Conclusion:21 魔神と魔人
説明会、っと。
上手くできたかな? できたかな?
ようやく、ようやく魔神と魔人と人魔と屍魔人と暇人(違う)の説明をする場所を設けられたぜぇ…………
階段を登る。
長い永い、螺旋階段を。終わりが無いように思えたそれは、まるで夢の中のようで、現実感が乖離始める。
しかし、そんな夢幻のような体感も、呆気なく終わりを迎えた。
階段を登りきった目の前には、大きな両開きの扉が
「なんだ、特にトラップも無かったな」
「親父の事だ、オレと会うために、そんなことはしないだろうさ」
そう、親父は、オレが戦場を越え、フィストを下し、自らのもとへ訪れるのを待っているはずだ。目的は解らないが、親父がオレの力、冥道の力を欲しているのは確かなんだ。そこでオレを殺しかねない罠は張らないだろう。
「…………ここまで当たり前のように親父の心境を推測できる自分が恨めしい」
憎い筈なのに、許せない筈なのに、理解など、したくない筈なのに、どうしてオレはここまでわかる?
そんな疑問は、マルカが答えを出した。
「それはきっと、どんなに道を違えても、どんなに憎しみを持っていても、親子として過ごした時間が、その記憶が、成せる事なのだろうな」
「親子、か…………」
扉を、押し開ける。
「よく来たね、メウ・フィリョ」
「…………」
「やだなぁ、そんなに睨まないでよ、別にすぐ戦おうって訳じゃないんだから」
「親父…………これ、なんだ?」
扉の先に広がっていたのは、機械の部屋だった。
部屋のあちこちに長短太細なパイプが張り巡らされ、そしてそれらは部屋の最奥、なにかを象った像へと収束していた。
「ここはね、うーん、そうだね、強いて言うならば、魔神の寝床…………伏魔殿? いや、伏魔神殿と言ったところかな?」
「そんなことを聞いてるんじゃない! その像は一体なんの真似だ!」
その像へ目が言ったとき、オレは絶句した。
像の形は、女性だ。そこまではまだ、わかる。だが…………
「なんで、この像が、母さんの姿をしてるいるんだ!」
声を荒らげて、親父に問い質す。
その問いに、親父は笑いながら答える。
そう、狂いながら。
「美しいでしょ? カルマくん。そりゃそうだよ、だって僕の唯一の存在意義であり、きみのお母さんなんだもの」
それだけじゃない。この薄暗い部屋を、煌々と照らすのは紅い光。
その発生源は、母さんの像の、その胸に埋め込まれた、拳大の紅い宝玉、神谷の宝玉だ。
「親父! アンタはどこまで…………っ!」
そんなオレの激昂は、くつくつ、と親父の嗤い声に遮られた。
「さあ、カルマくん、おしゃべりをしようか」
「おしゃべりだと?」
「ねえ、カルマくん。君は疑問に思ったことはないかい?
――――何故、魔人が存在するのか、と」
「…………まるで、アンタは知っているかのような言い草だな」
「知っているともさ。屍魔人になったとき、僕は調べたんだ。ありとあらゆる権力と財力を使って」
その言葉を皮切りに、親父は語り始める。
◆◆◆
魔人とはそもそもなんなのか。
それは、魔神が人の願いを叶えるために作り出した存在、その成れの果て。
「願いを?」
「そう、人の願い…………未練、と言った方が正しいかな?」
「未練…………」
そもそも魔神は、天の神々の一柱だった。
けれど神は人の願いを叶えない。ただ願いを聞き、祈りを貪り、見下ろすだけ。
だけど魔神は人の願いを叶えたかった。人間が大好きだったから。ちっぽけで愚かで、それでも足掻く人間が、愛おしかったから。
だから、魔神は強い願い、未練を持ち、輪廻に抗っていた霊魂に力を与えた。
だけど、ただ力を与えるだけじゃダメだった。強すぎる神の力は、脆弱な人の魂には魔だった。
どんなに強い自我を持っていても、理に背く力は、強すぎた。与えられた魂は、力に飲まれ、暴走し、未練の残滓のみが残った。
――――それが、魔人。
しかし魔神は、一度の失敗では諦めなかった。
何度も試し、失敗し、魔人を産み出し続けた。そのとき、魔神は気付いていなかった。魔人が、何より大好きな人間を喰っていることに。
初めはただ見ているだけだった神々も、その魔人の本性を知り、魔神を封印した。
深い深い闇の、冥界の最奥へ
けれど、一度の溢れた魔の力、魔力の奔流は止まらなかった。
魔力の波動が新たな魔を生じ、魔人が生まれ続けた。
それを見た神々は、そのとき初めて、人間界に干渉することをを決めた。
そして、神々に、正規の力を与えられた人間が、魔人を駆逐し始めた。
――――それが神騎。
「神騎、か」
「魔人が人の願いや想いと言った、いわゆる、光を求める感情に反応して生まれるのだとしたら、神騎は悲しみや絶望といった闇に沈む感情に反応して生まれる」
「逆じゃないか」
「そうでもないさ。光は闇の中でこそ輝き、闇は光の中でこそ際立つ。ただそれだけの事なんだから」
魔人と神騎の戦いは永く永く続いた。
魔人の魔力と神騎の聖力がぶつかり合う度に、時空間は少しずつ歪んでいった。そして、それによって、魔神の手元を離れた魔力は、その性質を変えていったんだ。
駆逐されることを良しとせず、生き残るために、未練を使い潰さず、自我を残した魔人。
――――それが人魔。
魔人と同じで肉体を持たず、 しかしそれらとは違い、自我を保った、より魔神の思想に近しい、魔人進化亜種。
歪んだ魂の生じる魔力ではなく、人その物の意思の力、つまり、純粋な魂の力を使う彼らは、永く続く両者の戦いで、第三者として勢力を伸ばし始めた。
「さて、ここで君に質問だ」
「あん?」
「世界中に蔓延した魔力は、人間にどんな作用をもたらすと思う?」
「魔力の、作用?」
「そんなに難しく考える必要はないよ、答えは簡単なんだから」
「蔓延した魔力で、魔人が増えた…………?」
「んー、ニアピンかな」
答えは簡単だ。蓄積するのさ、その魂魄に。
世代を重ねる毎に、生物濃縮を繰り返す度に、『人類』に蓄積する魔力は濃くなっていった。
魂魄に大量に蓄積された神の力の成れの果て、神の毒、魔力はやがて、魔神の思想を全うしうる存在を産み出した。
――――それが、屍魔人。
その肉体に魔人の願望を、その魂に魔神の希望を背負った存在。それがカルマくん、僕たちなんだよ。
「世代を重ねる毎に濃くなる魔力…………つまり、オレ達が屍魔人になったのは血筋のせいってか?」
「いいや、まさか。そんな体の良い主人公じゃああるまいし」
「説得力ねぇな…………」
そのすべては確率論。
魔人に、人魔に、屍魔人に、血筋の秘密とかそんな都合の良い理由なんか無い。すべてはただただ、僕らの両親、祖父母、それより前の先祖に、魔力が蓄積していっただけのこと。そして、当人に強い未練があったこと。
ただ、珍しいことがあるとすれば、同じ時代、同じ場所に、屍魔人が同時に生まれたと言うこと。そう、君と僕の事さ。
確かにいつの時代も、世界中に屍魔人は存在してはいた。だが、その存在が希少すぎる故に、屍魔人同士が会うということが無かった。こうして僕達が言葉を交わしていること自体、歴史上初の事なんだよ?
「…………だから、なんだよ」
「連れないこと言わないでよ。つまりはさ、魔神の目的を果たすための条件が満たされたと言うことさ!」
「なんだと?」
問いを投げ掛けたオレに、親父は笑みを浮かべながら、楽しそうに答える。
「僕たち屍魔人は、魔神の最高傑作にして唯一、この世界で神へと至れる資格を有する存在なのさ!」
「神、だと?」
そして、親父は恍惚とした表情で、像に嵌め込まれた、神谷の核を指で撫でる。
「そう! この美しい『魔神の器』に、並々と魔力と魂を注ぎ込み、この屍魔人の身の内に受け入れることで、屍魔人は魔神…………つまり神の力を手にすることが出来る!」
「そんなことをして、アンタは何がしたいんだ!」
「魔神の力の真骨頂は生命の操作! 生者を贄とし、死者を此岸へと呼び戻す! これぞ魔神の、神の御業!」
「死者を、呼び戻す…………?」
オレの言葉に振り向いた親父の顔は、笑顔で、そして、
「それこそが、僕の未練であり、目的さ」
――――狂気で、歪んでいた。
そろそろ次回作にも手を付け始めた今日この頃。
でもまずはこれを完結させなくては。




