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あの日交わした約束を  作者: フリムン
第一章 追憶
25/100

Recollection:19 邂逅

今回、シリアス度120%


苦手な方はご注意下さい。


ヒナタ視点

 私の剣を左の拳で受け流し、右拳のカウンターが飛んでくる。それをサナちゃんが射撃で妨害する。

 言霊の使用に長けたサナちゃんの放つ弾丸は彼にも有効らしく、弾丸をくらった彼には少し隙ができる。

 その隙を逃すまいと、振り下ろした剣を、上に跳ね上げ逆袈裟斬りを狙う。それに反応して回避行動を取った彼の甲殻を、私の剣が掠める。

 私の攻撃はまるで当たらないが、彼の攻撃もまた、私に当たらない。


「強い……」


 素直にそう感じた。私とて、これまでいくつもの戦闘を体験し、潜り抜けて来た。しかし、今、目の前にいるこの魔人はもっと戦場を駆け抜けた筈だ。そんなプレッシャーを感じる。

 でも………。


「負けられない」


 私達との同盟を破棄しなければならない本当の理由など知る由もないが、私はまだ死ねない。カルくんと話せていないし、カルくんを守りたいから……


「はぁっ!」


 気合いと共に横薙ぎに振り切った刃は、鋭い風切り音と共に虚空を切り裂く。

 彼が、視認すら難しいタイミング、速度で動いたのだ。


『お前は眠っていろ!』

「きゃあああ!」


 背後からそんな声が聞こえ、慌てて振り返ると、サナちゃんは彼に投げられ、森の木々を薙ぎ倒しながら飛んでいった。そして、反応は無い。


「このぉぉおお!」


 怒りに身を任せ、剣を突き出す。


『はっ!』


 剣腹に拳が叩きつけられるが、それだけでは止まらない。

 腕を引きつけ、反動を流し絡め取るように回転し、右上からの袈裟斬り。左足を引いて右足で踏み込んで横薙ぎ、少し後ろに下がり、鋭い刺突。

 彼は落ち着いて対処する。それにより、私の頭にも冷静さが戻ってきた。

 サナちゃんは大丈夫、気を失っただけ。

 剣を握り直す。



 いくつ剣と拳を交えただろうか? 時間は恐らく1時間と経っていないだろうが、それが長く感じる。


「…………」

『…………』


 そんな中、私は彼に違和感を覚えた。今こうやって向かい合い、戦っている最中だと言うのにも関わらず、何も感じないのだ。 そう、敵意も悪意も殺意も、あまつさえ、戦意すらも感じられない。 そして噛み合った視線。彼のその視線の中に私が見たのは、慈愛、後悔、深い深い悲しみ。それらを余さず内包した、底知れぬ闇。


「なぜ、そんな()をするの?」

『なんの事だ?』

「本当に戦うの?」

『当然だ』

「本当?」

『くどい!』


 彼の姿が再びブレる。直後、背中にゾワリとした感覚を覚えた。とっさに横へ飛ぶと同時に、彼の鋭い回し蹴りが放たれた。それは反応出来たことさえ奇跡と言える見事な一撃だった。

 なぜならその蹴りは視認する事ができず、そしてその余波で木々が薙ぎ倒された。


「――――っ!」

 背筋が凍った。こんなモノを一度でも食らってしまったら………。


『どうした! その程度か! その程度の力で皆を守るなどと、そんな夢物語をほざくのか、お前らは!』


 激昂したように彼が叫ぶ。

 なぜ? なぜそれで憤る? なぜ私に叱責する?


「それでも、私達は! 私達がやらなくては!」

『そんな中途半端な力で、覚悟で! 何が守れる!? 何が成せる!? もっと、もっと強くなれ!! このオレを、単騎で屠れるほどに!!』


 その言葉に衝撃を受け、そして彼の狙いがもっと分からなくなる。


『どうした、口だけか? 太刀筋が鈍っているぞ!』

「はああああっ!」

 判らない、解らないが、今は彼を止めなければ。でないと、何か良くないことが起こりそうな気がした私は、何度目かの大上段を繰り出す。

 互いに跳躍し、(けん)(けん)を、刃と脚とを打ち付け合う。私が滑らかに、彼が力強く。私が柔剣、彼が剛拳。

 受け流し、斬りつけ、弾かれ、躱す。

 柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ。そんな攻防は、果てしなく続いた。殴られ斬りつけまた殴られる。私の攻撃は躱され、彼の攻撃は当たらない。



 どれほど闘っただろうか。一瞬のような、それでいて長いような、そんな感覚に捕らわれた時、転機は訪れた。



 ガガンッ!!


 突如として私の後ろから飛来した二筋の閃光が、彼の額と胸板を直撃し、穿つ。

 咄嗟に少し振り返り、目の端で捉えたのは、二連射型ショットガンを構えたサナちゃんが、再び意識を失い倒れ伏す姿だった。

 そして目の前の人魔は直撃を受けた顔を隠すように覆いながら、数歩後ずさる。


 ―――チャンスだ。


 瞬時にそう思った。

 思ってしまった。


「やぁぁああああっ!!」


 私の気合いと、ガスッ! という鈍い音と共に、私の持つ大太刀は彼の胴体を貫いた。


『がふっ……!』


 人魔が口から黒ずんだ血を大量に吐き出し、私の手と胸元を汚す。その瞬間―――


 ―――ピシ、ピシ……ガシャァアン……。


 小さな亀裂の音に続き、ガラスが割れるような儚く繊細な音を立てて、腹部から胸元にかけての甲殻が砕け散る。


「……………えっ?」


 甲殻の消えたそこには、学校指定のジャージ、そして、あってはならないハズの物。

 見えたのは、赤と青。

 それは、私が愛した、あの人との、大切な約束の品。あの人に激情のまま叩き返したそれ――――。

 その意味は、つまり………―――


 ―――ボロッ………


 今度は、顔の甲殻が崩れ始める。額から、ゆっくりと。


 嫌だ。イヤだ。見たくない。()たくない。その仮面の下を、その顔を、私に見せないで………。


 そして露わになったその顔は、何よりも、誰よりも、遥か彼方の昔から、心の底から、魂の果てから愛している、少年のそれだった。


「ぁ……あ……ああ……ああぁ………」


 嫌だ。厭だ。否だ。イヤだ。イヤダ。いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!

 剣を持ったまま、ヨロヨロと後ずさる。剣が腹部から引き抜かれ、苦悶の表情を浮かべた彼の傷口からドボドボと血が迸り、地面に大きな血溜まりを作る。


「……ぁぁあ………ぁぁあああ…………アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだ!!

 上げたのは、何かの叫び。

 恐怖、憤怒、慟哭、絶望。

 血にまみれた自らの手を見ながら、或いは自分の顔を覆いながら、私は絶叫した。


「ヒナ………タ……」


 ソウダ、ウソダ。コンナノハ嘘ダ。デナケレバ夢ダ。ははははっ、なんてりあるな夢なんだろうか。


「泣く……な」


 そうだよ、カルくんがまじんなワケガナイ。こレはユめなんだ。だかラめのマエにいるかレハニせもノ。ワたしをマドワスまがいもの。


 だったらキろう。コレイジョウまどわされるマエニ。


「ヒナタ…………」

「これ以上……これ以上私を惑わすなぁぁあああ!」


 がむしゃらに斬りかかる。『ソイツ』は避けようともせず、ただ、穏やかに、安らぐような、死を待つ表情でこっちを見続けている。


「アアアアアア!」


 拙くも確実に首を捉えたその一閃は、しかし、空を切る。


『何をしているのですか? 〈同胞喰らい〉。君に今死なれては困るんだ。僕達の計画はまだ序盤だからね』


 いつの間にか、少し離れた場所に『ソイツ』はいた。隣には見たことがない新しい魔人。


「悪い……ヘタ……こいた」

『まったく世話の焼ける………』


 魔人に抱えられた『ソイツ』は赤い光に包まれ、二つの影に別れる。

 血まみれの少年、気を失っている少女。


 ――カルくんとマルカちゃん――。


 それをはっきりと理解した時、私は、今立っている地面が抜け落ち、どこまでもどこまでも際限のない奈落の闇を落ちていく、そんな錯覚に囚われる。


『一旦退きますよ!』

「すまない……松岡(・・)さん」


 バシュウッ! という音と共に彼らの姿が掻き消える。

 私は変身を解いて………否、変身が解けて、その場に力無く座り込む。

 呆然、茫然と、手にこびり付いた血と、地面に残る大量の血溜まりを何度も見比べた。


 私が剣を突き立てた。あの人の腹を貫通した。あの人を殺しかけた。あの人の血で手が染まっている………。


 ジョロロロ…………。


 たちまち、下腹部に温かく湿った感覚が生まれる。

 もう何も判らない。今はただ、涙と血と鼻水と泥に汚れたまま空を見上げる。

 雲は晴れ、空には私の心のように砕け散った煌めく星々と、私の心のように千切られた輝く三日月があった。






 ……………私は、ワタシは、わたしハ………。






次回は2/1(土)6時更新予定



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