Resolution:32 拳冥と拳王
冥道開通に始めてルビ振って見ました
『ぬんっ!』
『せいっ!
繰り出された右の剛拳を、右の手で後ろへ受け流し、その自分の右手を鞭のようにしならせ、裏拳を放つ。
しかしそれは、左腕で受け止められ、フィストの右腕と挟み込まれ、ホールドされる。同時に、フィストの右の蹴りが足下、オレの軸足を狙ってくる。
かわすためにとは言え、単調に跳ぶとそのまま投げられるので、回転を加え、ホールドを外しながら距離を取る。ついでに蹴りも入れておく。避けられたが。
『はははは! 愉しいな、カルマぁ!』
フィストが笑う。愉しそうに、嗤う。
『うっせ、この戦闘狂が』
また、接近し、拳を、脚を交える。
力は互いに拮抗。
響くのは、互いの体を打撃し合う、鈍い音のみ。
『行くぜぇ、【覇拳】!』
『洒落臭え、【狩魔】!』
互いの名付魔術が衝突し、相殺され、その反動で、地面が大きく抉れる。
そこからまた、乱打戦が始まる。
強い。
スコッパーよりもフレイよりも、ずっと強い。
え? パーム? そんなやついたっけ?
とにかく、強い。
向こうの攻撃にはなんとか耐えているが、こちらの攻撃も上手く入らない。恐らく、先に集中力を切らした方の負けだ。
『フィスト! 今はひk…………』
『だが、断る!』
『やっぱりかよ! 予想通りだなおい!』
ハイキックを放つと、バック転で回避され、距離が開く。
『オレは今、お前と戦っている暇はない! オレは〈代行者〉と…………』
『知らんな、そんなこと!』
『これが終わったら、いくらでも相手してやる!』
『ここまで来て終わるとか、お前、俺、不完全燃焼で暴れるぜぇ!』
フィストが近くにあった木を鷲掴みにし、こちらへ投げつける。
それを、アスカさん空間転移で回避し、突き刺さった木の上に立つ。
『ああくそ! 結局こうなるのかよ!』
『カルマ! 冥道を使え! 今はやむを得ん!』
オレが苛立たしげに叫ぶと、マルカが応えた。
『そうだな…………フィスト! 悪いが、これで終わらせる!』
木の上から飛び上がり、フィストの頭上へ躍り出る。
『喰らいな! 【冥道開通】!』
空間が捻れ、次元が歪み、全ての魂の回帰点への道が開かれる。
開かれた黒い孔は、そのままフィストの頭上から迫り、彼を飲み込む……………………はずだった。
『【破邪拳正】!』
しかし、その冥道への扉は、フィストの技によって砕かれる。
『んな!?』
『ふぅー、危ない危ない』
『何しやがった!』
『【破邪拳正】―――魔力に由来するものを打ち砕く拳だ』
『魔力に、由来するもの…………?』
それができたとして、魔術で冥道が砕けると言うのか?
だが、現にできている。しかし、冥道に相対できるのは、オレの知る限り魂術だけ…………。
待てよ? 『破邪拳正』? …………正しくは『破邪顕正』。意味は不正を砕き、正義を明らかにする。
転じて、コイツの能力は、魔を打ち砕く。
だがなぜ、コイツが魔を壊さねばならない?
『さあ、さっさと来いよ、カルマ』
『おいフィスト。一つ、聞いていいか?』
『あん?』
『お前はなぜ、魔人に協力する?』
『は?』
この戦闘狂なら、魔を打ち砕く力を作ったコイツなら、もしかしたら…………。
『オレ達の側に付けば、他にも、様々な魔人と戦えるぞ?』
『え? やだ』
『即答…………っ!』
やっぱりダメかー。
『じゃあ、今度は質問だ』
『次はなんだよ』
『お前、魂術って使えるか?』
『…………はっ! 何を言い出すかと思えば。オレは魔人だぜ? 魂術は人魔の専売特許じゃねえか』
『そう、だな』
やはり、あれは思い違いのようだ。
ならそれは頭から捨てろ。まずは目の前に集中だ。
『カルマ! もっと盛り上げようや!』
フィストが魔力を練り始める。
『【打ち砕け!】【我が王位の拳よ!】』
フィストが詠唱を始める。
オレには、詠唱による最強の能力、なんて物はない。ただ、代償は大きいが、冥道を強化することができる。
なら、
『【廻れ】【巡れ】【輪廻よ!】』
オレ達の声が交差する。
『【この拳で】【我が覇を示せ!】』
フィストは何を思って、詠唱するのだろう?
いや、多分、戦うこと意外、考えていないのだろう。
そして、オレは、
『【そこは全ての回帰点】【全ての創始点】』
みんなの顔が浮かぶ。
守りたい。
失いたくない。
『【さあ刻め!】【さあ穿て!】【我が覇道は】【拳にあり!】』
もう、独りぼっちで戦うのはやめだ。
オレにはもう、仲間がいるから!
『【開け!】【喰らえ!】【彷徨える魂よ!】【冥府へ回帰せよ!】』
これで、フィストとの決着を着ける!
『拳の一撃、受けてみよ! 【黎明の王拳】!』
青白い魔力を纏ったフィストの拳が、振り抜かれる。すると、その魔力が膨れ上がり、巨大な拳の大砲となってオレに迫り来る。
オレも、術を放つ。
『輪廻の回廊へ誘われろ! 【冥道開通】!』
先程よりも大きく、強力な冥道が開かれる。
その黒い冥道は、フィストへ向かって飛んでいく。
そして、フィストの拳とオレの冥道がぶつかる。
火花…………いや、魔力同士がぶつかり、相殺し合い、光が飛び散る。
『負けねぇぜ! カルマぁぁぁあ!』
向こうの圧力がさらに増した。
徐々に押され始める。
『マルカぁ! 出し惜しみは、無しだ!』
『しかし!』
『このままだと、負けるぞ!』
『くっ、やむを得ん!』
体の魂だけでなく、魄がゴッソリ持っていかれる。それにより、オレの存在が薄れ、体から力が抜け落ちる。
だがそれに反比例して、業の力は強くなる。
『く、ぉぉお!』
『『らぁぁぁあ!』』
どちらからともなく、前へ進む。
一歩、また一歩と、徐々に彼我の距離は狭まって行く。
そして、互いに近づける極限まで近づいた時、均衡が崩れる。
『カルマぁぁぁあ!』
『『フィストぉぉお!』』
互いが拳を限界まで振り抜き、そして、
『『貰った!』』
フィストの拳を、オレの拳が打ち砕く。
直後、魔力の奔流と収束が同時に起こった。
打ち砕かれたことによる、フィストの魔力暴走と、冥道の吸引だ。
そして、その奔流が、二人を襲った。
それが収まった時、立っている者はいなかった。だが、その状態でも、勝敗は決していた。
『カルマ…………カルマよぉ』
『なんだよ、フィスト』
弱々しく掠れた声に、カルマが体を起こす。
『お前、強いなぁ……やっぱり、最高だ』
フィストは、理解している。もう死ぬのだと。
彼には、右半身と左足が無かった。右は冥道に喰われ、左は魔力の奔流に飲み込まれた。
『愉しかったぜ、カルマ』
『そうかい』
『来世ってのが、本当にあるんなら、またやろうや』
『来世は確かにあるが、お断りだ』
『はは、連れねえ…………な』
オレはトドメを刺すべく、拳を握る。
だが、それをフィストが止める。
『カルマ、このまま、死なせてくれ』
『ん?』
『こんなに静かな気持ちは久しぶりだ。もう少し、味わいたい』
『…………わかった。じゃあ、オレは行くぞ』
『おうよ…………あば、よ』
その言葉を背に、オレは踵を返した。
―――――直後、神谷の病室が、爆発した。
さて、もう直ぐ二章も終わりです。
次回、〈代行者〉の正体が明らかになります。
まあ、勘づいているひともいると思いますが…………




