表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

その11 ごん狐

<新美南吉童話集(新美にいみ南吉なんきち、ハルキ文庫、2006年)>

 あるところに、ごん、という名の狐がいました。

 ある日、ごんは川で漁をしている兵十ひょうじゅうを見かけます。いたずら好きのごんは、兵十がその場を離れたすきに、彼が捕まえた獲物を川へ逃がしてしまいます。

 それから十日ほどが経って、ごんは兵十の母親の葬儀に出くわしました。ごんは、あの時ふざけて逃がした獲物が、兵十が亡くなる前の母親に食べさせようとしていたものだったと知ります。悪いことをしたと思ったごんは、罪ほろぼしに、山で採った栗やまつたけを兵十の家に届けるようになります。

 贈り物は、それから毎日、兵十の家に届きました。兵十はいったい誰がこんなことをするのかと不思議がります。村の仲間は「神様の仕業だ」と言いますが、本当のところはわかりません。

 そうして幾日か過ぎた、ある日のこと。ごんはいつものように栗を抱えて兵十の家に忍び込みました。しかし、運悪く、その姿を兵十に見られてしまいます。兵十は、また川の時のように悪さをしにきたんだな、と思い、火縄銃を持ってきて、ごんを撃ちます。

 兵十がごんの元に駆け寄ると、そばには栗が置いてありました。兵十はびっくりして、お前だったのか、と尋ねます。ごんはぐったりと目を瞑ったまま、頷きました。


 ――――――


 小学生のとき、私は国語の授業でこのお話を朗読しました。タイトルは「ごんぎつね」。本書は、その作者である新美にいみ南吉なんきちの作品を収めた童話集です。


 南吉は、愛知県知多半島生まれの童話作家。生没年は1913~1943年。僅か二十九歳の若さで亡くなりました。地方出身の夭逝童話作家ということで、宮沢賢治と比べて語られることも多いそうです。


 本書に収録されているのは「ごん狐」のほか、「手袋を買いに」「狐」「和太郎さんと牛」「牛をつないだ椿の木」「幼年童話(十編)」「小さい太郎の悲しみ」「久助君の話」「疣」「花をうめる」「おじいさんのランプ」の計二十編。

 母親の愛、子どもの世界から大人の世界への移り変わり、世の中を生き抜くための知恵や勇気、そして避けようのない悲しみなどが、主に少年や動物たちの純朴な視点で描かれています。

 特に「幼年童話」のうちの一つ、「でんでんむしの かなしみ」というお話――これは皇后美智子様の『第26回IBBYニューデリー大会基調講演』にも引用されています――は、わずか見開き一ページ、すべて仮名書きながら、芯から胸を打つものがあります。


 また、興味深いのは「花をうめる」という一編。これは童話ではなくエッセイに近いもので、ある『遊び』にまつわる幼い日の思い出が語られています。

 その『遊び』とは、まず、かくれんぼのように鬼を一人を決めます。鬼ではない子は、鬼が目を瞑っている間に、道端のちょっとした穴に、あたりで摘んだ花をいい感じに置き、そこにガラスの欠片で蓋をして、さらに上から砂をかけ、花を鬼の目から隠します。そして「もういいかい」「もういいよ」が済むと、鬼は隠された花を探します。

 この遊びは、しかし、花が見つかれば鬼の勝ち、そうでなければ鬼の負け、というかくれんぼ要素よりも、作者たちにとってはもっぱら埋められた花の美しさのほうが大事でした。地面に指を這わせ、花を埋めた穴の蓋になっているガラス片を探し当てると、表面の砂を指先ほどだけ払い、そこから穴の中を覗くのです。

 見えるのは、小さくも無限を感じさせる、別世界の景色。ガラスの向こうの魅力的なパノラマに、作者は心惹かれるのでした。

(ちなみに話のあらすじは、その遊びを、作者と仲のいい男の子と女の子(作者はこの女の子をひそかに好いていて、しかも女の子は花を埋めるのがとても得意でした)の三人でするも、鬼になった作者はいつまで経っても女の子の埋めた花を見つけることができず(実は花は埋められていませんでした。作者は女の子と男の子に担がれたのです)、遊び終えて家に帰ったあともそのことが強く心に残り、その後もずっと機会があるたびに幻のパノラマを探し求めた――という微笑ましくも切ないものです)。


 さて、はじめに紹介した「ごん狐」ですが、これは小学校の代用教員をしていた十七歳の南吉が、子どもたちに実際に話して聞かせていたそうです。

 素朴で暖かな力に満ちた南吉の童話は、大人が読んでももちろん楽しめます。

 しかしそれ以上に、なにはともあれ、これらのお話はまず子どもたちに読んでほしいと思いました。

 これから生きて、大人になる中で、きっとその子の糧になってくれることでしょう。

@wiki 新美南吉(にいみ なんきち、1913年7月30日 - 1943年3月22日)は、日本の児童文学作家。本名は新美正八(旧姓:渡邊)。愛知県半田市出身。


【青空文庫】http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person121.html

【第26回IBBYニューデリー大会基調講演】http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/ibby/koen-h10sk-newdelhi.html

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ