貴美様マジ貴美様
「あー、お前か」
「はい、お前でございます」
それは知っている顔だった。
一条貴美、男子から人気が高い女である。才色兼備で成績優秀、更に顔も良いときた。家も超お金持ちらしい。
しかし何事も度が過ぎるといけないのであって、女子からの人気は低い。理由は嫉妬だろう。更に可愛いのではなく、美しい彼女には男子からも声をかけにくいものがある。
──まあ、俺が一番好きな女子ではあるのだが。
好きと言ってもその気持ちを伝えた事は無いし、ましてや遊びに行ったことなどもない。ただ気品のある彼女を遠くから見る、それだけで満足していた。
そんな貴美が俺の方を黙って見ているのは実に落ち着かないわけで……
「それで、俺に何の用があるわけ」
間を嫌った俺は、取りあえず単刀直入に聞いてみた。
「それでは単刀直入に言いましょう。竜二さん、私と付き合いなさい」
……まさかの単刀直入返しである。
「ちょっと、ちょっと待てよ。とりあえず俺を好きになった理由だけでも教えてくれないか。俺らってほとんど喋った事もないだろ」
「そうですね、分かりました」
貴美は少し顔を赤らめ、思い出に浸るように上を向いて目を閉じた。
「それでは、わたくしが初めて離乳食を食べた所から始めましょうか」
微妙な間が、2人を包んだ。
「いや……、出来ればもっと先の話をして欲しいんですけど……」
「そうですね、わたくしが初めて二本足で立ったところから話ましょう」
「せめて自転車に乗れたぐらいから初めてくれませんかね……」
「最初は補助輪ありでも後ろから押してもらってですね、平地をこう、スーっとですね」
「本当に話し始めたよこのお嬢様は!」
手を叩いて、貴美を謎の回想から現在へ無理矢理引き戻した。
なぜか少し不機嫌そうな顔をしている……
「全く、なんですか? わたくしの事を聞きたいのでは無いのですか?」
「お前の情報も良いが、それは後でな。それより俺の事を……その……なんで好きになったかという……」
「なんで照れているのですか? 恥ずかしいのなら、言わなければよろしいのに」
「お前のせいだよ! お前が言わせてんの! 二回もな! 取りあえず俺と出会った所から話せっつーの!」
「はい、分かりました。それでは出会った経緯から話しましょう」
いつの間にか漫才みたいなノリになっていたが、ようやく話が本線に乗ったらしい。
再び貴美は目を閉じ、頬を染めながら語り始めた。
「まず私の妹がですね、私に山の寺で気になっている人がいるという事を話しました。妹もわたくしと同じく、恋には疎いというのに。気にならないはずがありません」
どうやら貴美の妹も俺の事が気になっているらしい。今日の晩ご飯は親子丼ならぬ、姉妹ドげふんげふん。
「取りあえずお顔を拝見するだけで良い、そう思ってパソコンで検索しましたところ、あなたの画像が映りました。雑誌での変わったもの特集の記事の一つでした」
俺の寺はよく雑誌で取り上げられる事がある。寺が珍しいのではなく、金髪住職が珍しいのである。反響もそこそこあり、手紙は今までの合計でいえば3桁ぐらい届いている。
まあ、ほとんどが批難の内容なんだが……。
ちなみに妹達はその手紙で焼き芋を良く作っている。味は落ち葉で焼くより上手い(気がする)。
「雑誌で特集されるほどの殿方、そこでわたくしは居ても立ってもいられずに、直接見に行ったわけです」
「結構ミーハーっすね……」
「それでたまたま掃除をしているあなた、竜二さんに出会いましてですね、その姿にわたくし、ほの字になってしまいまして……」
最後の行が若干おばさん臭いのは気になるが、恥ずかしそうに言っている辺り、本気なのであろう。
確かに袴を着るとモテるとまでは行かないが、良い印象は与えていると思う。女性でいうとスチュワーデスみたいな感じだと思う。安心感を与えるみたいな。
「それで、俺の事が好きになったと」
「はい、ほの字になってしまいまして……」
「その言い回しやめてくれませんかね……」
ここまで来れば、これからの展開の予測がつくだろう。どんなに鈍感な男であってもだ。
状況を整理しよう。
俺の憧れの女性からのアプローチ
現在、俺に彼女はいない
俺はホモではない(例外あり)
憧れの姉妹ドげふんげふん……
総論しよう、要するに──
「時は来た。それだけだ」
相手が聞こえないように呟いた。
「そして、あなたがわたくしの事を好いているという事も知っております」
「え? どこからの情報?」
「えーっと……、その筋からの情報ですわ」
「だからどこの筋だよ!」
多分、一徳や真鳴辺りが洩らしたのだろうと無理矢理理解した。その筋が小指の無い人達でないことを祈る。
貴美は仕切り直しと言わんばかりに、一つコホンと咳をした。
「ですので、あたなとわたくしは相思相愛と言うことになります。だから……その……」
急にモジモジとしだした貴美。今までの高飛車なイメージから一変、年相応の女の子に見えた。
貴美はゆっくりと近づいてきて……
──俺に手をさし伸ばした
「この手を受取りなさい。そして、わたくし達はお付き合いというものをするのです」
この王子様のようなプロポーズ(しかも姫が俺という)に少し驚いたが、どんなアプローチでも答えは決めていた。
俺はじっと貴美の顔を見つめた。そしてゆっくりと手を近づけていった。
そうすると貴美は緊張していたものの、嬉しそうにこちらを見た。
そして俺は──
その手を払いのけた。
「え?」
貴美は信じられないといった表情を浮かべた。
「うそ……ウソですわよね? ご冗談では……」




