Resolution:30 黒蝶と魔弾
連続で書きすぎたせいかなぁ?
どんどん浅い戦いになっているような…………
どーすればいいんだ-っ!
バシィ! という音を響かせて、何度目かわからない死蝶と魔弾の対消滅が起きる。
『わたくしの蝶が魔弾を吸い込んで、奪おうとしても、貴方の魔弾がそれを消滅させる、と』
『今更何だよ?』
『いえ、リップサービスですわ、お気になさらず』
『なんのだよ!』
にしても、とわたくしは思考する。
このままでは埒が明きませんわね。ですが、あの力は代償が大きいし、この後に戦いが無いとも限りませんし。
困りましたわ、負ける気もしませんが、勝てる気もしません。
『【消弾雨】!』
消滅の雨が、わたくし目掛けて降り注ぐ。それに対応するために、わたくしも蝶を生み出す。
『【天蓋覆蝶】!』
黒と紫の蝶が、幕のように広がり、魔弾の雨を受け止める。
『【死誘弾】』
『【死黒蝶】』
本当に、キリがない。
こんな不毛な戦いを、いつまで続けるのか。そう考えていると、ルインが口を開く。
『なあ、セルルトよ、どうしてお前ら人魔は、俺達魔人と敵対する?』
『カルマ様が望むから、ですわ』
『はっ、相変わらずブレねえな』
『あら、お褒めに預かり光栄ですわ』
『だがよ、お前、空っぽだな』
『空っぽ?』
『全てを〈同胞喰らい〉に任せて、それに従う。それって空っぽじゃねえか』
空っぽ、か。確かにそうかも知れませんわね。ですが、
『何を今更』
『へ?』
『わたくしが空っぽなのは、周知の事実でしてよ?』
『んな!?』
『わたくしはカルマ様に救われ、意味を貰いました。故にわたくしは、わたくしの中には、カルマ様しか無いのですわ』
『家族愛とか、友人はどうしたよ』
『それとこれとは別ですわ』
『…………相変わらずの暴論だな』
ルインは苦笑して、そして言った。
『さーて、決着を着けますか!』
『この膠着状態からどうやって?』
『【詠唱】に決まってんじゃねぇか』
そして、彼の魔力が膨れ上がり、詠唱が始まる。
魔人の詠唱。それは、その魔人の存在を証明する為のもの。
『【吾は全てを消し去る者】【全てを妬み、羨み、愛す】』
消滅の魔力が、目に見える程に濃密に、巨大になり、ルインの体を覆う。
『【故に吾は消し滅ぼす】【手に入らぬから】【嫉妬が、羨望が、愛情が煩わしいから】』
覆った魔力は鎧となり、風となる。
『【其は魔弾に非ず】【其は嵐なり】』
そして、完成する。
『消し滅ぼせ【消滅の災厄】』
消滅の嵐が吹き荒れる。蝶達が消されて行く。
体を飲まれ、甲殻が消されていく。
『きゃぁぁぁぁあ!!』
なんとか持ちこたえるも、体のあちこちは素肌が見え、血が出ている。
『余り抵抗するな。苦しくなるだけだぜ?』
『余計なお世話ですわ』
このままでは、負けてしまう。
負けたら、どうなる? 勿論、死だ。
『それだけは、だめ…………』
そしたら、あの方は悲しむ。
確かに、カルマ様の真の愛はわたくしではなく、ヒナタさんに向いている。
見ていてわかる。あの二人は、心…………いえ、魂の奥底で繋がっているような、そんな感じがする。
そこに、わたくしが入り込む余地が無いことも。
『ですが…………』
それでも、構いません。
あの方のお側にいられるなら、それ以上は求めません。
だから、唱える。
『【愛しております】【いつまでも、いつまでも】』
存在証明ではなく、在り方の誓約。
詠唱と言うには余りに拙く、身勝手な、カルマ様に捧げる、愛の言霊。
『【貴方が道に迷ったのなら】【わたくしが灯火となりましょう】』
カルマ様が、わたくしを導いてくれた。光へ、連れ出してくれた。
『【貴方が傷つくのなら】【わたくしが癒しましょう】』
カルマ様が、わたくしを守ってくれた。笑いかけてくれた。
『【かつて貴方が】【わたくしにしてくれたように】』
だから、届け。
『【愛しております】【心から】【魂から】』
この体が引き裂かれようとも、貴方に、届け。
『【この愛よ】【永久に】』
蝶が、溢れだす。
わたくしを、空を、この場を多い尽くす勢いで溢れだし、そして背中に、黒蝶の翅が生える。
『舞い踊りなさい【天覆う黒蝶の乱舞】!』
そして相対する。
『おおおおお! 俺の魔力に、消されて滅べぇ!』
『気高く愛しき蝶に抱かれて、眠りなさい!』
無色の靄のような、消滅の魔力が吹き荒れ、全方位から迫り来る。
黒と紫の蝶が、その嵐のなかを突っ切り、ルインを包み込む。
『無駄だぁ! 俺の体は、消滅の魔力で覆われている!』
体を、肉を、消滅が襲う。翅を丸め、盾のようにしても、空いた孔を塞いでも、隙間から襲い来る。
わたくしの蝶は、ルインに触れる度に消されていく。
戦況は絶望的。勝ち目はない。
『まだ…………まだですわ!』
防御に回していた力をも、攻撃に回す。
わたくしが死ねば、カルマ様は悲嘆に暮れる。ですが、もし刺し違えてでも、倒せたのなら…………!
『我が勝利を、貴方に!』
膨れ上がった蝶が、溢れだした蝶が、ルインを包み、飲み込む。
直後、とてつもない激痛が襲う。
『ああぁぁぁぁあ!』
絶叫。
その叫びは、痛みのそれか、気合いのそれかは分からない。ただ、沸き上がるままに叫んだ。
あれから、どれ程の時間が経ったのかは分からない。多分、数秒だったのだろう。いや、もしかしたら数日かも知れない。
とにかく、気がつけば、消滅の嵐は既に消え去っていた。
『はぁ、はぁ、はぁ…………』
全身は血まみれ、まさに満身創痍の状態で、立つのがやっとだった。
『よう、セルルト』
目の前に、ルインが立っていた。
彼は無傷だった。
そうか、負けてしまったのですね。
『申し訳ありません、カルマ様』
わたくしがそう呟くと、ルインが苛立ったような、楽しんでいるような、不思議な声をかけてくる。
『あぁ? なに言ってんだよ。俺の負けだ』
『え?』
顔を上げると、ルインが立っている。だが、その体は徐々に灰になっていく。
彼は腕を組んで、楽しそうな声でこう言った。
『てめえの勝ちだ。楽しかったぜ、セルルト』
その言葉を最期に、彼は灰と散った。
『…………ふふっ、わたくしも、ですわ』
わたくしは踵を返し、ふらふらとしながらも、病室へ向かうのだった。
残りあと3戦です




