第3話 ルート分岐 [改]
2016/2/1 修正
瞼に熱を感じて目を開く。朝、か。窓から差し込む陽の角度はまだ低い。
顔のあちこちがパリついていた。涙そのままで寝たからな。
ボーっとする。体のあちこちが痛い。木の床は固かった。
小屋の主人が帰ってきた時にベッドで寝てる訳にもいかなかったし。
頭を振る。何もしてないとあの子のことばかり浮かんでくる。
何かしよう。そう思った途端に腹が鳴った。
そういや昨日口にしたのは赤い木の実のみ。水も一回きりだ。
ここで死ぬわけにはいかない。
「うおおおお!」
腹の底から声を出し、気合を入れた。死ぬわけにはいかん。
暗いが目をこらすと何とか扉が見え外に出る。
木の実を捜そうとしたら近くの樹の根元に赤いものが転がっていた。
一瞬都合が良すぎる気もしたがどうでもよくなる程度には腹が減っている。
すぐに戻り床に何度かぶつけると割れた。ラッコになった気分。
独特の臭い、そして塩味もこの状況では美味く思える。
空腹こそ最高の調味料とはよく言ったものだ。
水もウォータと唱えれば掌からあふれ出るので直接口につけて飲んでみた。
魔法を取得したら脳裏に呪文が浮かぶあたりは親切設計で助かる。
零れた分が床を濡らしまくったがそのうちに乾く……はず。
少々野性味あふれすぎる朝食だが現状では仕方ない。
今後の食料調達、というか生活の基盤をどうするかが最重要課題だろう。
他にも色々な疑問が浮かぶ。俺は異世界で初めて人心地ついたのかもしれない。
「とりあえず、だ」
誰も聞いてない……と思いきや魔神がこっそり耳をそばだてている可能性もある。
説明してくれることを僅かに期待して少々大きめに呟きながら情報を整理することにした。
「まずはその、なんだ。職業だよ職業。当たり屋ってカタギじゃねぇだろ!」
あ、整理じゃなくてツッコミになった。
まあ仕方ない。あの子のことを考えそうになるから大声で誤魔化すのだ。
ともかく俺は善良な一市民であり、犯罪に手を染めたことはない。
……子供の喧嘩はカウントされないよな?
その自分が当たり屋なんていうヤクザな商売にされたことには心底不満なのだ。
床に座りながら叫ぶのは非常に見苦しいので外に出よう。
水は魔法で出せるとはいえ川を探したい。
「次は装備だ装備。初期装備くれるって言ってこれじゃあんまりじゃねぇか!」
どうのつるぎとかわのたてくらいは貰えると思ってた時期がありました。
甘すぎたね。初期装備なしだと本当に何もなしだった気がする。怖すぎだろ異世界……
裸で放り出されてたのだろうか。いきなり18禁展開、しかも男の裸だけって誰得だよ。
想像した光景に寒気を覚えつつ木の実を拾って袋につめておく。二日はもつな、うん。
「スタート地点も森だか林だかの中だし、いきなり魔物が目の前にいるし……」
あの状況は酷すぎる。人を玩具のように見て遊ぶためとしか思えない。
文句のひとつも言ってやらないと気がすまないな。
まあ狼や猪といった俊敏な敵よりはマシだったかもしれないが。
それにしたってアレはない。
もっとも、愚痴っていても状況が好転するわけでもなく。
真面目に考えれば樹の魔物以外はあの子にしか遭遇していない。
何故敵の気配が他になかったのか。
この小屋の主、そして遭遇するはずだった綺麗なお姉さんはどうなったのか。
……何だか怖い想像になるから今はやめておこう。次。
「レベルは……他人見るまでなんとも言えんか」
レベル0には違和感。まあそういう世界もある、と思えばいい。
問題は他人との差だ。優れているならいいが劣っている場合苦労することになる。
何も判らないうちに死んでしまってはどうしようもない。
レベルアップに関してチートを投入したのだから将来性は抜群としても、だ。
独り言を重ねるうちに現状の厳しさが浮き彫りになってゆく。
どうにかして基盤を築かねばならない。ともかく人を探さないと。
俺は、あの子にもう一度会うまで死ぬわけにはいかないのだ。
「ちょっと初期条件きびしすぎませんかねぇ、魔神さんや」
考えが甘かったことは認めよう。その反省もする。
しかし、もうちょっとどうにかならなかったのかと。
果たして人が住む場所にたどりつけるのか……?
最初のツッコミより随分声量が落ちてしまっているのは演技だ。そう、演技。
「ピンポンパンポーン。お客様に緊急連絡を申し上げマス」
お、反応がきた。
しかし……なんだろう。すっごくヤな予感するんですけど。
「当店はハイジャックされました。至急脱出してくだサイ。危険になるまで10分デス」
ハイってどこがだよ!なんて無粋なツッコミはいれなかった。
全身を包むような圧力を感じたからだ。なんか、ヤバい。
顔をひきつらせて見上げれば昨日見たような矢印があった。
うん、素直になるのも大事だよな。
腰の皮袋の紐をしっかり結び直すと、矢印に従ってヨーイドンと相成った。
木々の間を縫うように走りながらも昨日よりは幾分余裕はある。
気配探知LV2にひっかるようなものはない。
あの子がいたらどうしようと思ったが何もなさそうだ。
ホッとしたような、残念なような。
ただ敵の気配はないのに遠くからじわりとした圧力を感じる。
ヤバいのがいる。確信に近い。
直線で時々周りを振り返ると遠くでギラリと光ったような。
いやいやいや。俺は何も見なかった、うん。
あれが目だったら洒落にならないけど想像しないように心がける。
やはり昨日よりは楽だ。敏捷と頑丈を上げたせいだろうか。
これがどこまで続くかだが、流石にボスと遭遇はないと信じたい。
死ぬまでにせめて女の子と会話させろコラァ!
現実逃避しながら走っていると小さな音が聞こえてきた。
矢印もそっちを示している。これは――水音だ。川が近い。
竜の咆哮とかじゃなくてよかった!おっとフラグになるな。取り消し取り消し。
ぶつぶつ呟いてるとすぐに川が見つかった。
あとは下流へ川に沿って走るだけだな。
あの圧力とあの子が出会いませんように、と祈りつつひたすらに駆ける。
そして、視界が開けた。
……河原で魔神が寝転んでいたのは見なかったことにしたい。
スカートならともかくジーンズの長ズボンなんて色気のかけらもねぇ。
「パンパカパーン。おめでとうございマス、脱出ミッション炎のチャレンジャークリアデス!」
はぁ、はぁ。寝転びながら叫ぶな。
炎ってなんだよ。いつから燃やされてたんだ。
声でつっこむのも苦しくて心で叫ぶ。
「初期イベントとして素敵な出逢い……の予定デシタガ。ザンネンデスネー」
おねーさんいたの?!くっ、心から悔やまれる。
あれか、異世界の初遭遇イベントを逃したのか。ヒロイン候補みたかったぜ……
「ルート分岐で条件満たせなかったので男クサーイルートに突入ナノデス」
「勘弁してくれ…ッ」
魂を振り絞って叫ぶ。ぜぇ、ぜぇ。だ、大丈夫だ。
街にいけば種族よりどりみどりで出会いが俺を待ってるんだ…っ。
そんな俺を魔神はニヤニヤ見上げてくる。くそっ、蹴り飛ばしてぇ。
だが身体が言うことを聞かなかった。
「ミッションクリアのご褒美にコレアゲマス。街入るための身分ショウメイショー」
おお?こいつにしては随分真っ当な褒美だな。
野宿セットだったら殺意の波動に目覚めてた自信がある。
「街入るためだけのシーンとか面倒デスし誰得デシタ」
「監視する前提かよ!」
「おっとワタクシとしたコトガ。ではサヨウナラ~♪」
そのままどろんと煙に巻かれて消え去った。
ちくしょう色々聞く前に逃げられた。
よく見ると消えた場所に何か落ちてる。それがきっと証明書ってヤツだ。
しかし時代劇なのかファンタジーなのかはっきりしろよな。
この様子だとニンジャナイトとか出できても驚かんぞ。
それから更に数分、ようやく呼吸を整えた俺は証明書らしきものを拾う。
白い金属に赤い文字が掘りこんである。
見たこともない文字だったが頭に意味として入ってきたのですんなり読めた。
自動翻訳さまさま、だな。
で、真ん中まで読んだところでフリーズ。
名前:アツシ・チェスター
種族:人間 性別:男 年齢:17
特徴:魔法使い 童貞
皇帝バウアーの名において皇都所属を証明す
「童貞バカにすんなちくしょう!!」
この日一番の絶叫が木霊した。
思わず証明書を叩きつけたくなったがなくすと大変なことになりそうなので自重した。
ゲームのコントローラだったら間違いなく壊してるな。ジャンピング踏み付けの刑かもしれん。
てか童貞って情報いらんよね!?魔法使いの意味が別にとられそうに書くなよ!!
修正しようにも刻み込まれてるし魔法かかってるらしく傷一つつかないしで諦めた。
川から吹く風は冷たいぜ、ううっ。
その後、川に沿って歩けば街はあっさり見つかり。
モンスターもほぼ遭遇することなく門へ無事到達できた。
若い兵士らしき門番に証明書を見せたら生温い視線で許可されたのは忘れよう。
これが異世界にきて初めて出会った人だというのに、この仕打ち……。
俺は何かの涙をこらえて宿の確保へと動くのであった。
◆ ◆ ◆
門で紹介された宿は黒狼と鳩亭という名だった。冒険者ギルドの先らしい。
北門から大通りを真っ直ぐ歩く。見たこともない光景に驚きっぱなしの俺。
周りからみたらおのぼりさん丸出しだろう。亜人っぽい人とか見すぎないよう押さえるのが大変だ。
あ、今ネコミミさんいた!イヌミミもいるよねこれ絶対!おっと。
当然女性のチェックも怠らない。パッと見ただけでも平均レベルはかなり高い気がする。
異世界の出会いに期待が膨らむ。ぐふふ、俺のモテモテ計画はここから始まるのだ…!
なんて妄想してる間に目立つところにある冒険者ギルドの前に着く。
ギルドは屋根と扉が赤い大きな建物だった。わかりやすい。
今はスルーして左手の小さな道へ入って進むと黒地に赤字の看板があった。
どことなく厨ニセンスを感じる。黒狼だもんな。
向かいに武器屋らしき看板が見えたので拠点としてはかなり便利そうだ。
「すみません、宿を取りたいのですけど」
押し扉を開き中へ入る。猫かぶってるわけじゃない。俺は基本礼儀正しい人間なのだ。
あの魔神につっこみどころが多すぎるだけ。敬語でツッコミなんてやってられんよな。
「おう、客か。駆け出しか?ギルド所属なら1泊朝夕飯つきで銀貨5枚、じゃなければ7枚だ」
真っ黒に日焼けしたオヤジさんが笑顔で声をかけてくれた。この人が黒狼か。がっかりなんてしてないぞ、多分。
オヤジさんの口の動きと日本語が明らかにあってないのは自動翻訳の効果ってところだろうな。
「ギルドはこれから登録に行きます。先に部屋だけ確保、ってできますか?」
「かまわねぇ。そこの宿帳に名前書いてくれ。10日以上泊まるなら一泊4枚になるから覚えとくといいぜ」
礼を述べると名前を書……こうとして気付いた。日本語しか書けないけどこれどうなるんだ。
試しに日本語書くと光って見慣れない文字に変わっていく。ちょっとビビる。
周囲を見ると誰も気にしていない。俺の目にだけ見えるみたいだ。やべぇ、自動翻訳便利すぎる。
「アツシか。ギルドは大通りを北にいきゃすぐ見つかるだろよ。夕飯は6時から8時までに食べてくれ。合図が2時間ごとに鳴るから忘れるなよ。朝も6時から8時までだ」
「合図、って何のことです?」
意味が判らなかったので訊ねるとニヤリとされた。不安だ。あいつが創った世界だからな。
「ポッポー、だ」
「……は?」
「だからポッポーって鳴るんだよ。魔法の鐘がな。午前中はコッコー。鳴き声1回で2時間。コッコーが3連続で聞こえたら朝の6時、ポッポーが3回聞こえたら夜の6時って寸法だ」
わけがわからないよ。
「日付がかわる時だけちゃんとした鐘が鳴らされる。この国じゃ大きな都市全部同じ仕組みだからよ、ちゃんと覚えておけ」
最初に決めた責任者でてこい! って多分あいつなんだろうな。眩暈がする。
「鐘が鳴らされるのは朝の4時から夜の8時までだ。宿を引き払う時は朝8時までに部屋でてくれよ」
ふらふらしつつ頷くとオヤジさんは奥に戻っていった。部屋の鍵はお金払ってからになるんだろう。
力なく扉を押して外へ出る。これから毎日コッコーとポッポーを聞くわけか。異世界パネェ。
「てかこういう時は宿屋の看板娘とかでてもいいんじゃねぇかな!」
きっと聞いてる魔神にグチりつつ冒険者ギルドへ向かう。
ここまで言葉をかわした異世界の女性の数、ゼロ。
綺麗なお姉さんぷらいすれす。
――ギルドの受付はきっとお姉さんだよな!!!
心で絶叫する俺であった。