Resolution:33 代行者
長っ! なにこれなっが!
フリムン史上最も長い話です、今話。
いよいよ二章もクライマックスでござーい!
◆◆◆
時は少々遡り。
病院から少し離れた木の上、一組の男女がいた。
男は木の幹に腰を下ろし、遠くで繰り広げられられている戦いを観戦していた。
「お? カルマくん、しっかり戦っているね。ガンバレー」
「マイマスター、それはどちらへの応援ですか?」
「んー、どっちもかな?」
そう言って、男は笑う。
すると、女がふと顔を上げ、上空を指差す。
「マイマスター、〈奏でし獣〉が予定通りに到着致しました」
「やあ、お帰り」
『〈代行者〉! 戦況は!?』
「そうだねぇ、今戦っている〈覇拳〉と君を除いて、全滅かな?」
『どうするのさ』
「〈奏でし獣〉、マイマスターの計画に変更はありません」
「そゆこと。だから僕の分の魔獣も出してよ。これから『器』を貰いに行くから」
『わかった』
〈奏でし獣〉の影から現れた巨大な鴉が、翼を広げる。
それを見て、男は笑みを浮かべる。
「それじゃ、行こうか『咎那』」
「Yes my master」
『『魔人変躯』』
そして男は魔人へと成る。
◆◆◆
「カルくん!」
『カルマ様!』
「桐久保!」
軋む体に鞭を打ち、神谷の病室へ急ぎ走ると、通路の方でヒナタ、ルル、梶原と合流する。
『佐伯先輩とキースは!?』
『わかりませんが、彼らなら大丈夫でしょう』
「急ごう!」
彼女らの姿は、オレ以上に満身創痍だった。
『いや、お前らはここで休め。その身体ではまともに戦えない』
「そんなこと無いわよ桐久保。それにね、私たちの大切な後輩なの。アンタが止めようと、アタシ達は行くわよ」
『のようだぞ、カルマ』
『はぁ……わかったよ』
オレ達が病室に着いた時、既に護衛の人魔達は全滅した後だった。
『カルマ、これは………』
『嘘、だろ………?』
「そんな…………」
『わたくし達より手練れもおりましたのに』
「……それだけ、相手は強いって事ね」
急いで病室へ入る。
そこで一番最初に目に映ったのは、
『〈代行者〉!』
「神谷くんから離れて!」
「なんでアンタもいるの、テイム!」
『お二方、動かないで下さいまし?』
神谷の近くに立つ〈代行者〉と、その後ろに立つ〈奏でし獣〉は、こちらを見やり、〈代行者〉は笑い声を上げ、楽しそうに言う。
『やぁ、来たね、カルマくん』
『何故オレの名前を知っている!』
『ふふふ、どうしてだろうね?』
〈代行者〉がイタズラっぽく嗤う。
『神谷から、離れろ!』
オレが飛びかかると、〈奏でし獣〉が動こうとするが、それを〈代行者〉が止める。
奴はオレの攻撃を避けると、一歩下がり、構える。
『折角だから、相手して上げるよ』
野郎、完全に舐めてやがる!
オレがまた飛び出そうとすると、すぐ後ろから黒蝶が舞い、〈代行者〉が怯んだ隙に剣撃と銃撃が入る。
『カルマ様、落ち着いて下さい』
「桐久保、あまり飛び出さないで! 間違って撃ちそうになる!」
「大丈夫、皆いるよ」
オレ達四人が構えると、それを見た〈代行者〉が楽しそうに笑った。
『いいよ、全員で来るといい』
『言われなくても、そのつもりだ! 【狩魔!】』
『私も! 【悪魔を喰らえ!】』
駆け抜け、拳を振り抜いた。
それを援護するように、銃弾と黒蝶がそれぞれ〈代行者〉の体を撃ち、意識を反らす。
オレの拳に合わせて、ヒナタの剣も振られた。二つは入れ違いに奴の顔面へ当たる。
『なっ!?』
『ふふふ、痛いじゃないか』
だが、奴はなんとも無さそうに立っている。
確かに、顔の甲殻には、攻撃を受けた後があり、ヒビが入っている。
『【斥力】』
たった一言。言葉一つで、強烈な衝撃がオレ達を襲う。
『がはっ!』
オレ達は壁に打ち付けられ、倒れる。
なんだ、この力量差は…………。
『全く、駄目じゃないか』
ため息交じりにそういった彼は、次の瞬間、信じられない言葉を放った。
『まだまだだね、メウ・フィリョ』
――――――
―――――――――
――待て。
―――今、
―――――なんと言った?
オレの事をフィリョなんて呼ぶ奴なんか、一人しか……………
彼が、ヒビの隙間から甲殻を剥がしていき、最初に口が見えた。
「それにしても、僕も怒るよ?」
発せられたのは、よく知る声。
どんどん甲殻は剥がされ、遂に顔が露になる。
そして、そこにあったのは―――――
「父さんの顔面をあんなに強く殴るなんて。地味に痛かったよ。ヒナタちゃんも、痛かったよ?」
嘘…………だろう?
だって、まさか、そんな…………
だってだって、松岡さんを殺したのも、神谷を殺そうとしているのも〈代行者〉で、その〈代行者〉が……………………
『親…………父?』
「うん? どうしたのカルマくん?」
親父は笑っている。どこまでも笑顔だ。朗らかな、明るい、欺瞞に満ちた笑み。
震える声で、オレは問う。
『全部、嘘だったのかよ…………』
「ん?」
『全部、オレに見せてきた物全部! 言葉も、想いも、全部、嘘だったのかよ! 親父!』
「僕は言ったはずだよ? 君の見ているもの、信じているものは、本当に、真実かい? ってね」
『こういう…………ことかよ』
「こういう事さ」
オレは立ち上がろうと、体に力を込める。が、急に全身の力が抜け、上手く立てない。
「ああ、無理はしない方がいい。〈覇拳〉との戦いでかなり消耗しているでしょ。多分、今こうして話しているだけでも精一杯のはずだ」
その言葉に、絶句のあまり動けなかったヒナタとルルが、驚いた声を上げる。
「だから、そこで見ているといい」
『何をだ…………』
「おいおい、僕がここに来た理由、忘れたのかい?」
『―――っ! やめろ!』
「バカだなぁ、ここでやめたら、全く持ってムダじゃないか」
そう言って、親父は神谷に近づく。
「〈獣〉、カルマくんはほっといていいから、残りの3人、動けないようにしといて」
『はいはい』
完全にオレ達は動きを封じられた。
「じゃ、始めようか」
『やめろ…………』
そして、親父は―――――
神谷の心臓を、鷲掴みにする。
『やめろぉぉぉおお!!!』
「ぅぅううああああああ!!!」
オレと神谷の絶叫が、交差する。
「いやぁぁぁあああ!!」
『やめて、お願いします!!!』
「神谷、神谷ぁぁぁあ!!」
彼女達の声も重なる。
そして親父は、紅い光に照らされるなか、狂喜に満ちた顔で笑う。
「ハハハハハハハ!! ようやくだ! ようやくこれで次の段階へ行ける!」
絶叫と悲鳴と哄笑の入り乱れる中、オレは神谷と目が合った。
目には苦悶の涙が浮かび、救いを求めるかのようにこっちを見ている。
「やめろ、親父! やめてくれ! 神谷ぁぁぁあ!」
いつの間にか変身は解け、マルカは隣で気を失っていた。
「あああぁぁがぁぁ!!」
身体中から紅い光を放つ神谷の身体が薄れ始める。
「さあ、来たれ『器』よ! 我らが下に!」
親父の右手が引き抜かれる。
その手には、拳大の紅い宝玉。魔人の核、いや、魔神の器。
そして、それがその手にあると言うことは、つまり……………
「…けて………先輩…………」
神谷の体が、光となり、宝玉へと吸収された。
「そんな…………」
呆然とするオレ達に、親父が声をかける。
「ああそうそう、これ拾ったから、返しておくね」
そう言われて、魔獣が口から放り出したのは、二つの人影。
キースと佐伯先輩だった。
「キース! 先輩!」
「先輩とやらは大丈夫そうだけど、キースはそろそろヤバイかもね」
それだけ言うと、親父は踵を返し、魔獣に股がる。
「待てよ…………親父」
「じゃあね、カルマくん。すぐに会えると思うけど」
「待てよ、親父ィ!!!」
だが、親父はそれ以上止まることも、振り向く事もなく、飛び去って行った。
「キース、キース!」
ルルが泣いていた。
それもそうだろう。
「キース、しっかりしろ!」
「ああ、義兄さま、姉さま…………」
キースは息も絶え絶えで、言葉も弱々しい。
「僕は、役に立てたでしょうか? 厄介者では、無かったでしょうか?」
「バカ! わたくしのたった一人の弟が、厄介者な訳無いでしょう!!」
「キース、お前は、オレの義弟なんだ! ここで死ぬな!」
オレとルルは左右からキースを抱きしめ、言葉を交わし合う。
マルカも、ヒナタも、梶原も、目を覚ました佐伯先輩も後ろで見ている。
「義兄さま…………お願いが…………」
「なんだ?」
「僕を、喰って下さい…………」
「何を言ってんだよ! できるわけ…………」
オレのその言葉を、キースが遮る。ルルは何も言わない。
「あのお医者様のように…………! 義兄さまの手で、送って貰いたいんです。そうすれば、僕の魂術は、義兄さまの中で、ずっと生き続ける…………」
「ふざけんなよ…………っ! なんで、そんなこと言うんだよ! ルルも、何か言ってやれ!」
しかしルルは、涙を流しながら、静かに首を振る。
嫌だよ…………
「カルマ様、わたくしからも、お願いです」
嫌だ…………
「この子を、送って下さい」
「嫌だ! なんで、なんでオレばっかりに、こんな重責なんか遺して逝くんだよ! 辛いんだよ!」
オレのその叫びに、全員が沈黙する。
だが、一つの声がオレに喝を入れる。
「だが、その修羅の道を選んだのは他でもない、お前だ、カルマよ」
「マルカ…………」
「お前のその我儘で、キースの想いを無駄にするのか、それとも、我儘を圧し殺して己が道を突き通すか、今はこの二つだ。選べカルマ。」
「なら…………」
「ただし、お前がすべてを放棄し、逃げ出すと言うのなら、私はお前と共に戦わない。それを踏まえた上で、選べ」
……………………ああ、わかったよ。
思い出す。これまで手を差しのべてくれた人たちを。その想いを。
オレは、逃げたくても、逃げられない。
だから、
「ああ、選んでやるさ!! オレは、逃げないよ! 逃げてたまるかよ、逃げられるかよ!」
止めどなく流れる涙を乱暴に拭い、キースの手を強く握る。
「キース、お前の願い、そして想い、このオレが受け取った!」
声が震える。詰まりそうになる喉を、無理矢理拡げ、声を出す。
「だから安心して、眠れ、安らかに」
『『魔人変躯』』
そして、拳を握る。
それを見たキースが、小さく、微笑んだ。
『【冥道開通】』
『ありがとうございます、カルマ義兄さま…………』
神谷、そしてキースの消えた病室で、オレは哭いた。
ルルも、泣いた。
オレにしがみつき泣くルルを受け止め、その背を摩りながら、オレも哭いた。声をあげて、泣いた。
「何も……………何も、守れなかった…………っ! 大切なものを、何一つ!」
「キース! ぁぁぁあ! キース!」
「カルくん…………ごめんなさい、守れなくて、ごめんなさい…………」
ヒナタも泣いている。
梶原も、佐伯先輩も、あのマルカでさえ、涙を流している。
オレ達は慟哭した。心の底から、魂の深奥から、嘆いた。
己の無力を、弱さを、剥離の痛みを。
オレは、オレ達は、一体何の為に、戦ったと言うんだ…………っ!
嘆き、怒り、そしてオレの中に、親父への憎しみが生まれた。
その瞬間、オレの中の魔人の力が――――変質した。
だが、オレがそのときそれに気付くことは無かった。
◆◆◆
体の半身を失い、静かに星空を見ていたフィストの頭上に、人影が現れる。
『やっほー、生きてる、〈覇拳〉?』
『…………なんだよ、〈奏でし獣〉』
『うわ、ホントに生きてる。ゴキ×リ並の生命力…………』
『クソ、万全ならぶん殴ってるのに』
『それより、大人しく僕に運ばれてよね』
『あ? ってなんだ〈天翔空羅〉もいるのか』
『ま、完全消滅した〈消滅〉と〈剣影〉、もともと当て馬のスコーピオンは回収できなかったけどね』
『なんだよ、これ治してくれんのかよ』
『〈代行者〉からのお達しでね、君たちは最高峰の戦力なんだから、死ぬなってさ』
どっこいせ、と無造作に魔獣の上にフィストをのせ、飛び立つ。
月明かりの照らす星空の中、一体の黒竜が飛び去って行った。
次の話で二章も完結となります。
ハッピーエンドを期待していた方々、申し訳ありません。
しかし、自分の中ではすでにストーリーも固まっており、このバッドエンドは回避不可でした。
それと、この作品で多くの人が死ぬのは、戦いにおけるリアリティを出すためなのです。
異論は認める。




