第1話 森の迷子 [改]
2016/1/31 更新
微かに赤みがかった空。橙混じりの白い雲。
木々の梢、その隙間から漏れる陽の光。
地球と言われても違和感がない光景。
うん、樹に顔がついてなければな。
模様だったら動かないよな。
あれか、トレントというヤツか?人面樹?
そんなのが俺の目の前に1本。いや1匹。
俺はちょっぴり思い返してみる。
あの見習い――いやクソッタレ魔神見習いに落とされた後。
気がついたら森の中に寝転んでいた。
異世界に来たかどうかも判らない。
とにかく現状を把握しようと周囲を見渡したら…
目があった。なんというか、大きな樹に墨で眼を書いたらああなったという感じ。
ご丁寧に鼻と口までついてる。ついてるけど、起伏はない。
これだけ見てもあの魔神見習いの手抜きっぷりが判るというものだ。
せめて鼻くらい突起にしてやれよ!明らかに空間の無い口開けられても困るんだが!
なんて悠長につっこんでばかりもいられない。
ゲームの世界を考えてみよう。トレントなり人面樹、と言われるような樹はいつ登場するか。
大抵中盤だ。序盤に出るかもしれないがそう大きくはないはず。
間違っても一番最初に出会う敵ではない。
対して俺は自分のステータスや装備すら確認できていない。
迂闊にこの顔から視線を逸らせないためだ。
どうするアツシ。チワワみたいな可愛い相手だったらよかったのに。
深呼吸をする。すうはーすうはー。お腹で吸うのが本当の深呼吸と聞いたこともあるな。
まあどっちでもいい。いつ逃げるか、どこに向けて逃げるかを確認しなければならない。
今でこそにらみ合っているがここに別のモンスターが来れば終わりだろう。
相手がこの人面樹だけなら何とか逃げれそうな気はする。
後ろから枝に刺されるのもイヤなので、ジグザグな動きを心がけよう。
対戦型ロボットゲームでは定番のテクのはず。よく知らないけどな!
問題は方向だ。全く見当がつかない。せめて川でも見つかればいいのだが。
耳を澄ませても川のせせらぎのような音は聞こえない。ギターの音も聞こえない。
森の奥に逃げ込んだら洒落にならん。切り株で判るのは方角だっけ。
でも方角判っても森の出口とは違うからな。
突破口があるとすればスキルだろう。
ステータス見てないから何とも言えないが、初期ボーナスはあるはずだ。
それでスキルを取り何とか人のいる方向が判ればそちらに逃げればいい。
必要スキルポイントが滅茶苦茶高くなければ。
そう思うものの……動けない。
人の住んでいる方向が判るスキル。そんなものあるのか、ということだ。
定番の気配察知や方向感覚は違うと思う。
該当しても取り立てスキルで望めるべくもない。
野生の勘、といった幸運系補助スキルがいいのだろうか。
ええいままよ、とスキル獲得とかなんとか発言しようとしたその時。
人面樹の背後に突如として両手に抱えるほどの白い板が浮かぶ。
黒い文字が書かれて、読むと『まわれ右』。
「……何やってやがるあの見習い」
そう呟くと文字が変化した。
『急げば綺麗なおねーさんに出会えるかも?』
「イエッサー!」
俺はターンすると駆け出した。
生きていてこんなに本気で走ったことはないだろう。
振り返った拍子に辺りの景色が目に入るが、森というより林か。
奇妙な形の樹が乱立しているが間隔は広く、草も走る邪魔にならない程度。
「おねーさん、今いきますよ!!」
19年モテナイ男の願いをこめた叫びは異世界の大地へ吸い込まれていくのであった。
そして約十分後。
「……であえませんでしたァァァ」
なんだか道中、矢印が浮かんでたのでそれに従い懸命に走ったのだが。
見えた小屋っぽい建物、両手を広げて転がり込んだが誰もいなかった……。
「最初ちょっと考え込んでたのが敗因デスネー」
息を切らせて倒れこむ俺にどこからか声が届く。
悔しいが言葉にする余裕などあるはずもない。心臓の音がやたら大きく聞こえる。
もっとサッカー同好会で走りこんでおくのだった。ちくしょう。
どれくらい床の感触を顔で味わっていたか。
息が多少整ったところで起き上がる。
薄暗い小屋の中を見渡すと小さな窓と扉らしきものがあった。
窓は扉のすぐ横。入り口と対角線の隅に質素なベッド。
中央にテーブル1つに椅子が2つ、壁には弓だの斧だのが掛けてある。
狩人の小屋だろうか?
「綺麗なお姉さんが住んでるようには見えないな」
少々恨みをこめて呟くとまたも魔神見習いの声だけが聞こえる。
「せっかク開ケテおいてあげたのニー」
「こんなことなら閉まってて欲しかった」
開いて欲しいのは希望の扉だけだ。
異世界デビュー初日、さっそく絶望を味わった俺だが。
こうして腰を下ろしていると色々と考えることができる。夜まではまだ時間もありそうだ。
落ち着くことは大事だな。まあ人様の小屋に勝手に上がりこんでるわけだが。
緊急事態だから仕方がないということで。
ベッドを使わないところに遠慮を感じて欲しい。
決してお姉さんの匂いを妄想したりなんか……。
多少余裕ができたところで強い喉の渇きを覚えた。汗も相当かいている。
これまたのんびりしてられないようだが、今しばらく我慢しかなさそうだ
そのうちにアイツ、魔神見習い……長いので魔神としよう。
あやつの姿が見えないということは、こちらに積極的に関わる意志はなさそうだ。有難い。
死んだ後、天界っぽい何かの調子だと『魔神とゆく異世界道中』になっちゃうからな。
次に接触してきたときに色々聞き出そう。そのためにも現状確認だ。
「どうすればいいんだ。えーと。ステータス……か?」
寝転がりながらステータス、って声に出したら目の前に文字が浮かんできた。
よくRPGで見るようなステータス画面だ。背景色なのか若干青みがかっている。
それに白色。今はいいが外ではかなり見辛い気がする。
目を閉じたら瞼の裏に出てきたのでよしとするが。
これ戦闘中とかキツいな。GMもとい魔神に要望か……頭が痛くなる。
「さてさて、どうなってるやら」
確認できたものは以下の通り。
名前:アツシ・チェスター
性別:男 種族:人間
レベル:0 NEXT:0/500
職業:当たり屋LV1
HP:67/67
MP:26/52
装備: 武器/ナイフ 防具/布の服 装飾:皮のベルト
筋力:15
敏捷:15
器用:15
魔力:15
精神:15
頑丈:15
知力:15
集中:15
魅力:1
幸運:25
所持金:200Y
ポイント:20
所持スキル:かばうLV1 ツッコミLV5
所持魔法:なし
特殊能力:LVUP必要経験値固定(3ケタ) 獲得スキルポイント上昇(大) 上限撤廃 病気無効 自動翻訳
「魅力1って喧嘩売ってんのかぁぁぁぁ!!」
またも叫んでしまった。
そりゃモテなかったけどよ。1ってのはあんまりじゃねぇの?ぐすん。
ポイント20つっこめば魅力101か。いやいや、落ち着け俺。
それにしてもツッコミのLV高いな。そういうキャラじゃないはずなんだが。
そもそもスキルにする必要性は全く無い。まさかツッコミでダメージ上乗せできんのか?
能力も多すぎる気がする。知力と魔力の違いが気になるし、集中とは。
これがしっかりした神様ならいいのだが、何せあの魔神だからな。。
能力増やせば管理の手間一気に増えてバランス調整難しくなるのに。
いや俺も昔能力12種類のTRPGとか自作したけど。若さ故の過ちであった。
……と、1人でツッコミいれてるときりが無い。現状は現状で受け入れて、と。
今すべきはステと装備の確認、スキルや能力の獲得だ。
事前の説明によればポイント1で能力5アップ。スキルはスキル毎に異なる。
スキルのレベルアップには獲得時の必要ポイント+現スキルレベル、という計算らしい。
かばうもツッコミも獲得ポイントが1として、かばうをLV2にするには1+1の2・ツッコミをLV6にするには1+5の6必要という計算だ。
獲得の為のポイントが大きいやつはレベルアップも大変、という訳だな。
しかしLV倍されるよりは非常に楽に思う。早く他人のレベルを知りたいところだ。
20ポイントをいかに有効に使うかが非常に重要になりそうだ。
試しにHPやMPを増やしてみるか。……ってどうすんだこれ。タッチパネル方式か?
HPという文字を触ったらポン、という効果音が聞こえた。しかし反応はない。
筋力に触れると右にUP,DOWNと出る。UPで数字が5上昇、ポイントが1減少。
DOWNは逆だが元の数値以上には減らせないようだ。
で、だ。どうもHPとMPの数字を見てると能力と連動しているようだ。そこから計算すると
HP:頑丈×3+筋力+敏捷×0.5
MP:精神×2+魔力+知力×0.5
となっている。集中と知力が死にステ街道まっしぐらに見えるが気のせいか。
まあ頑丈と精神は防御にも関わりそうだし、適当に振ればいいだろう。
魅力が関わってなくてよかった……本当に。
生産にどのステが関わるかも気になるが後で考えるとする。
実際作れるようになってからじゃないと判断しようもないしな。
次はスキルについて。実はかなり楽しみだったりする。
ゲームで計画たててる時が一番楽しかったりするからだ。
俺の生産チート計画の第一歩が今から始まる。当面は戦闘優先としても考えておいて損は無いッ。
てなわけで必要ポイントは……
ふむふむ、基本的なスキルは大抵1ポイントで取得できそうだ。
魔法関連は2とか3か。治癒魔法は4でちょい高コストだな。LVは5くらいから中堅になるのか?
これも人の様子を見るしかないな。さて、生産はと。
……鍛冶や細工で取得に5、ときたか。付与とか錬金とか凄そうなやつは10もある。
これは入念な調査が必要だな。市場の一般的なレベルを確かめるまでは下手に取れん。
となると他者のステータス確認できるスキルは必須だな。
鑑定だかステータス確認だか知らないが、とっとと取得してしまおう。
どのみち最初にとる予定だったしな。まあせいぜい5ポイントもあればとれるだろう。
………なんて思ってた時期がぼくにもありました。
「スキル 鑑定:必要ポイント50 ってなんだこれはぁぁぁぁぁっ?!」
桁が1つ違ったよ姉さん。あのクソッタレがニヤリと笑っている気がする。
「ぬふふ、気付きマシタネお代官様……!」
と思ったら本当に笑ってやがったよ。ちくしょう。
というか目の前に突然現れないでください。心臓がドクンと言ったよ、違う意味で。
「鑑定でクエスト楽勝、なんてそう簡単にやらせはせんのデス!ヤラセハセンゾォ!」
「だからその台詞言いたかっただけだろてめぇ!まあ確かにチートスキルだとは思うが……」
「50ポイントで取れるだけマシだと思ってクダサイ。欲しいなら特典で取るべきだったのデスヨ」
「むう……」
否定はできなかった。チートスキルと思いつつ簡単に取れると見越してスルーしたのは事実だ。
他のヤバそうなスキルは100とか200だしな。後からポイントで取れるのも凄いけど。
なんだよ死亡無効:必要ポイント2000って。生産補正(特):500には心惹かれるものがあるが。
「フフ、望めば努力次第デ全てを得られルのがこの世界の魅力なのでス」
「いやどんなゲームでも不死なんてスキルそうそう取れないだろ」
即死無効とか条件付ならあるけどな。無条件だと怖くてとる気も起きん。
「ああ見える、ワタシには見えるのでス。アツシが不死の波動に目覚める未来ガッ」
「だから色々混ぜんな!……って消えやがった。何だよ一体」
おちょくりに来ただけだろう。創造神、いや創造魔神か。フットワーク軽すぎである。
ともあれ計画を大幅に修正しなければならない。
予定では鑑定スキルで採取系のクエストついでに敵を見定めてレベルアップ、のはずだった。
しかし鑑定なしでは厳しいだろう。探索系スキルもしっかりとる必要がある。
「ちょいと甘すぎたか。レベルアップでポイントどれだけ貰えるか調べないとな」
ポイント次第では初期20ポイントだけ振るだけ振り、あとは鑑定とるまで我慢という手もある。
初期振りの後おいおい考えていこう。何せ水と食糧確保しなきゃならないからな。
今何時か判らないが日没までに動かないとマズいだろう。
できれば村なり街なりに移動したいが難しいかもしれない。ここで泊まれそうなだけマシとしよう。
この小屋の主人が帰ってきて放り出されなければ、だが。見る限り生活感は無い。
装備も軽く確認。といっても茶色っぽい長ズボンにややベージュがかった白い長袖シャツ。
これで寒くないのだから気候は比較的温暖なのかもしれない。
下着はちゃんとあるようだ、よかった。着心地も悪くない。
腰に手をまわしたらベルトがあり皮袋とナイフが括られていた。
皮袋には銀貨が20枚。ステの所持金から考えるに銀貨1枚10Yってことだな。
Yって単位が気になるが。エンだったりしたら逆に混乱しそうで怖い。
皮袋は水筒代わりにもなりそうだ。てか今使えそうなのがこれしかない。
他、目にするたびにつっこみたくなる色々からは目を逸らした。
もう俺の残ツッコミパワーはゼロなんだよ。
なんて考えてたら眠くなってきたな。MPも減ってることだし軽く一眠りするか。
HPあがりそうなステだけ少し振って。よし。
起きたら外でて魔法試して水飲むんだ……おやすみ、異世界。
お気に入り登録ありがとうございます。自分の作品を好きだという方がいらっしゃるととても嬉しいですね。ただコメディ成分ばかりとはいかず鬱成分も時々混じります。気になる方はご注意ください。基本的に明るい話の予定です