悪人だらけの仮面舞踏会
きらめくシャンデリア、静かに流れる音楽。
美しい衣装に身を包んだ紳士、淑女たち。
今宵も仮面舞踏会が始まろうとしていた。
思い思いの豪華な仮面をつけた面々は、今宵の戯れのお相手を品定めしている。さあ、今夜の恋の駆け引きの始まりだ。
華やかな人々の中でも、特に衆目を集めているのは一人のご婦人だ。
すらりとした肢体、艶やかで絹のような髪、白く滑らかな肌。
仮面で隠されているが、整った顔立ちをしているように見える。
すっと通った鼻筋、赤く形の良い唇。
ワインレッドのドレスが大人っぽい彼女を引き立てている。
仮面を取れば、誰もが目を奪われる美女に違いない。
「最初のダンスはぜひ私と!」
「いや、私が先だ」
彼女を取り巻いていた男たちが争い始める。
それを横目に、にっこり笑って言う。
「夜は長いのですもの。皆様全員と踊りますわ。
ですから順番なんてつまらないことで揉めないでくださいね」
鈴を転がすような声も、心地よい。
男たちは皆彼女に心を奪われた。
「では、私と踊っていただけますか?」
若い男が手を差し出した。
黒髪を後ろで一つにまとめ、髪色に合わせたのか、黒い衣装を着ている。
あまり身分が高くないのか、衣装は他の参加者に比べて質素だった。
背が高く、たくましい体つきで、野性的な感じがする。
「喜んで。ダンスはお得意? 私のことは、イザベラと呼んでくださいね」
「残念ながら、あまりダンスは得意ではありませんが、あなたに恥をかかせるようなことはしませんよ。お、……私のことは、どうぞヴァルターとお呼びください」
二人は、フロアでダンスをしている人々の中に入っていく。
彼の言葉どおり、ダンスはそれほどうまくはないが、下手でもなかった。
ダンスが終わると、イザベラとヴァルターは、庭へ出ていった。
それを数人の男たちが妬ましそうに見ている。
あわよくば自分がと思っていたのに、先を越されて悔しそうだ。
しばらくすると、イザベラが一人で戻ってきた。
あぶれていた男たちは、ほっとした様子だった。
次は自分が、とまた男たちが群がる。
「イザベラ、どうぞ私と踊っていただけませんか」
今度は、少し中性的な優男が声をかける。
薄い茶色の髪を後ろで一つにまとめ、先ほどの男よりは質の良い服を着ている。
少々派手だが、なかなか良い趣味だ。
線が細く、若い女性が喜びそうなタイプ。
イザベラは彼の手を取り、またフロアに立った。
「ダンスがお上手ですのね。お名前をうかがっても?」
「ロバートと呼んでください。
先ほどの男性はどうされたのですか?」
「外に出て、夜風にあたったせいかしら。具合が悪くなって、お帰りになりましたわ」
「それは、気の毒に。丈夫そうに見えたのに、意外ですね。
私でしたら、どんなに体調が悪くとも、あなたのそばを離れたりしませんよ。
こうして踊れるチャンスを逃すなんて、もったいない」
「あらあら、たかがダンスですのに。お体の方が大事ですわ」
ころころと笑う姿も魅惑的だ。
周りの男たちは、ダンスをしているイザベラから目が離せない。
「心配してくださるのですか。嬉しいですね。
……そういえば少し飲みすぎたかもしれない。
少し奥の休憩室で休みませんか?」
イザベラとロバートは、ダンスが終わると舞踏場を抜け出し、奥の休憩室へ向かった。多くの男たちの嫉妬の視線を浴びながら。
やがてしばらくすると、再びイザベラだけが戻ってきた。
イザベラを気にしていた男たちは、安堵する。
このまま休憩室で一夜を過ごすのではないかと、気をもんでいたのだ。
さっきの男は本当に具合が悪かったのだろうと皆、納得した。
「今度こそ私と踊ってくれるかな?」
身分がありそうな中年の男が、近づいてきた。着ている物も上等で、立ち居振る舞いも貴族のものだ。
金髪で、仮面からのぞく瞳の色は青い。典型的な貴族の風貌だ。
「光栄ですわ。高い身分の貴族の方に誘われるとは」
「アリステアと呼んでほしい。あなたのことは、何と呼べばいい?」
「イザベラとお呼びください」
そう言って、微笑むイザベラにアリステアの目はくぎ付けである。
さすがに高位の貴族なのであろう、アリステアのダンスは上手かった。
会場の人々のため息を誘う。
会場中から羨望のまなざしを向けられながら、アリステアはイザベラに尋ねる。
「この後の予定がなければ、送っていくが、どうかな?
最近は切り裂き魔とやらが出るから、ご婦人が一人で帰るのは心配だ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、送っていただきたいわ」
イザベラとアリステアは皆の視線を受けながら、舞踏会場を後にした。
馬車は夜道を進み、貴族たちの住む高級住宅街へと向かっていた。
馬車の中からくぐもった声が聞こえたが、御者は何も聞かなかったことにする。
貴族のお楽しみの邪魔をしてはいけない。暗黙の了解だ。
やがて馬車は、貴族街の外れのイザベラの屋敷に着いた。
するすると魔法のように門が開き、馬車は車寄せに止まった。
馬車から降りてきたイザベラに一人の男が襲いかかった。
手にはナイフを持っている。
近頃世間を騒がせている切り裂き魔だろうか。
「ずいぶん男を侍らせて、ご機嫌だったな。俺はそういうあばずれが大嫌いなんだよ!」
そう言ってナイフでイザベラの体を刺そうとする。
しかしイザベラは男の攻撃を難なくかわし、ドレスの隙間から取り出した短剣で男の喉を切り裂いた。
「舞踏会場から馬車の後ろに取りついてきたのね。きっと噂の切り裂き魔か何かでしょう。
トーマス、これを片づけてちょうだい。車寄せが汚れてしまったわ。
綺麗にしておいてね
あと、舞踏会場の庭と休憩室に死体があるの。それも片づけておいてくれる?」
イザベラは、何事もなかったように執事のトーマスの開けた入り口から玄関ホールへと入っていった。
馬車は今度はアリステアの屋敷に帰って行く。
後部座席には、アリステアが眠っている。
御者はそれを確認すると、何も見なかったことにして馬車を走らせた。
命が惜しいので。
***
少し時間をさかのぼる。
仮面舞踏会場でのことだ。
イザベラと庭に出たヴァルターは、上手く事が運んだことにほくそ笑んでいた。
イザベラの高価そうな宝石のネックレス、そろいのイヤリング、
どちらも売ればかなりの金額になりそうだ。
ヴァルターは、ポケットに忍ばせた薬の瓶を確かめた。
これで眠らせ、その隙に宝石を盗み取る。
簡単な仕事だ。庭には人影もない。
さて、仕事にかかろうと思ったその時、いきなりイザベラが首にかみついてきた。
「な、なんだ……どうして……」
小さな叫びは誰にも届かない。
ヴァルターの意識はだんだんと遠のいていった。
***
それからしばらくたった頃、ロバートはイザベラと休憩室にいた。
休憩室の中には、二人きりだ。
こうした休憩室は、仮面舞踏会で知り合った男女の逢い引きに使われることがある。
そのためベッドのように大きいソファーも置かれていた。
ロバートはしめしめと思いながら、さりげなくイザベラの手を握る。
「よかったら、今度私の知り合いの投資家に会ってみない?
必ず利益が出る投資を紹介してくれるんだ」
「でも……大丈夫かしら? 必ず儲かる投資なんて……」
「大丈夫。私の友達だから。次の仮面舞踏会で紹介するよ」
やがてロバートはイザベラの肩を抱き、押し倒そうとした。
そのとき、イザベラに首をかまれた。
「え? なんで?」
訳がわからずにいるうち、意識がなくなってくる。
そのままソファーに倒れ込んでいった。
イザベラは、上品に口元を拭い、部屋に鍵をかけて出ていった。
***
さらにまたしばらくして、イザベラを送り届ける馬車の中のこと。
「よかったら私の愛人にならないか? そうすれば宝石やドレス、いろいろ買ってあげられるよ。どうかな? 考えてみてくれないか?」
「まあ、素敵なお話ですこと。でも私、自分が囲われるより、囲う方が好きですの。残念でしたわね」
「そう言わずに……本当はパトロンを探していたんだろう? もったいぶらずに大人しく愛人になればいい」
アリステアはイザベラに抱きつく。
が、首に違和感がする。痛みが襲ってきて、イザベラから離れようとするが、
すさまじい力で押さえつけられた。
首からはどんどん血が吸われていく。だんだん気が遠くなってきた。
「なぜだ? お前は誰なんだ?」
イザベラは口元を拭い、にっこり笑って言う。
「通りすがりの吸血鬼よ。おいしい血をごちそうさま。
あなただけは眷属にしてあげる。言ったでしょ?
囲われるより、囲う方が好きだって」
***
「仮面舞踏会は、なかなか良い狩場だったわ。少しほとぼりが冷めたら
別の会場にも行ってみようかしら。アリステアは眷属にしたから、パートナーとして一緒に行くのも良いわね」
イザベラは、妖艶に微笑み、次の獲物に思いを馳せるのだった。




