。紆余曲折の末に実刑判決が下ってから、五年。ついに彼女の出所の日がやってきます。彼は、今から事務所に挨拶に来るという彼女を待ちながら、資料を読み返しつつ当時のことを振り返るのでした。


 ――――――


 米澤さんのミステリは、一般的な『○×殺人事件』――事件が起きて、容疑者が何人かいて、探偵や刑事が謎を解き明かして犯人を言い当てる、という形式のミステリ――とは毛色が異なります。もちろんそういうのも書かれるのですが、本書『満願』に限っていうと、いくつかの短編では『そもそも何が問題になっていて』『どこにどのような謎があるのか』がはっきり明示されません。それは読み進めていくうちに少しずつ明らかになっていき、明らかになったと思うとまた新たな事実や謎が浮上してきて、ページを繰る手が止まらなくなります。そして最後の一行に辿り着いたとき、真相は全て明らかになり、容赦のない結末と、それを書いた米澤さんの手腕に、読者は恐れおののくことになるのです。


 この抜群のスリルは、喩えるなら目隠しをされてジェットコースターに乗るようなものです。

 シートに掛けて安全バーを下ろすところまでは、普通です。そこから特に説明もなく黒い鉢巻きで目元を覆われます。目の前が真っ暗になります。何かの演出かな、と思っているうちにコースターは発進し、ほどなく上りに入ります。

 しかし、どこまで上るのか、いつ落ちるのか、確かめることができません。目隠しに手を伸ばそうとしますが、安全バーに阻まれそれもできません。もう随分上ったんじゃないか、そろそろ下りになってもいいはずだ、と募る不安。それが限界に達そうかというところで、ようやく頂点に行き着きます。

 そのとき、不意に前方から強い風が吹きつけます。目隠しが飛ばされます。急に明るくなる視界。目の前に広がる青空。そして開放的な加速とともに、視界が、すうっ、と下へ移ります。

 コースターの前部と、その先に延びるレール。

 ほとんど地面に向かって直角に延びるレール。

 中程でぷっつりと途切れ、その先がどこにも繋がっていない、レール。

 気づいたときにはもう後戻りできません。コースターは重力に引かれるまま速度を上げ、ひゅ、とレールから飛び出して、真っ逆さまに落ちていきます。

 かくして、再び、目の前は真っ暗になるのでした。


 と、だいたいこの千倍のスリルを味わえます。ただし、お察しの通り、これがかなり苦いです。ビターチョコレートの苦みではなく、カカオ100パーセントの苦みです。人は選ぶかと思われます。


 もちろん、そのフレーバーは最高級。また、作中の季節はおおむね晩夏、または残暑の長引く秋に設定されていまので、ちょうど今くらいの時期が読むのにぴったりです。


 寝苦しい夜に、極上のブラックミステリ、いかがでしょう。


 なお、お手に取る際は、恐怖に眠れなくなる覚悟をされるのがよろしいかと思います。

@wiki 米澤 穂信(よねざわ ほのぶ、1978年 - )は、日本の小説家、推理作家。岐阜県出身。

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