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あの日交わした約束を  作者: フリムン
第一章 追憶
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Recollection:20 悲しい闇夜


割と難産だった今回のお話。

ヒナタ視点とカルマ視点の二つあります。


「あの魔人が桐久保?」


 あのキャンプ祭から2日後、私の家にサナちゃんと佐伯先輩が来ていた。

 あの後、カルくんは入院扱いになった。元々、あの症状は学校側に伝えられていたらしく、学校は見事に事実を隠蔽してくれた。


「桐久保というのは、最近学校で話題になっている双子のことですか?」

「あ、はい。そうです」


 彼らと面識のない佐伯先輩が尋ねてくる。答えたのはサナちゃん。

 私は無言。

 布団にくるまり、何の反応も示さない、示せない。

 頭が回らない。だけど独りはイヤ。独りになると、あの瞬間を思い出す。その度に狂いそうな感情がこみ上げ、心が壊れかける。

 いや、もう狂って壊れているのかも知れない。

 呼吸が浅く激しくなり、現実感と意識が遠のく。


「ヒナタ!? 大丈夫!?」

「ぁ………サナちゃん?」


 なんとか意識を保つ。良かった。今眠れば、私はまたカルくんを傷つける。

 先輩は何かを考えている。


「彼は僕達に同盟を持ちかけて来た。だか、彼は僕達を裏切り戦いを仕掛けた。

 いや、本当に裏切ったのか? それとも、元々それが目的で近づいた? 僕らの力を殺ぐために。

 いや、だとしたら何故彼は魔人と戦った? 人魔だから?

 ダメだ、判らない。情報が少な過ぎる」


 先輩は邪推する。あくまで敵として考えているようだ。


「違う……違うと思います」


 気づけば、そう切り出していた。自然に口が動く。


「彼からは………カルくんからは、敵意も、悪意も、殺意も、そして戦意すらも感じられませんでした。ただ……」

「ただ?」


 静かに首を振る。判らない、と。


「そうですか。では、彼に直接聞くとしましょう」

「え?」

「そうね。それが一番よ。ヒナタも、辛いだろうけど、行きましょう」


 サナちゃんが肩に手を置き、優しく声をかける。

 その優しさが、腹立たしかった。

 手を振り払う。


「ほっといてよ!」


 気づけば、大声で怒鳴っていた。


「アナタ達に、何がわかるのよ!? 辛いだろうけど?サナちゃんに何が分かるのよ! 自分の……自分の手で、大切な人に剣を向けて、傷付けて、もしかしたら殺したかも知れない! ………ううん、殺そうとした! それなのに、それなのにアナタ達は、私に彼と会えと言うの!? 会えるわけ無いでしょう、私が!! どんな顔をすればいいのよ!?」


 止まらない。決壊した心のダムから溢れる血は、止まる事を知らない。


「私は許されないの! 彼を傷付けて、殺そうとした私は許されない、そして許さない! だって、私が殺しかけたのに……この手で………殺しかけたのに!!」


 口から出る言葉は、よく判らなくなった私の心の塊。それらを吐き出すように私は怒鳴っている。

 こんなのは醜い八つ当たりだ。自覚している。彼らはただ、私を元気づける為に来ていると知っている。

 なんて醜いのだろう、私は………。


「ヒナタ……」

「もうほっといてよ! 今は誰にも会いたくない、何も見たくない、考えたくない………もうイヤなの。疲れたの。だからもう、ほっといて………」


 頭から毛布を被り、それっきり黙り込む。


「………ヒナタ」

「……行きましょう、梶原さん」

「でも……」

「今は、そっとしておきましょう」


 二人が立ち上がる気配がして、ドアが開かれる。


「朝霧さん、これだけは言っておきます。

 アナタを許すのは、アナタではなく、彼ですよ」


 その言葉を最後に、ドアが閉められた。

 二人の気配が完全に家から無くなったのを感じた私は、涙を流す。それは、濁った感情がすべて抜け、そして襲ってきた悔恨と悲哀。

 大事な仲間へ向けた言葉の刃への後悔と、悲しみ。そして、未だこの手が血にまみれているような恐怖の涙。




 どれほど時間が経ったのだろう。いつの間にか寝ていたようで、目を覚ますと外はとっぷりと暗くなっていた。


「………」


 フラリ、と、殆ど無意識に立ち上がり、身嗜みを整えた私は、ぼんやりとしたまま家を出る。

 親はいない。仕事が忙しく、両親共に、滅多に帰ってこない。 マンションの階段を下りてエントランスホールから外へ出た私は、フラフラと夜の道を歩いた。

 どこへ向かうのかは、私自身、判らない。だが、体は確かに一カ所を目指している。

 石に躓いて転ぶ。咄嗟に出した手を擦りむき、血が滲む。


「いたい……」


 それは心が。

 汚れも払わずに立ち上がり、前を見る。そこにあったのは、カルくんが入院している病院だった。


「カルくん………」


 つい涙声になってしまう。何かに導かれるように私はカルくんの病室へ向かう。時間は午後10時。院内はすでに電気が消え、誰もいない。私は言霊を使い鍵を開け、気配を消す。そして、病室の前までやってきた。 そして私は躊躇した。私なんかが、ここに来ても良いのだろうか。彼を見て、私の心は耐えられるのだろうか。

 そんな考えを砕くように、中から静かな声が聞こえた。


「入って良いぞ、ヒナタ」




◆◆◆カルマ視点




 ヒナタに刺されて、2日経った。魔人の体と、松岡さんの腕が良かったのか、オレの命に別状は無く、オレが目覚めるのも早かった。

 だけど、衰弱はしていた。マルカに聞いた所、今魔人と戦うのは止めた方が良いらしい。


「ヒナタ」


 その名を読んだ。2日前、アイツと戦い、オレの正体がバレた時のアイツの顔が、頭から離れない。

 あの絶望に染まり、涙を流すヒナタの顔が。


「やっぱり、オレは間違えたのかな」

「今更気付いたか」


 声のした方へ顔を向けると、マルカが呆れたようなため息をついていた。


「過ぎてしまった物は仕方が無いが、これで分かったろう? カルマ。自分がいかに愚かだったか」

「痛い程にな」


 だけど、またヒナタに逢えたら頼みたい事がある。多分、コレを伝えたらマルカは怒るだろうな。ヒナタは泣くかな? だけど、やっぱりオレは………。

 枕元にある指輪とペンダントを手に取ってみる。切なさが込み上げて来る。


「オレは、誰とも関わっちゃ行けないんだ」


 パンッ!

 乾いた音が病室に響く。頬がジンジンと熱くなり、ようやくマルカに(はた)かれたのだと気付く。


「………いつまでもいつまでも、ウジウジと詰まらん事を抜かしおってからに、情けないぞ、カルマ! お前はヒナタの事が好きなのだろう? ならば何故隠す? 何故偽る? 何故逃げる?」


 マルカは静かに言葉を紡ぐ。だが、確かに怒っていた。


「お前の願いとはなんだ? お前の想いとはなんだ?」

「オレの……願いと、想い……」

「諦めぬのだろう? 間違えぬのだろう? 願いも、想いも」

「……オレの願いは、魔神を殺して、魔人を全て解放する」


 それは変わらない。現世に囚われ、魔人となった魂を、正しい輪廻へ(かえ)す。それで、オレが死んだとしても。

 それが、オレの恩人との約束だから。

 でも、オレの想いは……。


「オレの想いは、ヒナタを愛している」

「ならば何故、それを否定する? お前自身の矜持から外れてまでも」

「オレの願いは、アイツを悲しませる。成功しようと失敗しようと、オレはアイツの前からいなくなる」


「だから今、ヒナタの心を壊すのか?」


「!!」


 マルカの言葉が、オレを刺し貫く。


「あの時のヒナタの顔を見たか? お前が今歩こうとしている道は、ヒナタにあの顔をさせる道だということに、気付いているか?」

「……………」


 何も言い返せなかった。マルカの言うことは正しい。だからこそ、オレの心の弱さをこうも抉って来る。


「カルマ、私には情事の事などさっぱり分からないが、これだけは言える。

 お前は、朝霧ヒナタを受け入れるべきだと思う」

「受け入れる……」

「そうだ。あの弱さも、心も、愛情もだ」

「オレに出来るかな?」

「いつものふてぶてしさは何処へ行った? お前ならできるさ。私には分かる」


 マルカはにっこりと微笑む。それは、母性愛に満ち溢れた、優しい微笑みだった。


「だがカルマ、最後にそれを決めるのは結局お前自身だ。私に言われたからではなく、お前の心で決めろ」

「そうか………そうだな」


 オレは強く頷く。

 そして、彼女を受け入れると決意する。


「決めたのなら、今は眠れ。まずはその傷の治療が先だ」

「まあな。痛みは無いが、いつまた開くかも分からないからな」


 その会話を最後に、マルカは病室を出て行き、オレは布団に潜り込んだ。

 睡魔は割と早く訪れ、オレは意識を手離した。





 言霊の気配を感じて、目を覚ました。

 気配を辿ってみたところ、使用者はヒナタだった。彼女はフラフラとこちらへ向かって来た。

 だが、ドアの前で立ち止まり、何やら躊躇っているようだ。無理もない。

 だからオレは、自分で彼女に呼びかけた。




次回は説明回となります。


2/8(土)0時更新予定


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