仮14話 祭の後
おでれぇーた。
こいつぁべらぼうにおどれぇーた。
魔神ひきずって宿に戻ったらとんでもないことになっていた。
てやんでい口調になったのも仕方ないというものだ。
昨日から今日にかけて俺がいないこの街で何があったか。
―――空からお金が降ってきた、らしい。
「宿の鍵?ガハハ、それどころじゃなかったからな。オメェも必死で集めたクチだろよ?」
そう笑い飛ばすのは宿の親父。かつて黒狼と呼ばれた冒険者(推定)である。
昔鍛えたのか黒光りするガタイはやけにいい。こういう宿にぴったりだろう。
かく言うオヤジも業務ほったらかして外ではしゃいで女将さんに半殺しにされたとか。
奥さんいたのか。そっちの方がびっくりだ。
「とにかくお祭状態だったからな。昨日今日は宿代もタダにしてらぁ。生きててよかったな!」
軽々しくそんな台詞使わないでもらいたい。魔神相手にしてたら乱れうちなのは当然だけど。
しかし神様達の修正パワーすげぇよ。
俺がこの街にいなかったことなんてどうでもいい状態にするとは。
街のあちこちがボロボロなのもそのせいだろう。
お金降ってきたらそりゃ争って飛びつくわな。
もっとも、そのお金がどこからでてきたかは想像すると楽しくなるけど。
だって神様が人間のお金もってるわけないだろ?
どこかで悪いことして溜め込んだ人間の蔵から盛大に放り出した気がする。
魔神に宴会芸させられてる神様達だしな……まっとうなお金じゃないと思うぜ。
本命は悪徳神官といったところか。いつか聞いてみよう。
ともかく、空からお金祭のおかげで何のペナルティもなく宿に引き続き泊まれることに。
稼いでない分の宿代タダってのがデカい。
神様達には感謝感謝。もうちょっとこいつの面倒みますと念じておいた。
ちなみに魔神はまだブツブツ言ってる。やれやれ。
◆ ◆ ◆
お祭でも夕食にさほど変化はなかった。
サラダがちょこんとついてるくらい。
まあ宿代タダだしな。食堂もいつもよりかなり混んでる。
みんな浮ついてるせいか魔神に誰も注目してないけど。
というか見えてないっぽいな。どういう理屈かは調べる気も起きん。
ぺちぺち。
隣に座らせた魔神のほっぺを軽く叩いてやる。
うにゅーとかもわーとかいう反応。
……楽しいかも。
ぺちっ。ぺちぺちっ。ぺちぺちん。
「ぶーっ、私アツシサンの楽器じゃナイノデス」
お、ようやく生き返った。
「いいからメシ食うぞ」
「ファーイ」
見えてないけど料理は2人分でてきた。宿代も払わなくていいんだろうな。
ちょっとだけ羨ましくなった。
「……マズくないデスケド美味しくもナイのデス」
「値段の割には上等だと思うぜ。まあたまにゃ庶民の味もいいだろ」
「むー」
文句言いながらも勢いよく食べてるのでほっとする。
それにしてもえらく元気がないな。
迷惑かけないのはいいんだが世界に悪影響ないかという心配が。
元気でも元気じゃなくても何か起こる、というのはキツいな。
そう考えるとちょっと、ほんのちょっぴり可哀相にも思えてくる。
「なんだか知らんが元気だせって」
頭にぽむ、と手をのせてみた。
「にゃー」
……予想外すぎる反応がかえってきた。な、なにが起きた。
とりあえず頭なでておこう。ネコ演じてるしな。
なでなで。
「っておい、部屋までついてきてどうする」
部屋に戻ってもまだ魔神が後ろにいた。
いくら女扱いしてないとはいえ、なんだか連れ込んでるようで気まずい。
「ネコなので気にしないでクダサイ」
「精霊神にコンボ決めて土下座させるネコがどこにいる」
「アレはワタシの孫みたいなモノデスシー」
駄目だこりゃ。帰る気が全くなさそうだ。
説得は早々に諦めて部屋に滑り込む。
まあ安眠妨害されなきゃ構わん。
……と思いたかったが服脱いで身体を拭く間は外に出てくれんかね。
「俺が洗濯して身体拭くときは目隠しするか部屋出ろよ」
「ウヒヒ、いいじゃナイデスカ、減るモノじゃないデス」
そこは"よいでないかよいではないか"だろとか思ったが声にはださない。
「汚いものまで見る必要もねぇだろ。それにしたって、何か用事でもあんのか?」
「いえ、別ニ」
「はぁ……シルティの方がいいんじゃねぇのかよ?」
まったく解らん。ここまで俺に絡むのは初めてだ。
しかも理由とか目的が見当もつかないし。
首をひねっていると小さな呟きが返ってきた。
「……そんなにお邪魔デスカ?」
「おう?いや別に、悪いことでもないけどよ。ここにいる理由が判らん」
「ボーッとシたかったのデス」
「ぼーっとねぇ……」
考えても無駄のようだ。そう判断するといつも通りの就寝準備をはじめる。
大切なのは洗濯だ。替えがあれば宿で洗濯してくれるらしいがまだ予備がない。
そう言ったら桶を貸してくれたのでそこに魔法で水を張る。
あとは脱いでジャブジャブ。下着も……って今日はマズいか。
あちらに視線を向けるとこっちをガン見してやがった。
「……見すぎだろ。はい、目隠しか部屋から出るか好きなほう選べ」
「おおう、念願の目隠しプレイ初体験デスネ」
語弊がありすぎる言い回しだろ。
溜息つくとタオルを手に近づく。生活雑貨一式に2枚入ってた。
するとちょっと慌てたように手を振っている。
「ひぃ?ま、マダ心の準備ガー」
「ええい、年貢の納め時じゃ」
「ソ、ソウじゃなくッテデスネ。一つ提案がゴザイマシテ」
「申し開きがあるなら聞いてやろう」
気分は江戸北町奉行である。
「お洗濯、ヒジョーニ便利な魔法がアルのデス。教える代わりに1つオ願イガありましテ」
「ほほう。してそちの願いとはなんじゃ、申せ」
こいつの魔法だったら本当に便利だろうけど。
どうにもろくな願いじゃない気がする。
しばらくの沈黙後、小さな声で―――
「………ギューッとしてクダサイ」
……は?
今俺の顔をみたらさぞかし間抜けな面構えになってることだろう。
予想外も予想外、はるかにナナメ上のお願いだった。
「え?え?ちょ、ちょっと待て。ギューってあのギュー?」
何言ってるんだ俺は。ギューって牛じゃないよな、ギュウだよな。
いやギュウが牛だか。特戦隊がつくやつはどうだっけ。
「ソウデス。ホラ、いつもシルティにやってあげてるじゃナイデスカ」
「い、いや、あれは子犬に対する人間の愛情表現であってですね?」
思わず敬語になったが自分でも何いってるのか判らん。
シルティ?シルティと関係あるのかギュウ?
「シルティはよくてワタシはダメなんデスカ……」
「だ、ダメってわけじゃねぇ。そう。ただ、その、シルティは子供だし狼だしメスだけど女の子じゃなくってだね?」
「友達、なんでショウ?」
「……え?」
友達、と言ったその顔があまりにも真剣だった。
なにか酷く思いつめたような。
混乱だの羞恥心だのが180度まわっていつもの俺側へ戻ってくる。
「ギュウってしてもらってるトキのシルティ、とっても幸せそうデシタ」
「………」
「ワタシもギュウってしてもらエバ、幸せ気分になれるカナーナンテ」
「幸せ……か」
よく判らん。が、俺の知ってるような理由とは違う気がする。
男女のどうたら、という甘いものではなさそうだ。
そう思ったとたんに俺の思考がクリアになっていく。
よく考えたらこいつを女扱いしてるじゃないか。おかしいよな。
「……ダメ、デスカ?」
友人としてのギュウ、となると話が違ってくる。
こんな顔して聞かれたらイヤとは言えないだろう。
例えその相手がお気楽自己中世界破滅型創造魔神だとしても。
……言っててなんだがほんとこの世界、よく滅びずにすんでるな。
あとは俺がどう思えるか、か……。
「ちょっと考えさせろ。どのみち服着るまではダメだからな」
時間稼ぎに洗濯終わるまで待て、と言ったつもりだった。
下着は後にしても服着たいしな。
「お洗濯終わればイイのデスネ?ワタシにお任せアレー!」
「ってま、マテ?!」
うん、こいつの性格と力忘れていたぜ。
部屋の中が光ったと思うと、桶の中に俺の服だけが残されていた。
デニムにTシャツ。明らかに新品同様の輝きを放っている。
外しておいたベルトに部屋に置きっぱなしのジャケットまで。
「サービスで下着もオニューにしておきマシタ、うふふ」
着ていたトランクスも綺麗になっていた。
すげぇ。素直に脱帽である。
創造神パワーつくづく便利だな。
じゃなくってだ。
「考える時間くれって言ったのに」
「コノ魔法と引き換えならオヤスイモノじゃゴザイマセンカ、オニーサン」
マジか。この魔法教えてくれんのか。
心がかなり揺さぶられた。これあったら野宿でも洗濯不要じゃないか。
毎日現代文明の偉大さを感じていたところだったからな……
「うぐぐ、なんと汚い」
「シカモお代がこんな美少女をギューってスルだなんて、もう買うしかアリマセンネ!」
自分で美少女って言うな。いや外見だけはほんとにいいけどよ。
「でもお高いんじゃありませんの?」
押しきられそうなのでなんとか反撃を試みる。
通販番組を見た回数なら負けんぞ。伊達に通販に弱い家族の一員やってねぇ!
「んふふ、ところがドッコイ。今ならおまけもつけてなんとギュウ10回!」
「増えすぎだろゴラァ!」
すぱこーん。
お約束を外されたところで思わず物理ツッコミをいれてしまう。
ギュウが単位ってのもどうかと思うが。
「アイタタタ……ふっ、コノおまけを見てモですカ?」
頭押さえつつ魔神がぱちっと指を鳴らす。
するとなんということでしょう、服を入れた桶の横に―――
「風呂だとぉぉぉっ?!」
どでーん、と立派な浴槽が現れていた。ほかほか昇る湯煙。
日本でもワンルームにあるような風呂じゃねぇ。
ちょっと高級なマンションにあるような、ゆったりめの足を伸ばせる浴槽だ。
材質はわからないが安物プラスチックじゃないのは判る。
成金趣味とはいかずセレブ感を醸し出すよい品なのは一目で理解。
「うふふ。ドウシマシタ、さっきと眼が違いますヨー?」
「ぬ、ぬぉぉぉぉ……」
攻守逆転である。
風呂。俺が異世界へ来てほんのり抱いた甘い夢。
日本人で食いつかないものがいるだろうか。いやいまい!
「コノ立派なお風呂も魔法で扱えチャウノデス。シャワーもツイテキマス!」
もうやめて、俺の抵抗力はゼロよ。
フラフラとお風呂にすがりつく俺。
「さらにサラニ、もひとつオマケに快適浴槽セット召喚もつけマシテ……お値段、ギュー12回。12回のチョーお買い得デスヨ!」
「2回増やしてんじゃねぇ!」
すぱこーん。
ツッコミ忘れなかった俺えらい。
しかし快適浴槽セットを見ると唸らずにはいられなかった。
シャンプーにリンス、洗いタオルにバスタオル。それに4枚刃の髭剃りにジェル。
どころか整髪料に櫛、ドライヤーらしきものまで見えてるじゃないか。
これだけで魔法として売れまっせあんさん。鏡は風呂備え付けなのかな。かな。
「ウウ、痛いのデス……でもオキャクサーン、これで2回ならお買い得でショ?」
ニヤリと笑いかけられた。足元みられまくりだぜ……
「そのセット、補充とかはどうすんだ」
「ご心配ナーク。ワタシのセレクトでちょろまk……拾って補充しておきマース」
どこから見ても犯罪です。
こりゃ自分でどうにかすることを将来考えた方がいいな。
化粧品メーカーだろうし、化粧品作製魔法とかあるのか?
調合で作る気にはならんな絶対。
髭剃りは刃物だしなんとかなるだろ。ダイヤコーティングとかは無理だけど。
「よし……買った!」
こうして俺は何かと引き換えに生活魔法LV5・風呂魔法LV7を覚えたのであった。
ってレベルたけぇよ!魔法で一番レベル高いのがギューで購入した風呂魔法って悲しすぎる。
大切なものを失ったような……もうピュアなあの頃には戻れないんだぜ……
「ではサッソク、初回のギュー1回支払いを要求するのデス♪」
満面の笑み。こちらに拒否権はないって判ってるもんな。
「わ、判った。しかし心の準備が必要であってな……」
女免疫ゼロの俺にゃ高すぎるハードルだ。
「モー、意気地ナシサン」
「ちょ、ちょっと待てったら」
渋るというより右往左往している俺の腕をとるとガッチリホールドしてきた。
やわらかくてあたたかい。
これだけで意識がどうにかなりそうだ。
「ホラ、これじゃギューじゃないのデス。腕に力こめるのデス」
「うううっ」
そっと腕をまわすと想像以上に魔神の身体はほっそりしている。
日本で悪友と肩叩きあったりもしたが、男の身体と何かが根本的に違う。
力をいれすぎたら壊れそうな、そんな雰囲気。
もちろん頭では相手が魔神だから全力でも問題ないと判っているのだが。
「もっとギューっとお願いしマス」
「こ、こうか……?」
……――――――。
初めて女の子の身体を抱きしめた感動は言葉に尽くせないだろう。
いや、女じゃないけど。煩悩退散煩悩退散煩悩退散……
俺の腰が引け気味なのは見なかったことにしてもらいたい。
それから何分たった頃だろう。
お互い沈黙を保っていた。
俺は色々な葛藤で喋る余裕が無かったとも言う。
魔神の様子を窺うことはできないが、腕の中でじっとしていたのは確かだ。
幸せな気分とやらに浸れているのだろうか。
ようやく相手に気をまわせる程に落ち着いてきた俺が耳を澄ませば―――
「くう……すー……」
寝息をたててやがった。
ええい、どうしてくれようぞ。
とはいえ叩き起こすのは何だかな。
しかしこのまま枕になったら俺の方がヤバい。
無理に腰を離していたせいでメキメキ言ってやがる。
それに理性もマッハでピンチの予感。
恋人同士ならきっと素敵な起こし方でもあるんだろうな。
生憎、そんな関係でもなければなる予定もない。
俺は静かに片腕を離し自由にさせると―――
すぱこーん!
今日一番の勢いで頭を叩いてやったのだった。
(つづく)
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書きだめは残り数話です。