妹2人による異世界への拉致行為
階段を全部掃き終えるのに50分もかからなかった。俺の目残では1時間以上かかると思っていたのだが。
多分拭き掃除を妹達がやってくれた事で、ここを掃除すれば終わるという精神的な楽さが手際の良さに繋がったと思う。
念のためもう一度、階段の上から見下ろした。階段の周りに桜が包まれているような風景で、これはこれで美しい物がある。
座禅部屋の方を見ると妹達は既にいなかった。マイ一人の掃除なら確認に行かなければならないが、木佐貫もいるのでそれもしなくていい。
俺はゆっくりと『家』へ帰った。
家とは、寺の隣に普通の家がある。そこで俺たちは生活を送っている。
無論、寺で食事や生活も出来るのだが、まだ高校生の身分としては、その生活はさすがに重い。
仮に寺に住むとなると様々な規則に縛られる事になる。座るときは常に正座、音を立てて食べない(噛む音も許されない)、私語の禁止などがある。
そんな生活を妹達に強要すれば、ストレスの余りホトケさんの顔でサッカーをやりだしてもおかしくない。ちなみに俺も止めるわけでなく、キーパーとして参加するだろう。
家に帰ると既に料理が出来ていた。肉ジャガに納豆と味噌汁に卵という、朝にしては中々の豪華さだ。
そして机にはただ一人、マイが待てと命じられている犬のようにジッと食事を見ていた。
「お兄ちゃん遅いよー。もう既に私の唾液は万全なる戦闘態勢を取ってるよー」
「気持ち悪い空腹表現だな。腹減ったで充分だろ」
マイはお箸を両手に一本ずつ持って俺を見た。確かに手伝わせた挙げ句、待たしてしまったので一応「悪いな」と、一言言っておいた。
別に俺が食べるまで待ってくれと言ったことは無いのだが、基本一緒に食べれる時は揃って食べようというのが家の習慣だ。本物の家族では無い俺たちだが、こういう時に本物の家族以上の物を感じ取れる大事な時間だ。
木佐貫が台所から出てきてエプロンを外した。家の食事面は全て彼女に任せている。肉野菜のバランスが良い。
俺も料理が作れない事は無いんだが、どうも野菜中心で精進料理みたいになってしまう。マイが「これは食べ物じゃなくて、ただの緑。緑って色がそこにあるだけ」と、激高して自分が作ると言い出したのだが、今度は肉ばかりの食卓になってしまった。
そんな訳で五人用のテーブルに3人が集まり、朝食が始まった。
食卓は喋ってはいけないという訳では無いのだが、基本的に静かだ。俺と木佐貫は喋る方じゃないし、マイは一生懸命食べるのに集中している。
味噌汁に手をつけてみた。味が深くて美味しい。飲食店で出される物みたいに味が濃いわけではないのに、しっかりと味が伝わってくる。
「この味噌汁うまいな。これを飲むと他の味噌汁には手がつけられなくなりそうだ」
木佐貫は少し驚いた表情をしてから、優しい笑を浮かべ
「良いですね兄さん。そうやって何気ない事を褒められると女性は嬉しいですよ。今私は感じた事のない高揚、そして女としての喜びを兄さんから教えられています」と、言った。
「そうか。なんか表現がエロい気もするが気のせいだろう。こんな掃除をして清々しい気分の朝に下ネタをぶっこんでくるなんてありえないからな。うん」
うん。
「でもマイにとっては少し薄いかもしれないと心配しているのですが……」
「そんなことは無いだろう。な、マイよ。美味しいだろ?」
マイは静かに味噌汁を持ち上げ、すーっと汁を飲んでから
「ぷはーっ!」と、息を吐いた。
「な、美味しいって言ってるだろ」
「そうですね、良かったです」
美味しそうに食べるマイを見ながら、俺と木佐貫は少し笑った。
「ぷはーっ!」
「もういいっつーの」
食事を終えると各々が自分の部屋へと戻った。着替えや今日の持っていくものの確認をするのだが、たいてい俺が一番早く終わる。廊下で妹2人を待つことになる。
先にマイが部屋から出てきた。髪留めを緑色から赤色に変えているのだが、本人にしか分からないこだわりポイントなのだろう。
「お兄ちゃん! それじゃあ一緒に行こっか」
「ああ。でもその前に忘れ物は無いか?」
「うん。大丈夫だよ」
「宿題は入れたか?」
「うん。入れたよ。まだ終わってないけど」
「ハンカチは入ってるか?」
「てへへー、お兄ちゃん大好き」
と、いつものように妹にお節介をしていたら、ただならぬ気配が後ろから……。
振り向くと案の定、木佐貫がいた。少し不機嫌そうである。
木佐貫は俺の肩をポンっと叩いた。
「えーっと、何だ?」
「兄さん、忘れ物は大丈夫?」
少し呆気にとられた俺だったが、すぐに悪い事をしたなと思った。もしかすると先ほどのやり取りを見ていて、自分がここの家族では無いと思ってしまったかもしれない。もちろん、そんな事は全く無いのだが。
「兄さん、忘れ物は?」
「え? ああ、大丈夫だよ。入れた入れた」
「宿題は入れましたか?」
「もちろん。俺はちゃんと終わらせたし、大丈夫だよ」
「剣は持ちましたか?」
「もちろん、魔物に襲われた時に対処……って、え?」
木佐貫は突然、背中から2メートルはあろうかという大きな剣を取り出した。
剣は不気味な紫のオーラを纏っている。
「さあ兄さん、いや、勇者よ。これを持ちなさい。世界を救うのです!」
こうやって何かにつけて妹達は俺を勇者へと導きたがる。前回は一ヶ月前、俺の机の引き出しを開けるとそこからマイが出てきた。そして「お兄ちゃん! このタイムマシンに乗って未来を救おうよ!」と、言ってきた。当然、すぐに閉めた。
こんな事をする理由は無くもないんだが……、まあ後で説明しよう。
「いらない。剣はいらない。仮に魔物に会っても俺は殺さない。そもそも重くて持てない」
剣を良く見ると、先の方にちっさいゴブリンが串刺しになっていた。
「キシャアアアアァアアあ!!!」
俺は木佐貫の肩をぐっと掴んで、瞳を見ながら
「返してきなさい。ゴブリンも返してきなさい。ついでに回復もしておきなさい」
「はい……」
ゴブリンは木佐貫によって荒々しく剣から引き離され、急いで空へと逃げていった。
「キシャああ…………」
空から水滴がぽたぽた落ちてきた。
「あのゴブリン、泣いていたんじゃないだろうか……」
真相は誰にも分からない。
「ねえ木佐貫、ちょっと言うことがあるんだけど」
珍しくマイが真剣な顔をしていた。もしかすると注意でもするのかもしれない、そんな期待をした。
「剣の禍々しさが足りなかったんじゃないかな? もっと紫の煙幕を増やしてみるとか」
さすがの俺もため息をついた。
「違う。別に俺はダークヒーローをリスペクトしていない」
「それは大丈夫だと思うわよマイ。先っちょにゴブリンつけといたし」
「お前も冷静な分析はいらない。あと、女の子が先っちょとか言わない」
もう後ろも振り向かずに家を出た。2人も俺が怒っている事を感じ取ってか、剣を2人で持ちながら元の場所へと返しに行った。
まあ、元の場所と言っても、どこかは知らんが……。
100段の階段を降りて少し歩くとすぐに町に出る。俺が小さかった時は民家や田んぼも多かったのだが、ここ数年で大きく発展した。
いや、発展してしまった。
馴染みのある店は量販店の乱入により、どんどん無くなっていった。田んぼも地価の高騰により売る人が続出した。
だから寺みたいな変わらない物は本当に貴重なのである。別に何も信仰していない俺が神主を引き継ごうと思ったのも、そういう背景が大きい。