Recollection:20 悲しい闇夜
割と難産だった今回のお話。
ヒナタ視点とカルマ視点の二つあります。
「あの魔人が桐久保?」
あのキャンプ祭から2日後、私の家にサナちゃんと佐伯先輩が来ていた。
あの後、カルくんは入院扱いになった。元々、あの症状は学校側に伝えられていたらしく、学校は見事に事実を隠蔽してくれた。
「桐久保というのは、最近学校で話題になっている双子のことですか?」
「あ、はい。そうです」
彼らと面識のない佐伯先輩が尋ねてくる。答えたのはサナちゃん。
私は無言。
布団にくるまり、何の反応も示さない、示せない。
頭が回らない。だけど独りはイヤ。独りになると、あの瞬間を思い出す。その度に狂いそうな感情がこみ上げ、心が壊れかける。
いや、もう狂って壊れているのかも知れない。
呼吸が浅く激しくなり、現実感と意識が遠のく。
「ヒナタ!? 大丈夫!?」
「ぁ………サナちゃん?」
なんとか意識を保つ。良かった。今眠れば、私はまたカルくんを傷つける。
先輩は何かを考えている。
「彼は僕達に同盟を持ちかけて来た。だか、彼は僕達を裏切り戦いを仕掛けた。
いや、本当に裏切ったのか? それとも、元々それが目的で近づいた? 僕らの力を殺ぐために。
いや、だとしたら何故彼は魔人と戦った? 人魔だから?
ダメだ、判らない。情報が少な過ぎる」
先輩は邪推する。あくまで敵として考えているようだ。
「違う……違うと思います」
気づけば、そう切り出していた。自然に口が動く。
「彼からは………カルくんからは、敵意も、悪意も、殺意も、そして戦意すらも感じられませんでした。ただ……」
「ただ?」
静かに首を振る。判らない、と。
「そうですか。では、彼に直接聞くとしましょう」
「え?」
「そうね。それが一番よ。ヒナタも、辛いだろうけど、行きましょう」
サナちゃんが肩に手を置き、優しく声をかける。
その優しさが、腹立たしかった。
手を振り払う。
「ほっといてよ!」
気づけば、大声で怒鳴っていた。
「アナタ達に、何がわかるのよ!? 辛いだろうけど?サナちゃんに何が分かるのよ! 自分の……自分の手で、大切な人に剣を向けて、傷付けて、もしかしたら殺したかも知れない! ………ううん、殺そうとした! それなのに、それなのにアナタ達は、私に彼と会えと言うの!? 会えるわけ無いでしょう、私が!! どんな顔をすればいいのよ!?」
止まらない。決壊した心のダムから溢れる血は、止まる事を知らない。
「私は許されないの! 彼を傷付けて、殺そうとした私は許されない、そして許さない! だって、私が殺しかけたのに……この手で………殺しかけたのに!!」
口から出る言葉は、よく判らなくなった私の心の塊。それらを吐き出すように私は怒鳴っている。
こんなのは醜い八つ当たりだ。自覚している。彼らはただ、私を元気づける為に来ていると知っている。
なんて醜いのだろう、私は………。
「ヒナタ……」
「もうほっといてよ! 今は誰にも会いたくない、何も見たくない、考えたくない………もうイヤなの。疲れたの。だからもう、ほっといて………」
頭から毛布を被り、それっきり黙り込む。
「………ヒナタ」
「……行きましょう、梶原さん」
「でも……」
「今は、そっとしておきましょう」
二人が立ち上がる気配がして、ドアが開かれる。
「朝霧さん、これだけは言っておきます。
アナタを許すのは、アナタではなく、彼ですよ」
その言葉を最後に、ドアが閉められた。
二人の気配が完全に家から無くなったのを感じた私は、涙を流す。それは、濁った感情がすべて抜け、そして襲ってきた悔恨と悲哀。
大事な仲間へ向けた言葉の刃への後悔と、悲しみ。そして、未だこの手が血にまみれているような恐怖の涙。
どれほど時間が経ったのだろう。いつの間にか寝ていたようで、目を覚ますと外はとっぷりと暗くなっていた。
「………」
フラリ、と、殆ど無意識に立ち上がり、身嗜みを整えた私は、ぼんやりとしたまま家を出る。
親はいない。仕事が忙しく、両親共に、滅多に帰ってこない。 マンションの階段を下りてエントランスホールから外へ出た私は、フラフラと夜の道を歩いた。
どこへ向かうのかは、私自身、判らない。だが、体は確かに一カ所を目指している。
石に躓いて転ぶ。咄嗟に出した手を擦りむき、血が滲む。
「いたい……」
それは心が。
汚れも払わずに立ち上がり、前を見る。そこにあったのは、カルくんが入院している病院だった。
「カルくん………」
つい涙声になってしまう。何かに導かれるように私はカルくんの病室へ向かう。時間は午後10時。院内はすでに電気が消え、誰もいない。私は言霊を使い鍵を開け、気配を消す。そして、病室の前までやってきた。 そして私は躊躇した。私なんかが、ここに来ても良いのだろうか。彼を見て、私の心は耐えられるのだろうか。
そんな考えを砕くように、中から静かな声が聞こえた。
「入って良いぞ、ヒナタ」
◆◆◆カルマ視点
ヒナタに刺されて、2日経った。魔人の体と、松岡さんの腕が良かったのか、オレの命に別状は無く、オレが目覚めるのも早かった。
だけど、衰弱はしていた。マルカに聞いた所、今魔人と戦うのは止めた方が良いらしい。
「ヒナタ」
その名を読んだ。2日前、アイツと戦い、オレの正体がバレた時のアイツの顔が、頭から離れない。
あの絶望に染まり、涙を流すヒナタの顔が。
「やっぱり、オレは間違えたのかな」
「今更気付いたか」
声のした方へ顔を向けると、マルカが呆れたようなため息をついていた。
「過ぎてしまった物は仕方が無いが、これで分かったろう? カルマ。自分がいかに愚かだったか」
「痛い程にな」
だけど、またヒナタに逢えたら頼みたい事がある。多分、コレを伝えたらマルカは怒るだろうな。ヒナタは泣くかな? だけど、やっぱりオレは………。
枕元にある指輪とペンダントを手に取ってみる。切なさが込み上げて来る。
「オレは、誰とも関わっちゃ行けないんだ」
パンッ!
乾いた音が病室に響く。頬がジンジンと熱くなり、ようやくマルカに叩かれたのだと気付く。
「………いつまでもいつまでも、ウジウジと詰まらん事を抜かしおってからに、情けないぞ、カルマ! お前はヒナタの事が好きなのだろう? ならば何故隠す? 何故偽る? 何故逃げる?」
マルカは静かに言葉を紡ぐ。だが、確かに怒っていた。
「お前の願いとはなんだ? お前の想いとはなんだ?」
「オレの……願いと、想い……」
「諦めぬのだろう? 間違えぬのだろう? 願いも、想いも」
「……オレの願いは、魔神を殺して、魔人を全て解放する」
それは変わらない。現世に囚われ、魔人となった魂を、正しい輪廻へ還す。それで、オレが死んだとしても。
それが、オレの恩人との約束だから。
でも、オレの想いは……。
「オレの想いは、ヒナタを愛している」
「ならば何故、それを否定する? お前自身の矜持から外れてまでも」
「オレの願いは、アイツを悲しませる。成功しようと失敗しようと、オレはアイツの前からいなくなる」
「だから今、ヒナタの心を壊すのか?」
「!!」
マルカの言葉が、オレを刺し貫く。
「あの時のヒナタの顔を見たか? お前が今歩こうとしている道は、ヒナタにあの顔をさせる道だということに、気付いているか?」
「……………」
何も言い返せなかった。マルカの言うことは正しい。だからこそ、オレの心の弱さをこうも抉って来る。
「カルマ、私には情事の事などさっぱり分からないが、これだけは言える。
お前は、朝霧ヒナタを受け入れるべきだと思う」
「受け入れる……」
「そうだ。あの弱さも、心も、愛情もだ」
「オレに出来るかな?」
「いつものふてぶてしさは何処へ行った? お前ならできるさ。私には分かる」
マルカはにっこりと微笑む。それは、母性愛に満ち溢れた、優しい微笑みだった。
「だがカルマ、最後にそれを決めるのは結局お前自身だ。私に言われたからではなく、お前の心で決めろ」
「そうか………そうだな」
オレは強く頷く。
そして、彼女を受け入れると決意する。
「決めたのなら、今は眠れ。まずはその傷の治療が先だ」
「まあな。痛みは無いが、いつまた開くかも分からないからな」
その会話を最後に、マルカは病室を出て行き、オレは布団に潜り込んだ。
睡魔は割と早く訪れ、オレは意識を手離した。
言霊の気配を感じて、目を覚ました。
気配を辿ってみたところ、使用者はヒナタだった。彼女はフラフラとこちらへ向かって来た。
だが、ドアの前で立ち止まり、何やら躊躇っているようだ。無理もない。
だからオレは、自分で彼女に呼びかけた。
次回は説明回となります。
2/8(土)0時更新予定




