Recollection:21 魔人
今回は長ったらしい説明がメインの話。
「めんどくせー」「かったりー」「やってられっかヒャッハー!」という方はせめて最後らへんを読んでみて下さい。
「入っていいぞ、ヒナタ」
それは落ち着いた彼の声。今、私の心を最も掻き乱す声。
私はそっと部屋に入る。少し大きくなった月の光に照らされた薄暗い病室のベッドに、彼は上体を起こして座っていた。
「よう、ヒナタ」
「カルくん………」
カルくんは弱々しく微笑んで、窓の外へ目を向ける。視線の先には、三日月から膨らみ始めた月が煌々と輝き、風に煽られた夜桜が舞っていた。
月明かりの中で見る彼の姿は美しく、同時に、今にも消えてしまいそうな、蜻蛉のような儚さがあった。
不意に、カルくんが口を開く。
「オレは、人間じゃない」
「……うん」
私は首肯と共に、小さく返事をする。
「神騎であるお前とは、全く持って正反対だ」
「……うん」
彼はまるで、自分に言い聞かせているかのように、ぽつぽつと語る。
「オレは――――既に一度、死んでいる」
刹那、何を言ったのか理解できなかった。そして理解した瞬間、私を襲ったのは単純に悲しみや絶望ではなく、ただの混乱。
「死んだ、って、でもアナタはまだ生きて………」
冷静だった。混乱して尚、私の心は落ち込み、それ故に冷静だった。
「オレは一度死んだ。その後は多分、普通に肉体を持たぬ魔人か、あるいは人魔になっていたハズなんだ」
彼の言葉には、悲しみは含まれていない。いや、感情自体が含まれていないのだ。
「魔人になるハズ、だった?」
「そうだ。だけどそうはならなかった」
「人魔になったから?」
そもそも、人魔が何なのかは知らないが、彼は自分を人魔だと言っていた。
「それも違う」
「じゃあ……」
「本来、魔人も人魔も肉体を持たない。魂を魔力で作った偽りの肉体に入れているんだ。
だけどオレは違う。オレには肉体がある。血肉がある。だからオレは魔人でも、人魔でも無い」
「オレは〈屍魔人〉なんだ」
「しか……ばね?」
「ああ、そうだ。お前達神騎が魔人と呼ぶ存在には、大別して2つの勢力が存在する」
「それが、魔人と人魔」
その言葉に彼は頷く。
「魔人は知っての通り、人を襲い、魂を喰らう。けどな、その魔人も元は人間だ」
「そんな!」
「ただ、人の頃の記憶は無く、人間としての心も奪われている」
「誰に?」
「魔の神、魔神と呼ばれる存在にだ。今は、封印されているようだが、オレを含め魔人や人魔が増え始めている。目覚めが近いのだろう」
「なんで、その神は……」
「さあな。何らかの目的があるらしいが、正直どうでもいい。オレが殺すのだから」
「カルくん………」
その目には決意の炎と意志の光が宿っていた。
きっと彼は、そうやって戦って来たのだ。
「次に人魔だ。彼らは人の記憶と心を奪われず、生前の姿を取る事ができ、そして魔人の敵対勢力だ」
「じゃあ、彼らなら」
「だが、無闇に味方と思ってはならない。基本的に集団で活動しない魔人と比べて、社会的であるとは言え、一枚岩では無いからな。ちなみに、オレの主治医も人魔な」
「松岡先生が?」
それは意外だった。でも確かに、彼の症状はそういった手合いに任せるのが良いだろう。
「直接的な攻撃力、魔力の保有量や密度に関しては、人魔はどう足掻いても魔人には勝てない。だが、人魔には〈魂術〉と言う物がある」
「〈魂術〉?」
「魂を削り、それを無理やり魔力に変換することで、強大な力を得るんだ」
「でも、削ったら……」
「魂の補充を急がなくてはならない。肉体を維持するのにも魔力を使う訳だからな」
「人魔も、人間を襲うの?」
「たまにいる。だが殆どはやらない」
「じゃあ、どうやって?」
「それに答える前に、魔人と人魔以外の、もう一つの存在を説明してやる」
「〈屍魔人〉のこと?」
「そうだ」
一度そこで言葉を切り、自分の手を見つめる。
「〈屍魔人〉は極めて少ない。オレを含めて多分、世界中に10人といないだろう。ついでに、オレほど活発に活動している奴はいない」
「なんで少ないの?」
「稀過ぎるんだ。何故生まれるのか、その原理や理由がわからないんだ。ただ一つ言える事は、オレ達は強い。与えられた力が多いんだ。
人魔と同じく〈魂術〉を使う事ができ、魔人に匹敵、あるいはそれ以上の魔力を持ち、それに何より、冥界の力をその身に宿しているからな」
「それが、アナタなんだね」
「そして、その力の代わりに、大きな代償を払わなければならない」
私の瞳を真っ直ぐに見据えるその目には、何かの覚悟が秘められていた。
「それと、特徴の一つとして、魔人の力を分離した分身体を持っている」
「マルカちゃんのこと?」
「そう。巨大過ぎる魔力で破裂しないように魔力を固めて外に出すんだ。つまり、マルカは魔人なんだよ」
「マルカちゃんが、魔人?」
「正確には、魔人、のような存在だ。違いは、単体では力を使えず、体内の魔力珠を壊されない限り死なない事だ」
そこで、彼はしばしの間黙り込む。一息付いてまた話し始める。
「魔人も人魔も屍魔人も、その魔力を補う為に生き物の魂を必要とする。特に肉体を持たぬ2つはな」
「魔人は人間を襲うけど、人魔はどうするの?」
「これを聞いたら怒るかもな」
「大丈夫」
「そうか。人魔はな、幽霊を喰らう。だから人魔は葬儀屋や除霊師、医者などになる奴が多い」
「だから松岡先生は医者なんだね」
得心したように私が言うと、そうだな、と言って彼は小さく笑う。
「ここでも、他と屍魔人の違いが出る。オレ達は肉体を持つから、魂と肉体を繋げる為に、魄を喰わねばならない」
「魄?」
「魂魄って聞いたことあるだろ?
魂、つまり心。魔人達は心を喰らいその身を保つ。
そして魄。コレは魂と共にある。魄とは肉体を動かす為に必要な物。この世界に存在する無機有機問わず全ての物に、魄はある
魄とは存在の証明だ。少ない物は存在が薄れ、重量が目に見えぬまま失われて行くんだ」
そう言われて思い出したのは、背負う度に感じた、カルくんのあの奇妙な軽さ。あれが、存在が薄れるということなのか。
「魄は体を動かす度に失われていく。それだけじゃない。冥界の力には、魄が必要なんだ」
「冥界の力って、カルくんが使ってたあの【冥道開通】のこと?」
「そう。あれは無理やり冥界への道をこじ開ける、〈魂術〉の業だ。
発動に魂を削り、使用と維持に魄を殺す」
「そんなことしたら!」
「分かってる。何も言うな」
彼は瞑目し、私を宥めた。
「オレには今、時間が無いんだ。魂魄を常に補給し続けても、この体は人間だ。神騎のように強化されていないこの体は、度重なる戦いで既にボロボロなんだ。だからヒナタ、オレにはもう関わるな」
彼の言葉は弱々しく懇願するようで、それでいて、強い決意を感じられる。
無意識に、言葉が溢れてくる。
「それでも、私はアナタが好き」
言えた。やっと言えた。
「アナタが何でも、どう変わっていても、私はただ、アナタが好き。子供の頃の擦り込みによる思い込みでもいい。私はただただ、10年前からずっと―――――」
そこで私の言葉は切れた。
魔人としての彼が何度も見せたあの、穏やかで、安らかな―――――死を見つめる目。
彼が口を開く。
「ダメなんだよ、ヒナタ」
イヤだ。
「オレも好きだ。好きだった」
やめて。
「だけど、だからこそ――――」
聞きたくない。
「―――殺してくれ」
その瞬間、私は叫んだ。
「どうして? どうしてそんな事を言うの!? 私はただアナタが好きなだけ! ようやくアナタと再会できて、あの時言えなかったこの想いを言えたのに、何で!!」
怒りと悲しみで、涙が滲む。
「ふざけないで! アナタは何がしたいの? 私に何をさせたいの? 何を背負わせたいの?『自分を殺してくれ』? 私が、アナタの事を好きだと言った私が、はいそうですかって、斬れると本気で思ったの? いい加減にして! もうアナタの身勝手な、逃げる為の自己満足に付き合うのはこりごりよ!」
一気にまくし立て、言い募る。
「自己満足の逃げだと?」
「だってそうじゃない! 明確な目的が、目標があるくせに、時間が無いからって、死んで逃げてるじゃない! それらしい理由を付けて、自己満足して!」
もう訳が分からない。怒りと悲しみで、どうにかなってしまいそうだった。
さらにいってやろうと、息を吸ったとき、背後から声が聞こえた。
「お前はどうしてそう、死にたがる? カルマよ」
そこにいたのは、マルカちゃんと、松岡先生だった。
「彼女の言うとおりだよ、カルマ君。分かっているかい? 君の言っていることは呆れるまでに自己中心で自己満足で、なにより支離滅裂だ。君は何が言いたいんだい?」
「いいか、カルマ。お前はまだ生きている。魂魄の蓄えもまだたっぷりとある。だから急くな」
「独断とは言え、神騎達との同盟は、実に有用でしょうしね」
「だが、同盟は既に……」
二人に諭され、彼は俯く。
すると、また声が聞こえる。
「バカね、桐久保。アンタ何だろうと、何をしようと、アタシの中でアンタは既に仲間なんだからね」
「だとしたら、仲間を裏切る訳には、行きませんね」
サナちゃんと佐伯先輩だった。
すると、サナちゃんはそのままカルくんの前まで来て、その頭に拳骨を落とす。
「あだっ!」
彼が顔を上げれば、その顔を覗き込んだ。
「桐久保、アンタがやたらめっぽう強いのは分かった。アンタの事情も大体把握したし、メンタルのヤワさも理解した」
今まで見たことの無い、サナちゃんの真面目な顔に、私も少し緊張してしまった。
「だけどね、これ以上アタシの大事な親友泣かせたら、承知しないからね」
その言葉にカルくんは微笑みを返す。
「分かってるよ。いいや、分かったよ。約束する。ヒナタをもう泣かせない」
それを聞くと彼女は満足そうに頷き、踵を返して一度も振り返ること無く病室から出て行った。
それに倣い、佐伯先輩、松岡先生、マルカちゃんが退室する。
また二人きりになった部屋に、沈黙が流れる。
すると、カルくんが訥々としゃべり出す。
「ヒナタ、オレさ」
「うん」
「弱気になってた」
「うん」
「だから、覚悟を決めた」
「覚悟?」
「オレはもう、自分の願いを諦めない。自分の想いを偽らない。自分の決意から逃げない。
そんな覚悟」
「凄いね」
私は、小さく、短く、それでも心が伝わるように返事をする。
彼がベッドを降りて立ち上がる。
「だから、言わせてくれ」
私に歩み寄る。
「ヒナタが好きだ」
私を、抱きしめる。
「これまで沢山、お前を苦しめて、傷付けて、泣かせてしまった、最低なオレだけど、お前が好きだ」
力強く、けれど苦しくないように私を抱きしめるその腕は、少し、震えていた。
「私も」
だから応える。彼が自責に苛まれて、苦しんでいるなら、私が救ってあげなくては。
この役目だけは、マルカちゃんにだって渡さない。
「私も、カルくんが好きだよ。ずっとずっと、昔から」
お互いの顔が徐々に近づく。そして――――――
「カルマ!」
「ヒナタ!」
「「伏せろ!」」
その声が聞こえた瞬間、カルくんが反応し、私を抱えて横に飛ぶ。
それと同時に、病室の半分が消滅した。
「ったく、空気読めよ、まったく」
カルくんが悪態をつくと、それに応える声がした。
『それはすまない。ワザとだ』
それは間違えなく、魔人の声だった。
「コロス」
そう呟いたのは、私かカルくんの多分どちらかだと思う。
次回は短めのバトルがあります。バトルと言うか小手調べ?
次回は2/8 6時更新予定
本日は6時間おきに三話上げます。




