Conclusion:27 ふたり
どうやらバトルは来週に持ち越しのようです。
「嫌だ!」
即答した。当然だ。
「嫌に決まってるだろ! ふざけたこと言うなよ!」
「ふざけてなんかいない。私は、至って真面目に言っているんだ」
「なんで、何でそんなこと…………」
マルカを喰う。
確かにそうすれば、現状を打開できるかもしれない。傷も塞がって、力を得られるかもしれない。
でもそれはつまり、マルカを失うと言うことだ。
決して短くない時を、家族として、兄妹として共に過ごした半身を。
「カルマ。お前が止まれば、お前が倒れれば、あいつらはどうなる? その背に背負っている想いは、どうなる?」
「――っ」
マルカは膝をつくオレに、視線を会わせる。
「止まることなど、私達には許されない。倒れることなど、認められていない。今、お前に出来るのは、立ち上がって前を向くこと。その拳を握る事」
「オレに、出来ること…………」
「そして私に出来ることは、我が兄を、我が半身を、全霊を持って支えることだ」
その言葉は優しく、厳しく、決意に彩られた、励ましの言葉。
「まだ手はある。膝を着くのはまだ早い。下を向くのも、まだ早い。
止めるのだろう? 帰るのだろう? なら、覚悟を決めろ、カルマ!」
親父はまた、こちらを見ているだけだ。なにもしてこない。
親父は、あの力を手に入れるために、沢山の物を捨てていた。
「お前は、人間か?」
「………いいや、化物だ」
「お前は、生者か?」
「………いいや、死者だ」
あの力を手に入れるために、オレも心を、沢山の物を捨てろと言うのか?
「それならお前の心は、何だ?」
オレの心…………?
「お前の心は化物か?」
…………違う。
「お前の心は死者か?」
………違う。
「お前の心は、力に飲まれるのか?」
オレの、心は…………オレは!
「人間だ。オレは人間の心を持った、化物だ」
「そうだ。確かに私たちは化物だ。だが、人の心を知っている。人の心を、まだ持っている。そして、力に飲まれる程、柔ではないだろう?」
マルカはオレの両肩に手をのせる。
「シンは、アイツは、力に飲まれた。力に飲まれて心を捨てて、そして今、あそこにいる」
「親父………」
「だが、お前は違うだろう?」
「………でも、お前が」
その時、パンッと言う音が響いた。
それは、まだ弱音を言い募ろうとするオレの頬を、マルカの両手が勢いよく挟んだ音だ。
両手でオレの顔を押さえたまま、彼女は顔を近づける。
「うだうだうだうだと、ええい情けない!
いい加減に腹を括れ、カルマよ! お前は、諦めぬのだろう? 願いを、背負った物を、待っている者達を! ならば、何を躊躇う!」
「だって、お前が消えるんだぞ!」
「一つから別れた二つが、また一つに戻るだけだろうが!」
確かに、形だけを見たらそうだ。その通りだ。でも、そうじゃないんだ。
「お前がいなくなったら、嫌なんだよ! マルカ! お前は、ずっと隣にいてくれた! 誰よりも、隣に!」
「当たり前だ、私は分身体なのだから」
「だから、お前がいなくなったら、オレは…………」
声が小さくなり、萎んでいく。
ふと、頭が暖かいもので包み込まれる。
マルカが、俯いたオレを、抱き締めていた。
「人は、一人で生きれても、独りでは寂しい。その事を、私たちは知っている」
「ああ……」
「だけど、お前はもう、独りではないだろう? お前の周りには、沢山の顔があるハズだ。もう、寂しくないはずだ」
優しく、ゆっくりと、まるで彼女自身に言い聞かせるように、マルカは言葉を紡ぐ。
「それに、二度と会えない訳じゃない。むしろ、私たちは一つに戻る。ならば、ずっと一緒だ。
…………ふふ、もしかしたら、ヒナタよりも一緒かもな?」
冗談めかしてそう括った彼女は、オレの頭を離す。
彼女はもう、一歩も譲らない気だ。分かってる。マルカの言うことが正しくて、オレが言ってるのはただの我儘だって、頭では分かってるんだ。
瞼を落とせば、マルカと共に過ごした数年の事が、次々と思い出せる。
―――大丈夫だ。
一度にこれだけ思い出せるのなら、オレはマルカを忘れない。
喧嘩した事も、からかった事も、からかわれた事も、叱られた事も、笑い合った事も、泣いた事も、励まし励まされた事も―――――共に生きて、共に戦っていた日々の事を、オレはちゃんと覚えてる。ちゃんと、この胸にある。
―――だから、大丈夫だ。
マルカが、妹が、腹を括ったんだ。
それなのに、兄がビビっててどうするよ。
「覚悟は決まったか、カルマ?」
「ああ、いつでも来い」
「では、行くぞ」
マルカの顔が近づいてきて、そして―――
――――――――。
一瞬、時が止まった気がした。
二人の唇が離れるまで、短い一瞬だった。
「…………マルカ」
理由は問わない。
「この姿でお前と会うのは、これが最後だからな。許せ」
マルカは、泣いている。
多分オレも、泣いている。
「じゃあ今度こそ行くぜ?」
「私の頭に手を」
言われるがままに、手をのせる。
マルカの体から、光が溢れだす。
その光は段々と強くなり、そして、
「去らばだ、カルマ。我が愚兄」
「あばよ、マルカ。オレの愚妹」
オレの手に、赤い宝玉が握られた――――。
「―――――征くぜ、相棒」
今度こそ、届かせる為に!
シンが動かないのは、わざとです。決して存在を忘れているとかではありませんよ?




