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ばいばいこっちの世界!

「ねえ。」

コンコンというノックの後に、俺の妹である新崎亜香里の声が聞こえる。

「ちょいと待ちな。今、読書中なのだよマイシスター。」

2階の自分の部屋で勉強机でコーヒーを飲みながら、量子力学の本を読んでいた。

「今日、大学受験の結果の日でしょ? 早く結果をみなよ。」

「おうおう、落ち着け亜香里。ここで慌てたところでさ、どのみち結果は変わらないよ。シュレーディンガーの猫じゃあるまいしな。」

本から目を離さずに答える。

「でもでもお兄ちゃんー。シュレーディンガーさんは量子の世界でなくても、大きいものでも結果が変わることのパラドックスを猫を持ち出して言ってきたんじゃないのー? んー?」

「む、むう。」

俺もパラドックスの詳しいことは知らないから何とも言えぬ。そしてなぜ中学三年生にしてこの妹は知っている風なのだ。馬鹿にした言い方もちょいと腹が立つ。こんな状態ではゆっくり本も読んでいられないか。

「仕方がない。」

本を栞で挟み、伸びをしながら椅子から立ち上がる。砂糖を三つ入れたコーヒーをぐいと飲み干す。んんー甘い。

「この新崎大輝を誰だと思っている。合格に決まっているじゃないか。」

ぶつくさ文句を言いながらカギを外し、ガチャリとドアを開ける。

そこには口元が緩んだ妹がいた。喜びを隠しているつもりだろうが、彼女のツインテールも踊っている。

「ほら、さっさとみて。」

いつもの調子でそっけない口調だが、期待がこもっている。その妹からさっさと行けという蹴りを食らう。

「ふん。」

誇らしげにうなりながら、下に降りてパソコンを開けに行く。




落ちた。

ネットで調べた合格発表を何度見ても番号がない。

あまりの事実に学校に電話をした。

後日もサイトにアクセスして、学校側の間違いではないかと確認した。


そんなばかな。この俺が・・・・・・落ちただと?



気がつくと、別の大学に入学しており、いつの間にか四月も終わりを迎えていた。日めくりカレンダーがいつ見ても変わっている。毎日がなんとなく過ぎていくのだ。

参考書やらサークル紹介のチラシで散らかった部屋でぼーっとしていると、とある本が目に入る。

ぴかぴかで新品同然の本。それは合格発表の日に読んでいた量子力学の本だ。こいつは大学入試の手ごたえを感じた後に買ってきたものだった。

ぺらぺらと本をめくる。前半はゆっくりとめくられるが、最初の数十ページを過ぎるとめくる速度が一気に加速する。

「たかが大学だろう。」

めくったページの風で机の散乱した紙がぴらぴらと踊る。

「どこだって一緒さ。」

散乱した紙の隙間にぽたっと液体が落ちる。

「あ、れ・・・・・・?」

手を頬に当てると、温かい雫を感じる。涙が止まらない。止まれ。・・・・・・とまれ。

「う、うう・・・・・・。」

声も漏れてくる。

突如、後ろに温かさを感じた。誰かに抱き付かれた。

この大きさは亜香里か?

「な、なんだ?」

慌てて涙をぬぐい振り向こうとすると、

「いいから。」

前に回された手をさらにぎゅっと力を込められた。

それを受けるや羞恥心がなくなり、おいおいと大声をあげて泣いてしまった。




しばらく泣き続けた後、机の量子力学の本に古臭い紙が挟んでいるのが見えた。

こんなもの、挟んだ覚えなどないが・・・・・・。

泣き止んだ後はすこし羞恥心が復活した。じっとしてられなかったので、その紙を見る。


『別世界にご招待します。特別サービス期間につき本来なら一名のところ、男女ペアで使えます。』


「亜香里・・・・・・。」

まだ少し震えた声だ。

「・・・・・・。」

返事のない亜香里は俺に抱き付いたままだ。

「お兄ちゃんと一緒に、異世界に行かないか?」

「・・・・・・。」

「一人じゃちょっと寂しいな。」

「・・・・・・いいよ。」

亜香里の方に体を向く。

「連れて行ってよ・・・・・・お兄ちゃん。好奇心の刺激される楽しい世界に。」

亜香里が微笑んだ。

突如、亜香里の体が透けていく。亜香里の向こうの部屋の様子が見えてしまっている。

「な、亜香里!?」

「お、お兄ちゃん!!」


暗い。

突如視界が真っ暗になった。

ただ、目の前に温かいものを感じる。目に見えないただの空間だ。でもそれが亜香里だと思った。ぎゅっとその空間を抱きしめた。


視界が急に晴れた。まぶしい。

耳に鳥の鳴き声が聞こえてくる。

と、胸の中の人を見る。亜香里だ。

「亜香里! やったぞ! ここは異世界なんじゃないか!?」

俺ははしゃいであたりを見渡す。ここはあたりを木々で覆われた泉だ。

「へ・・・・・・え・・・・・・。」

亜香里があまりの驚きに言葉を失ったようだ。

「見ろあの鳥を! いやあの木を! なんか目に映るすべてのものが異世界のものに見えてきた!」

人の気配はしないが、ここは木々のせせらぎと鳥たちの声で明るい雰囲気の場所だった。

亜香里は声を忘れていた。

「しかしまあ、空が青いぞ亜香里! これは大発見じゃあないか? あの世界の『青』とこの世界の『青』は一緒ってことだぞ。これはクオリア問題が一歩進むかもしれん。いや違うか!!!」

特に深く考えず、思ったことが口からポンポン出てしまう。

嬉しい! 自分が異世界に来た!

「亜香里、ほら、異世界だぞ~。」

手をぱっと広げながら、亜香里の顔を覗き込む。

「ななな、なんでこんなところ来ちゃったの!?」

亜香里が慌てだす。

「なんでって・・・・・・。なんでだろうな!」

その不思議を体験したことを自分が体験してしまっていることに幸福を覚える。テンションが上がりっぱなしだ。

「なんでだろうな……じゃないよ! え?なんで?どこここ?ほんとに異世界じゃんここ!」

亜香里が目に涙を浮かべて俺に詰め寄る。

「い、いや、それは俺もびっくりしているところだが・・・・・・。亜香里も一緒に来てくれるって言ってくれたじゃないか。」

詰め寄ってくる亜香里を肩を掴んで静止させる。

「はあ? 普通に考えて、本当に異世界にいくわけないじゃん! 馬鹿じゃん! あれは好奇心を刺激される学問の世界へって意味だと思うでしょう!? 普通さぁ! 馬鹿じゃん!?」

どうやら亜香里は来たことを後悔しているようだ。

亜香里は言い終わると、泉の方に足を運ぶ。

「おい、どこへ行く?」

「帰る!」

亜香里はそのままずぶずぶと泉に入っていく。

「やれやれ・・・・・・。」

がさがさ。

突如。近くの茂みで不気味な音がする。

おいおいおい。

異世界に来て早々に戦闘か?

こっちはまだ武器も魔法もねぇんだぞ。

チュートリアルぐらいさせてくれよ。

がさっと大きい音と共に出てきたのは一人の女の子。

それは日に照らされてまぶしい白い髪(・・・・・・の上に草が乗っている)美少女だった。年は俺と同じぐらいで18ぐらいだろうか。

「××××××。」

にっこりとし、腰に手を当てた彼女が話し出す。

ダメだ。何を言っているのか分からない。言葉が分からないのは辛いなぁ。

「×××。」

心配そうな目をし、彼女の指した指先を見ると、

「あばっ、あぶぶ! ・・・・・・ブクブク。」

泉に入って15mほどであっぷあっぷしている妹がいた。

「亜香里ぃ――――――」




そんなわけで――――――異世界に妹ときたわけです、はい。


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