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革命家とテロリストと 1

稚拙な文章で恐縮なのですが、読んで、楽しんでいただけたら幸いです。

「トーヤ、遂に、選挙が二週間後に迫ったわ!」

「……ああ、そう」


 トーヤ、と声をかけられた青年は、くすんだクリーム色のソファの上に寝そべり、つまらなそうに、雑誌を広げていた。


「もう、どうしてそんなに興味がないの? 私たちの国の行く末を決める、大事なことなのよ?」

「私たち、じゃない。お前の国だ」


 積極的に、青年に声をかけていた愛らしい黒髪の少女が、あ、となにかに気付いたように、口と目を丸める。


「あなたはアーカル国の人じゃ、なかったわね。革命軍と行動を共にしていたから、てっきり、アーカルの国民だとばかり思っていたわ」


 青年は、首だけ動かし、むっつりとした顔で、木の椅子に座る、少女を見やる。


「俺は、東洋の生まれだよ。革命軍には、一時的に、雇われていただけだ。つーか、あいつら、七割方の戦力を、傭兵に頼ってた、って噂だぜ? おかげで、英語が通じて、すごくやりやすかった」

「……革命軍は、内政に不満を持っていた地方の地主たちを、後ろ盾にしていたみたいだからね。払いは、良かったでしょ?」


 青年は、顔をニヤつかせ、鼻で笑う。


「だから今、こうして、贅沢なホテル暮らしが出来てんだろ?」


 少女は、露骨に顔を歪め、


「このレベルがホテルと呼べるのかしら……」


 と呟き、テーブルの上に広げられた新聞に向き直った。


(……聞こえてんだよ、お嬢が)


 青年も、もはや暗唱すら可能ではないかと思われる程、何度も読み返され、ボロボロになった雑誌を見つめる作業に戻る。


 しかし、青年は、雑誌を眺めることに飽きてしまったのか、寝返りをうち、熱心に新聞を読んでいる、少女を見つめ始める。


「……なに?」


 少女は、振り向くことなく、青年の視線に応じる。


「別に」


 青年もつれなく返す。しかし、視線は外さない。


「………………」


 意味なく、見つめられ続けることに、嫌気がさしたのか、少女は、振り返り、青年と正対する。


「なに?」

「……お前さ、ホントに逃げる気ある?」


 唐突な質問に、少女は、一瞬、面食らった顔をしたが、すぐに、いつもの澄まし顔に戻る。


「もちろんよ。私は、座して、死を待つつもりはないわ」

「だったらいいけど。なんか、お前が妙に、故郷のことを気にかけてるからさ。また、アーカルに戻るとか言いださないか、心配なんだが」


 ふ、と少女は、微笑む。青年には、少女が泣き出しそうに見えた。


「それはないわ。今、私が、アーカルに戻れば混乱の種になりかねない。私の存在は、アーカルに悟られない方が、国のためになる」


 言いきる少女は、確かに、悲しそうだ。


「お前が国に戻らない理由は、あくまで、アーカルのためなんだな」

「ええ、そうよ」


 ハァ、と青年は嘆息をつく。


「俺も故郷を捨てた口だからな。この先、うまくやってくためのノウハウを一つ教えてやるとしたら、もう、故郷のことなんて考えるな。初めからなかったものと思え」


 今度は、少女が、嘆息をつく番だった。


「どうあがいたって、過去を捨てることなんてできないわ。考えない、というのは、ただ、逃げているだけよ」

「お前の価値観なんて、聞いてない。こいつは、いわば心構えだよ。生きることに集中しないと、他の人間に喰われるぞ」


 訝しげな表情で、少女は青年を見つめる。


「あなた程に強い人が、いったい、なにを恐れるの? 足手まといの少女を連れて、誰にも気付かれずに、国境を越え、ロシアに入ったというのに」


 べた褒めされ、少し、気恥ずかしそうに、青年は言った。


「あれは、運が良かった。正直な話、九割ぐらいの確率で、どっかの誰かに気付かれて、殺されることを想定してた」

「でも私たちは、その一割の確率を生き残ったわ。結果が、すべてよ」


 そう言い放つと、少女は、再び、新聞に向き直る。


「なんでそこまで、アーカルにこだわるのさ。アーカルにいる奴らに全部、任せればいいだろ? 国を捨てた、お前が、気にかけることでもない」


 言いきるよりも早く、少女が勢いよく振り向く。黒曜石のような、その瞳は、力強く、揺らめいていた。


「無関心は、この世で、一等の罪よ」


 睨めつけるように、細めた目で青年を一瞥し、再び、新聞の方に体を向ける。


「な……」


 少女のあまりの剣幕に、青年は思わずたじろぐ。


「あー、と……。ネシャート?」


 名前を呼ばれても、少女は、まったくの無反応だ。新聞に目を向けたまま、微動だにしない。


「……おーい。無関心は、一等の罪じゃないのかー?」


 なにを言われても、少女は、頑として、振り返らない。青年は、仕方なく、ソファから身を起こし、少女の隣から、新聞を覗き込む。


「次のトップは、誰になりそうなんだ?」


本当は、世間知らずのお嬢、だの、哲学者かよ、だの、少女にかけたい言葉は山程あったが、今、少女に否定的な言葉をかけるのは、明らかに得策ではなかった。


「故郷のことは、考えない方が、よろしいのではなくて?」


 少女は、顔の向きはそのままで、嘲るように笑う。


「からむな。それに、俺の故郷じゃない」


 少女は、つと、隣に立つ青年の顔を見上げた。見上げただけで、なにも話さない。


「……なんだよ」

「あなたは、ガサツな仕事をしてるわりに、時々、IQが高そうな発言をするわね」


(こいつ、もしかして、俺のこと、馬鹿にしてたか?)


 驚いているような少女の表情は、若干、青年をイラつかせる。


「一応、俺の故郷は先進国の一つなんだ。西アジアの片田舎にある国と違って、少しは、まともな教育を受けてた」

「西アジアの片田舎にある国が、どの国かはともかく、あなたの故郷に興味が湧いたわ。いったい、どんな国だったの?」


 ――青年の瞳の色が、変わったように感じた。いつもは、明るい赤色なのに、この時だけは、黒く濁っていくように、少女には見える。それはまるで、初めて、少女と青年が出会った時のように、陰鬱とした、雰囲気だった。


「……深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ、だったかしら」

「あ?」

「なんでもないわ。こちらの話。……選挙の話だったわね。今のところ、民主公正党の党首、アフメト・ウスラ導師が最有力候補ね」


 青年は、殺気立っていたことに、今さらながら気付く。十歳の少女に気を遣わせたことに、少し、気まずそうに、そっぽを向いた。


「えーと、革命軍のリーダーじゃないよな、そいつ。革命に貢献してない奴が、トップを取るのか?」

「貢献してないこともないわよ。アフメト・ウスラ導師の所属しているイスラム同盟団は、革命軍に金銭的な援助をしていたもの、一応」

「……アフメトは民主なんとか党の党首、って言ってなかったか?」


 青年は、胡散臭いものを見るような目で、少女に振り返る。


「民主公正党は、一週間前に、イスラム同盟団と、それを支持する人たちで構成されたパーティーよ。イスラム教徒の多いアーカル国では、大ウケでしょうね」

「革命軍を支持してた、地方の地主はそれでいいのかよ? 自分たちの投資が、無駄になるんだぜ?」

「無駄にはなってないわ。バチエ政権は、今まで特権階級だった、アーカルの豪族たちにも、課税をしようとしていたの。バチエが消えた今、彼らは、これ以上の社会の変革は求めないわ」

「アフメトは、豪族に課税しない?」

「ええ。民衆の支持を得て、豪族の支持も得れば、対抗馬なんて目じゃないわ」


 青年は、よろめくように、後ずさり、ソファに深く腰を下ろす。


「ちなみに、その対抗馬、って誰なんだ?」


 少女は、椅子の背もたれに抱きつくようにして、青年の方に振り向く。


「アラン・コア。現職の臨時大統領よ。でも、新聞を読む限り、本人はあまり乗り気ではないようね。宣伝の規模も、民主公正党と比べれば、小さいみたいだし。ただ単に、お金がないだけかもしれないけど」

「臨時大統領? そんな奴がいたのか」


 さっと、少女の顔から血の気が失せた。少女は、沈黙したまま立ち上がる。また、怒らせてしまったのかと、青年の顔からも、血の気が失せる。そして、スタスタ、と青年に近づき、青年の真横に腰を下ろした。青年を見上げ、尋ねる。


「アラン・コアを知らない?」


 青年は、答えに窮す。これ以上、なにか粗相をやらかして、お嬢様の機嫌を損ねるのは嫌だった。しかし、知らない、という答えを、どうやって、怒らせない程度にオブラートに包むか、一瞬で思いつくには、青年には難しすぎる問題だ。


「あなた、革命軍に雇われていたのでしょう? リーダーの名前すら知らないわけ?」


 そこで、ようやく、青年に一筋の光が見えた。明らかに、青年が安心しきった顔をしたのが少女に見られてしまったが、この際、そんなことどうでもよかった。


「ああ、あいつね。いたな、そんな野郎も」


 少女は、額に手を当て、悩ましげに首を振った。怒らせずには済んだが、呆れさせてしまった。


「……名前どころか、顔すら知らないのね」


 軽やかに、ソファから飛び降りると、少女は、テーブルの上に置いてあった新聞を持って帰ってくる。そして、青年の前に突きつけた。


「彼女が、アーカルの姫、よ」

「ひめ? わっ……ぷ!」


 突然、少女に投げつけられた新聞を手にしながら、写真に写る、彼女を見やる。


 そこには、凛々しい表情で、後ろに控える男たちに片手を振り上げ指示を出す、まだ、二十代と思しき、うら若き女性が写っていた。


「え、っと。マジか」

「なにが?」


 青年は、色めき立つ。少女は、若干、イライラしているようだった。


「いや、だって。超、美人」


 褐色のキメの細かい肌に、長い黒髪。スレンダーな体型に、大きめの軍服がよく似合っている。大きめの黒い瞳、まさに、アジア系。文句のつけようがなかった。


「当たり前でしょ。なにしろ、姫と呼ばれる程だもの」


 青年は、写真から目が離せない。


「へー。なるほどね。アジア美人って、ホント、美人!」

「……言ってる意味が、わからないわ」


 少女は、ほとんど、青年を睨めつけている。青年は、それに気付き、姿勢を正した。


「なにかしら?」

「いや、なにも言ってないです」

「そうでしたか。それにしても、まさか、雇い主が誰かもわからず、戦っていたとは思わなかったわ。IQの高い低能って、私、嫌い」

「仰ってることが矛盾していますよ、お嬢様」

「黙りなさい」

「はい」


 つーん、と少女は遠くを見つめている。背筋を伸ばし、ソファに行儀正しく座る青年は、新聞の見出しに目を奪われる。


「……オルホン革命、ついに、成る……」


 思わず、口をついて出てしまった。そして、少し、後悔する。


「バチエ家が打倒されたのだもの。革命は成功でしょ」


 身を縮め、体育座りで虚空を見つめる少女が言う。青年は、少女が今、どんな表情をしているのか、知りたくなかった。

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