Resolution:29 騎士と蠍
キースが日常ネタでは使いやすいけど、戦闘じゃそうでもなかった件
『【影太刀】!』
『【毒蠍刺剣】!』
影を纏った斬戟と、猛毒を含んだ刺突が激突する。
激しく火花が散り、両者が吹き飛ぶ。
『君、そんなに強かったの!?』
『まさか! ボクは〈代行者〉に強くしてもらったのさ!』
二人の幼い剣士が、全力でぶつかり合う。
『ねえ、キース! ボクは、キミと殺し合いたい!』
『いきなりだね! もうやってるけど! 【影縫】!』
『うわ!』
僕の連続刺突が、スコーピオンの影を地面に縫い付け、動きを封じる。
『【影太刀】!』
『くっ!』
吹き飛ばされたスコーピオンは、空中で体勢を立て直し、着地する。
『キミ、技の種類少ないよね!【毒蠍刺剣】!』
『君には言われたくないね! 一つしか無いじゃないか!』
僕は細剣。耐久度に難はあるけど、刺突も斬戟も出来る騎士の剣。対して向こうは刺剣。突き刺すことのみに特化した、斬れない奇剣。
故に、戦闘スタイルも少々似てくる。こちらに斬戟があるだけで、細剣もまた、刺すことに優れた剣だから。
『あんまり話したことは無いけど、僕は、君が嫌いだ、スコーピオン!』
『奇遇だね、ボクもさ! だけどキース! ボクが言うのもあれだけど、キミ、弱いよね!』
『…………っ!』
不意に放たれたその言葉が、僕の心に入り込んでくる。
――僕は弱い。
――きっと、今戦っている人達の中で、一番弱い。
――カルマ義兄さまや姉さまは言うに及ばず
『あああ!』
――剣では神騎の二人に劣り、
『くっ、そぉ!』
――僕は、役立たずだ
嫌な劣等感、子供の頃から抱き、目を背け続けた劣等感が、僕の心を包む。
――僕が姉さまの足を引っ張り、義兄さまの手を煩わせている。
『僕は…………』
――なんて、惨めなんだろうか。
『キミは、誰にも必要とされていないんじゃないのかい? だってさ、彼らの中では一番小さいし、力も弱いし、キミは役立たずだ!』
『違う!』
――僕がいたから、姉さまは泣いた。泣かされた。
『だってさ、キミはいつも誰かを泣かせて、困らせて来ただろう? ほら、やっぱり役立たずだ』
『違う……!』
――僕のせいで、義兄さまはいつも困っている
『そんな劣等感と罪悪感、二つがキミにあるんだろう?』
『違う…………』
わかってる。これはただの被害妄想だ、思い込みだ。けど、長年蓄積された劣等感は、自らを誹謗し、全ての失敗を自らに背負わせる。
それを頭で否定しても、心が、そう思い込んでしまう。
『ボクに負けなよ!』
『え?』
スコーピオンの声が聞こえる。
『ボクに敗けて、その劣等感を認めて、楽になりなよ!』
楽になる。その言葉に、少し、揺らいだ。
この鬱陶しい劣等感から逃れられるのなら、謂れの無い罪悪感から逃れられるのなら、僕は…………
――キース、ありがとな。
『っ!』
『キミはいてもいなくても、同じなんじゃないの?』
――お前がいたから、助かったよ。ありがとう
そうだ、あの時僕は、義兄さまのお手伝いをして…………
些細な事だったのに、義兄さまは本当に嬉しそうにそう言った
『僕は…………』
『キミの姉も、兄も、キミを必要としていない筈だ!』
――ありがとう、キース。貴方は、自慢の弟よ。
スコーピオンの言葉を遮るように、また声が聞こえた。
今度は姉さまの声だ。あの時は確か、木に掛かった姉さまの帽子を取ってあげた時だ。
義兄さまじゃ枝が折れそうだったから、僕が取った。
二人とも、ほんの些細な事なのに、そんなことで、二人は僕に感謝した。必要としてくれた。
そして思い出す。過ぎし日の情景を。
――キース、お前がオレ達に何か遠慮しているのは知っている。でもな、
――そんなこと、する必要無いのよ? わたくし達はカルマ様を含め、家族なのですから。
――認めたくない単語もあったが、まあそういうことだ。
――貴方はわたくし達に、うんと迷惑をかけなさい。
――オレ達は全力でその迷惑に応えてやる。
――だから貴方はその分、誰かを助けなさい。貴方の大切なモノを、守りなさい。
――お前は荷物なんかじょねえよ。オレの大切なモノの一つ何だ。
『キミは、要らないんだ。だから、ここで敗けて、楽になりなよ』
『違う!』
叫ぶ。彼の言葉を、その意図を、そして自らの心を否定するために、叫ぶ。
『違う違う違う! 僕は、こんなところで負けられない! 死ねない!』
『違わないね!』
『姉さまは――――!』
息を吸う。吐く。また、吸う。
『姉さまは、僕を大切な家族と言った!』
スコーピオンの言葉で揺らぎかけていた心が、落ち着いていく。
『義兄さまは、大切なモノだと言った!』
そして、火が点く。
『確かに僕は、弱くて弱くて、迷惑ばかりかけているかも知れない! でも、それでも僕は、負けたくない! 逃げたくない!』
『何故だい? その道は、キミが――――』
『辛くたっていい! 僕は誓ったんだ、この刃に! もう、大切な人を失わないって!』
しばし間が空き、
『ちぇ、やっぱり上手くいかないな、精神攻撃ってさ』
その言葉を聞いたあと、僕は叫ぶ。魂から。
『【僕はもう、役立たずじゃない!】』
『いいよ、乗ってあげる』
スコーピオンも詠唱に入る。
『【僕はもう、失いたくない!】』
『【我は蠍なり】【蛇と共に忌まれる者なり】』
望むのは、守れる力。今は、神谷先輩を守るために、力を望む。
『【騎士として、一人の男として!】』
『【その毒は全てを死へと誘い】』
『【僕は、負けられない!】』
『【獲物を喰らう】』
『穿ち貫け、【影太刀】!』
放つのは、僕の唯一の攻撃技にして、汎用性に優れた一撃。
『刺し侵せ【毒蠍刺剣】!』
『おおおおおおお!』
『あああああああ!』
切迫、拮抗、そして火花が散り、魔力同士の対消滅による爆発が起こり、土煙が舞う。
煙が晴れたとき、立っていたのはキースだった。しかし。
『ぐっ!』
咳き込み、大量の血を吐き出す。
それを見て、スコーピオンが小さく笑う。
『キミの…………体、内に……………大量の毒………を、流した…………』
言われ、意識が遠のく。
確かによく見れば、散り切っていない土煙の中に、紫色が混じっていた。
『あの技名は、フェイク…………』
『【毒霧の帷】…………これで、道連れ、さ…………』
彼はわかっていた。自分では、キースに勝つのは難しいと。
だから、道連れ。
本来、魔人が絶対に取らない行動ゆえに、キースには予測できなかった。
『何故…………』
『はっ…………ボクは、〈代行者〉に拾って貰った………恩を返すのは、当然、だろ?』
『君は1度、捨て駒として…………』
『さあね…………そんな、こと…………忘れた、よ…………』
その言葉を最後に、スコーピオンは力尽きた。
彼に何が合ったのかは、知る由もない。だが、〈代行者〉が何かをしたのは一目瞭然だった。
『魔人の理を…………歪めた?』
だが、思考はここまでだった。
足に、力が上手く入らない。
意識は朦朧として、視界は霞む。
体は焼けるように暑く、息は苦しい。
でも…………
「義兄…………さま」
手を、伸ばす。
「いま、行き…………ます、ね」
その手が、力なく落ちた。
あー、なんか無理矢理な感じがするなぁ
残りあと4戦




