Recllection:6 医師の薬
少しペースを上げようかと思います。
私は、部活の帰り道、『昼間は一緒に戦えなかったから、逃げた魔人は自分達が探す!』とかなんとか、勝手な事いって飛び出していった、マネージャーのサナちゃんと、佐伯部長の事を考えていた。
「大丈夫かなぁ、二人とも」
まぁ、心配無いか。と、少しの不安を拭い去る。
その時、路地裏の方から物音が聞こえた気がした。
「カルマ! しっかりしろ、カルマ!」
マルカちゃんの声だ! まさか、カルくんに何かあったの?
私が急いで声のする方へ足を向けるとそこには、血まみれで倒れるカルくんと、青ざめた顔で彼の体を揺するマルカちゃんの姿があった。
「か、カルくん!?」
ついそう呼んでしまった事にも気付かず、私は慌てて彼の所へ駆け寄る。
彼は昼間、どういう訳か、魔人に襲われているのだ。もしかしたら、また襲われたのかも知れない。
「ま、マルカちゃん、これは、一体……」
「朝霧さん………兄さんは………」
彼女は歯切れ悪く茶を濁し、とても言いづらそうに目を伏せる。そこから私は、言えない事情があることを察した。
「と、とりあえず病院に連絡を…」
「ダメだ!」
私が携帯を取り出そうとした時、マルカちゃんは私の腕にしがみつき、縋るように、懇願するようにこちらを見つめる。
「病院は……病院だけは、ダメ……あそこに行ったら、カルマは、兄さんは……」
その表情はあまりに悲痛で、とても辛そうだった。
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「私達の家に……今日は、兄さんの主治医が来てくれますから」
主治医。その言葉に、私は一抹の不安と、最悪の展開を想像してしまうのを禁じ得なかった。
「わ、わかった」
そういって、彼を背負う。これでも神騎だし、部活で鍛えられているから、長身で筋肉質でも、細身な彼くらいなら持ち上げられる筈だ。
しかし、私が彼を背負ったとき感じたのは、拍子抜けしてしまう程に軽い重さだった。
―――軽い。
それは、とてつもなく異質な軽さだった。
いくら細身とはいえ、その背は高く、躰には絞られ引き締まった筋肉がついている。それでも、彼は軽かったのだ。
恐らく、五十キロも無いはずだ。
「大丈夫ですよ、朝霧さん」
唐突に、横から聞こえた声の主に、私は顔を向ける。
その表情は、先ほどの悲痛さを未だ残しているものの、何かに耐えている様な彼女の姿だった。
「……うん」
そんな彼女に、私はそう返す事しか出来なかった。
◆◆◆
「そこの角を曲がった先が今の私達の家です」
なんとか、カルくんの止血を済ませ、マルカちゃんに道案内されて辿り着いたのは、二階建ての、学生二人には大きすぎる一軒家だった。
「………マルカちゃん」
「何でしょう?」
「大きくない?」
「大きいですね」
「私んちより大きいんですけど」
「あらま…」
そんな会話をしながら歩いていると、向こうから一人の男性が駆けてくる。
痩せ型で、少々くたびれた白衣を纏う、医師然とした男は、私達を見ると、声を上げた。
「ああ、間に合った間に合った。ああ、良かっ………良くなかった! か、カルマ君! どどどどうしたんだい!?」
「落ち着いて下さいよ、松岡医師」
「医師?」
「兄さんの主治医ですよ」
「どうも。僕は医者の松岡飛鳥です。お嬢さんのお名前は……と、行きたい所ですが、そうも行きませんね」
「ええ、中に入って下さい。朝霧さんは兄さんを部屋までお願いします。私は先生とお話がありますので」
「わかったわ」
「お願いします。部屋は二階の一番奥です」
彼女の言葉に頷いた私は、二階への階段を上った。
◆◆◆
ヒナタが階段を上がって行くのを見届けた後、私は松岡に向き直る。
「マルカ君、良いのかい? 彼女にそんなに関わっても」
「巻き込みはしないさ」
「そう言う事じゃない。僕はこれでも気配感知が得意でね。彼女、神騎だろう?」
「そう…だな」
「所詮は相容れない存在なのさ、僕らは。
辛いだろうね、彼は。そして、いつか真実を知ってしまう彼女も」
確かに辛いだろう。しかし、そんな事は判っていた。カルマの分身たる私には、判っていた。
だが、それでも……。
「それよりもアスカ、薬は?」
「ちゃんとあるよ。何のために来たと思っているんだい?」
そういって、彼はカバンから薬を取り出す。
「まったく、コレを造るのはかなり骨なんだからね。もう少し大切に使ってよ、この『魂魄安定剤』」
「しかし、カルマの魔人化の浸食は、予想以上に早い。量を増やすか、あるいは……」
「はぁ、いずれにしても、そう時間は残って無いだろうね。持って精々1、2年って所か」
「1年、か……」
私は、その残された時間の間に、やらねばならぬ、しかし、どれほど時間がかかるか想像すらできない目的を思い浮かべ、ため息を着いた。
次回は12/14(土)午前6時に更新予定です。