Conclusion:33 届かせるモノは
僕はただ彼女に会いたいだけだった。
ただそれだけで十分だった。
―――いったい、どこで間違えたのだろうか。
―――桐久保シン。
『飛べ!』
自らにそう命令し、弾丸のように飛び出す。
しかし、その速度が乗る前にオレの動きは、巨大な魔力の波に飲み込まれる。
『ぐぅぅ!』
失速し、動きが鈍る。
このままじゃ、オレは親父に届かない。皆から力を借りて、ここまで来てなお、届かなくなる。
そんなのは、嫌だ。
そう思った時、声が聞こえた。
――――大丈夫、僕らが付いてるよ、義兄さま。
この、声は…………
『――っ、ああ、そうだな、キース!』
涙が、溢れそうになる。
脳裏に浮かぶのは、守れなくて、失ってしまった、オレの大切な義弟。
声と共に、右手に一振りの剣、細剣が握られる。
それと、声がもう一つ響く。
――――邪魔だな、この波。だからまずは、一点突破だぜ。
『っ、………遊李さん!』
その声は背中に白と黒の翼を生やした、つい先日知り合った男のもの。
左手に見慣れない、黒炎を纏う黒剣が現れ、体が勝手に動く。
『【影の太刀・真醒】!』
影が巨大な刃の連撃となり、波を切り裂き、押し返す。
その一瞬の隙を突くように、左手を引く。
『【魔帝の刺突】!』
一度引いた腕を突き出すことで、黒い炎は鋭い刺突撃となって突き穿っていく。
そして、二人の力で開いた道を、オレは全力で突き進む。
――――行って義弟さま。僕らが力を貸せるのは、一度きりだから。
そう、これは借り物の力だ。
オレの魂も、魔力も削る事なく、詠唱することもせず、皆の技を使う力。
故に、一度きり。
けれど、今はそれで十分だった。
『ああ、わかってるさ、キース!』
しかし、少しもしないうちに次の魔力が訪れた。
その魔力は、青白い炎となり、襲い来る。そしてオレは、その炎を知っている。
『これは……【超臨界溶岩流】!?』
それは、〈火喰い〉フレアと呼ばれた、赤い魔人の技。そしてその炎は、触れる物悉くを、灰塵へと帰る。
――――防御なら任せな、坊主。得意分野だ。
――――そして、俺が切り開くよ。
また、頼もしい味方の声が聞こえる。今度は二つだ。
『はい、恭慈さん、燈悟さん!』
左手に、冷気を纏った青い盾が、右手には、黄金に輝く両刃剣が現れ、それぞれの力が顕現される。
『【六花天墜・氷天花】』
初めに、氷の花弁が盾となり炎の勢いを殺ぎ、
『【光芒五星斬】!』
輝く五芒星が、勢いの殺がれた炎を切り裂いた。
その時また、声がした。でもそれは、オレを支えてくれる皆の声じゃなかった。
――――僕を、止めてくれ。
『…………親父、なのか?』
――――お願いだ、カルマ君。僕を、止めて…………殺してくれ!
聞こえてきたそれは、親父の声だった。
――――僕はもう、何も壊したくない、誰も壊したくない! もう、もう何も奪いたくない!
だから…………だから!
それは、オレのよく知る親父の声。
17年間聞き続けた、人間の声だった。
『でも、殺すなんて!』
オレは、殺さないように、殺さずに済むように戦ってきた。
拙い言葉を紡いで、足りない頭を回して、親父に言葉をかけ続けた。思いを訴え続けた。
――――それしか、方法が無いんだ!
それなのに、ようやく自我を取り戻した親父を、この手で殺さ無いといけないなんて!
『く、そぉぉぉ!』
その悔しさのあまり、その悲しみのあまり、オレは雄叫びを上げながら空を疾走する。
『ああ、ああ! もう止めることが無理なら親父、オレはアンタの願いを叶える! 叶えてやる!』
本当はやりたくない。叶えたくなんか無い。
でも、苦しんでる親父を止められるのは、これしか無いんだ。
だから、
『――――オレがアンタを、殺してやる!』
次の魔力波が迫り来る。それは抉りの魔力。
〈抉りし鬼〉スコッパーのそれだ。
――――広範囲の殲滅なら、お任せあれ。
『任せたよ、大介さん!』
両腕が白い焔に包まれる。
その焔の中から白銀に輝く、白焔の長剣が現れる。
『【白焔の法・焔帝神剣】!』
振り抜いたその一撃は、目の前全てを白で塗り潰し、触れる全ての魔力を焼き尽くして行く。
『次!』
その白焔の中を突っ切り、次の魔力に備える。
次に来た魔力は、形を持っていた。
獣という形を持った魔力が、オレを食い尽くさんと迫り来る。
――――ふん、アイツの魔力なら、アタシに任せな、桐久保。
『ああ、任せたぜ、梶原!
【穿ち貫く破閃の豪雨】!』
オレの周辺に、ありとあらゆる兵器が出現し、そして一斉に火を吹いた。
それぞれから放たれた弾丸や弾頭は、一方的に獣を蹂躙していく。
――――とんだ肩透かしね。いくら強くても、急造コピーごときが、アタシの弾幕を抜けられるハズが無いのよ。
そう評する梶原の声は、どこか憮然としたものだった。
『…………遠いな』
獣の魔力をやり過ごした後、オレは空を見上げる。
オレと親父の間には、まだまだ距離が開いていた。
――――だったらまずは、距離を稼ごうかカルマくん。
また新たに聞こえた声が、オレの心を揺さぶる。
『アスカ、さん』
オレの恩人であり、主治医だった人の声。
その声が、どこか悲しそうにに囁く。
――――さぁ、飛ぼうか。道を間違えた、僕の友を止めるために。
『【空間交換】!』
発動したのは、空間の接続ではない。言うなればそれは、空間の入れ換え。
オレの今いる空間と、遠く離れた親父の目の前の空間を入れ替えた。
それにより、オレは一瞬にして親父のいる雲の上まで到達する。
『…………よう、親父。殺しに、来てやったぜ』
真正面に殺すべき相手を見据え、不敵に笑いながら、オレは言った。
その言葉を、親父が認識したのかは分からない。だが親父は、ゆっくりとこちらを向き、右手を翳す。
『【消えろ!】【消滅の災厄】!』
ポツリ、と呟かれたその言霊は変質し、全てを消し去る、【消滅】の魔力となる。
――――今度は、わたくしの出番ですわね? カルマ様。
『なんでそんな、嬉しそうかなぁ………ルル!』
――――無論、貴方のお役に立てるからですわ!
『ありがとな、ルル。
【天覆う黒蝶の乱舞】!』
蝶の嵐が消滅の嵐とぶつかり、しかし、数瞬も拮抗する事なく、アッサリと飲み込んで行く。
――――梶原さんの仰る通りですわ。このような紛い物ごときで、わたくしの魔力を消そうなど、愚の骨頂でしてよ!
未だ残る蝶の嵐に乗り、襲い来る魔力を飲み込みながら進んでいく。
『あと、少しだ!』
もう、距離はそんなに離れていない。手を伸ばせば、届きそうな距離だ。
『【来るな、クルナ…………邪魔物は、死ねぇぇえ!】【斥力障壁】!』
とうとうオレにここまで接近された事で、もはや理性の欠片も感じさせない声と言葉と共に、親父だったモノは反発の魔力を使用する。
オレ達二人の間に突然発生した反発の力場は、そのまま破裂し、オレと、術者である親父すらも吹き飛ばす。
『【潰れろォ!】【圧縮圧殺】!』
飛ばされながらも、叫び声と共に放たれた技は、オレの体を一気に包み込んだ。
―――知らない技だ。
そう思ったのも束の間、凄まじい圧力が全方位からのし掛かる。
それはまるで、巨大な手で握りつぶされているような感覚だった。
『ぐぁぁぁああ!』
メキリ。
骨が軋む音がする。
ミチリ。
肉が潰れる音がする。
その力に抗うこともできず、オレは潰されていく。
『このままじゃ……………くそ!』
――――大丈夫。カルくんは、私が絶対守るから。
彼女の声が聞こえた瞬間、オレの体を暖かい何かが包み込む。
その温もりは白金色に輝く、安らぎと心強さを含んだ、オレの大好きな温もりだった。
『すまない、ヒナタ!【愛しき戦姫の剣舞】!』
叫ぶと同時に、オレを締め付けていた力が千に及ぶ刃の波によって、一気に払いのけられる。否、切り払われる。
『【あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!】【圧殺掌破】!』
もはや、人の声とは思えない音と共に放たれた圧殺の魔力は、オレを叩き落とし潰さんと、迫り来る。
――――もう、謝らなくていいのに。さ、カルくん。もう一降り、行こうか。
『いけるのか? 他の皆は一回だけだったのに?』
――――私とカルくんなら、そんな制約も愛で乗りきれるよ!
『愛って………はは、そんなノリはルルだけだと思ってたけどな。ああ、行こうか、ヒナタ!』
宙に浮かんでいる数多もの剣達が、連なり、重なり、一降りの刀へと形を変えていく。
オレはその刀を手に取り、構える。
目前には巨大で分厚く、殺意にまみれた魔力。
手元には、大切な想いの込められた、刃。
『届けよ、親父に。【剣姫の想刃】!』
そして、一閃する。それだけで、目前の魔力は斬り裂かれ消滅し、そのまま、親父の片腕を斬り落とした。
親父が痛みに叫びを上げ、魔力の暴風がより一層強くなる。
そして、強くなった魔力が今度は収束し、親父を包み込み、一つの巨大な繭となった。
『くそっ!』
その繭はとても固く、俺の拳でも、ヒナタの剣でも、びくともしなかった。
そんな時だから、彼の声が頼もしく聞こえたのだろう。
――――おうおうおう、なにこんな事で立ち止まってんだよ、カルマ。
『………驚いたな。お前まで、出てくんのかよ』
それは、味方の声ではなかった。その声の主はオレの敵で、好敵手で、言葉よりも交わした拳の方が多い宿敵で、
―――そして遺憾ながら、強敵と呼べる存在だった。
その友が言う。
――――目の前に硬ぇ壁がある。んで、俺とお前なら、どうするのが正解だと思うよ?
そんなの、決まってる。それこそが、オレとアイツの在り方だった。
『――――真正面から、打ち砕く!
そうだろ、フィスト!!』
――――ああ、よっく解ってんじゃねぇか、カルマァ!
左手を繭に添え、狙いを澄まし、右手を引き付ける。
拳を包み込む魔力は、何度となくこの身に受けてきたそれで、とても力強かった。
『打ち砕け!【黎明の覇帝拳】!!』
解放と共に、繭を強く殴り付ける。
流石に一撃では砕くことは出来ないものの、ほんの少しだけヒビが入る。
オレはそのヒビをひたすらに殴った。
何度も、何度も、何度も。
何度殴ったのかわからなくなり、拳の骨が砕け、血が流れ出したころ、ようやく繭が崩壊を始めた。
砕け始めたその繭の亀裂に両手を突っ込み、力ずくでその穴を広げていく。
広げきったそこから、再び魔力が溢れ出す。
一向になくなる気配の無いこの魔力はきっと、親父を止めない限り、触れる全てを破壊し続けるのだろう。
だから、オレはみんなに支えられる中、親父に向かってこう言った。
『迎えに来てやったぜ、クソ親父。仕方ねぇから、オレが往生させてやるよ』
――――そして今、声が届いた。
なんだろう、この小説で一番書きたい部分だったのにこの難産っぷり……………




