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その2 ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学

ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学(本川もとかわ達雄たつお、中公新書、1992年)

 大きな動物ほど長生きで、小さな動物ほど寿命は短い。

 ゾウは百年ほども生きるが、ネズミは数十ヶ月で死んでしまう。


 しかしながら、その『年』や『月』とは、あくまでカチコチと動く時計で計った機械的な尺度です。そこでもっと生物らしい時間の尺度――例えば『心臓の鼓動』をもって時間を計ってみるとどうでしょう。

 すると、こんなことがわかります。


 哺乳類は、一度息を吸って吐く間に、その心臓が四度鼓動を刻む。

 哺乳類は、生まれてから死ぬまでに、二十億回鼓動を刻む。

 言い換えれば、哺乳類は一生の間に、五億回呼吸をする。


 この値は、驚くべきことに、哺乳類であればサイズによらずほぼ一定となるといいます。


 大きな動物ほど、心臓はゆっくりと動き、その分だけ長く生きる。

 小さな動物ほど、心臓は素早く動き、その分だけ一生は短くなる。

 しかし、大きな動物も小さな動物も、『心臓の鼓動』という尺度で時間を計れば、一生に二十億回の鼓動――その長さは変わらない。

 大きな動物ならゆっくりと、小さな動物なら素早く時計の針が進み、生き物はみなそれぞれのサイズに応じた時の流れの中を生きている。


 ゾウにはゾウの時間があり、ネズミにはネズミの時間がある。


 そんな印象的な書き出しから始まる本書は、『サイズ』の観点から生き物の特性を紐解く生物学の入門書です。タイトルにはゾウとネズミとありますが、哺乳類の話は全十四章のうち第五章までで、取り上げる生物の範囲は、昆虫、微生物、植物、サンゴ、棘皮きょくひ生物(ウニやヒトデの類)と多岐にわたります。その中で、生き物の構造設計デザインの多様性と、デザインによって変化するそれぞれの『世界観』を解説しています。


 絶対不変と思われがちな時間でさえ、生き物によって千差万別。

 その身体の仕組み、取り巻く環境、生き抜くためのやり方もまた、多種多様。


 そんなユニークな生き物たちの世界は、ヒトの常識からはあまりにかけ離れていて、まるで不思議の国の住人たちのよう――と、最初のうちは、そう思いながら読んでいました。しかし、最後まで通して読むと、『そうではない』ことに気づきます。


 ヒトの生きている世界だけが、唯一絶対の世界ではない。

 ヒトの馴染んでいる常識だけが、あまねく生物に通用する普遍的真理ではない。

 ヒトにとってはナンセンスに見える不思議の国の住人であっても、その住人の立場になってみれば不思議でもなんでもなく、世界はどこまでも論理的な必然の上に成り立っている――と。


 生き物には、そのサイズやデザインに応じて、固有の『世界』と『常識』があります。ゾウにはゾウの、ネズミにはネズミの、ミミズにはミミズの、バクテリアにはバクテリアの、ヒトデにはヒトデの世界があり、その中で、彼らは実に巧みに生き抜き、賢く立ち回り、驚くほど見事に環境に適応しているのです。


 このことを私たちの日常に当て嵌めてみると、こう言えるでしょう。


 私には私の世界があり、あなたにはあなたの世界がある。


 自分ではない誰かを理解するのは、とても難しいことです。本書の最終章ではウニやヒトデの類を紹介していますが、例えば『なぜヒトデは星形をしているのか?』という疑問に、半世紀ほど前の生物学者は答えることができませんでした。生物学にはこの手の未解決問題が無数にあります。異なる存在を理解するというのは、それほどに難しいことなのです。


 ところで、生物がかくも多様な進化を遂げたのは、なぜなのでしょう。多様であればこそ生物は、喰う喰われ、寄生しされ、殺し殺され、といったように、互いにぶつかり合いながら必死に生きています。もし世界にたった一種類の生物しかいなければ、外敵もなく争いもなく平和に生きられるのではないだろうか、なんて考えてしまうのも無理のないことかと思います。


 生物にとって、多様であることの最大の利点。それは『全体の生存確率が向上すること』です。たった一種類の生物しかいない世界は、何か環境変動エラーが起きたとき、それが致命的なものになってしまう――生物が多様であったからこそ、宇宙から巨大な隕石が降ってこようと、星全体が氷漬けになろうと、生物は今なお生き延びることができているのです。


『多様性』という言葉は日常のあちこちで耳にします。それは『自由』と切っても切れない言葉です。私たちの在り方、考え方、生き方は多様であり、その多様性を守るのが自由。この自由が失われたとき、多様性もまた失われます。そして、多様性を失えば、その存在は遠からず滅びるのです。


 そのようなことを考えさせられる、もはや古典クラシックと言ってもいい名著。もちろん科学的な読み物としても面白いので(例えば、ミミズにはヒトでいう『肺』に相当する呼吸器官がありませんが、そのことから、ミミズの身体は延々と長くはなれても、ある限界値以上には太くなれないことが計算でわかります。そして実際に世界最大の太さを持つミミズ(長さはなんと1〜2メートル!)の太さを計ってみると、その計算で求めた限界値とぴったり同じ1.3センチになる――といった話など)、生物学に興味のある方はお手に取ってみるのもいいかもしれません。

@wiki 本川 達雄(もとかわ たつお、1948年4月9日 - )は、日本の生物学者、シンガーソングライター。東京工業大学名誉教授。専攻は動物生理学。研究対象は、棘皮動物のキャッチ結合組織や、ホヤを題材にしたサイズの生物学(アロメトリー)など。

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