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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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悪人だらけの仮面舞踏会

作者: 山田裕子
掲載日:2026/10/20

 きらめくシャンデリア、静かに流れる音楽。

美しい衣装に身を包んだ紳士、淑女たち。

今宵も仮面舞踏会が始まろうとしていた。

思い思いの豪華な仮面をつけた面々は、今宵の戯れのお相手を品定めしている。さあ、今夜の恋の駆け引きの始まりだ。


 華やかな人々の中でも、特に衆目を集めているのは一人のご婦人だ。

すらりとした肢体、艶やかで絹のような髪、白く滑らかな肌。

仮面で隠されているが、整った顔立ちをしているように見える。

すっと通った鼻筋、赤く形の良い唇。

ワインレッドのドレスが大人っぽい彼女を引き立てている。

仮面を取れば、誰もが目を奪われる美女に違いない。


「最初のダンスはぜひ私と!」


「いや、私が先だ」


 彼女を取り巻いていた男たちが争い始める。

それを横目に、にっこり笑って言う。


「夜は長いのですもの。皆様全員と踊りますわ。

ですから順番なんてつまらないことで揉めないでくださいね」


 鈴を転がすような声も、心地よい。

男たちは皆彼女に心を奪われた。


「では、私と踊っていただけますか?」


 若い男が手を差し出した。

黒髪を後ろで一つにまとめ、髪色に合わせたのか、黒い衣装を着ている。

あまり身分が高くないのか、衣装は他の参加者に比べて質素だった。

背が高く、たくましい体つきで、野性的な感じがする。


「喜んで。ダンスはお得意? 私のことは、イザベラと呼んでくださいね」


「残念ながら、あまりダンスは得意ではありませんが、あなたに恥をかかせるようなことはしませんよ。お、……私のことは、どうぞヴァルターとお呼びください」


 二人は、フロアでダンスをしている人々の中に入っていく。

 彼の言葉どおり、ダンスはそれほどうまくはないが、下手でもなかった。

ダンスが終わると、イザベラとヴァルターは、庭へ出ていった。

それを数人の男たちが妬ましそうに見ている。

あわよくば自分がと思っていたのに、先を越されて悔しそうだ。

しばらくすると、イザベラが一人で戻ってきた。

あぶれていた男たちは、ほっとした様子だった。

次は自分が、とまた男たちが群がる。


「イザベラ、どうぞ私と踊っていただけませんか」


 今度は、少し中性的な優男が声をかける。

薄い茶色の髪を後ろで一つにまとめ、先ほどの男よりは質の良い服を着ている。

少々派手だが、なかなか良い趣味だ。

線が細く、若い女性が喜びそうなタイプ。

イザベラは彼の手を取り、またフロアに立った。


「ダンスがお上手ですのね。お名前をうかがっても?」


「ロバートと呼んでください。

先ほどの男性はどうされたのですか?」


「外に出て、夜風にあたったせいかしら。具合が悪くなって、お帰りになりましたわ」


「それは、気の毒に。丈夫そうに見えたのに、意外ですね。

私でしたら、どんなに体調が悪くとも、あなたのそばを離れたりしませんよ。

こうして踊れるチャンスを逃すなんて、もったいない」


「あらあら、たかがダンスですのに。お体の方が大事ですわ」


ころころと笑う姿も魅惑的だ。

周りの男たちは、ダンスをしているイザベラから目が離せない。


「心配してくださるのですか。嬉しいですね。

……そういえば少し飲みすぎたかもしれない。

少し奥の休憩室で休みませんか?」


 イザベラとロバートは、ダンスが終わると舞踏場を抜け出し、奥の休憩室へ向かった。多くの男たちの嫉妬の視線を浴びながら。


 やがてしばらくすると、再びイザベラだけが戻ってきた。

イザベラを気にしていた男たちは、安堵する。

このまま休憩室で一夜を過ごすのではないかと、気をもんでいたのだ。

さっきの男は本当に具合が悪かったのだろうと皆、納得した。


「今度こそ私と踊ってくれるかな?」


 身分がありそうな中年の男が、近づいてきた。着ている物も上等で、立ち居振る舞いも貴族のものだ。

金髪で、仮面からのぞく瞳の色は青い。典型的な貴族の風貌だ。


「光栄ですわ。高い身分の貴族の方に誘われるとは」


「アリステアと呼んでほしい。あなたのことは、何と呼べばいい?」


「イザベラとお呼びください」


 そう言って、微笑むイザベラにアリステアの目はくぎ付けである。

さすがに高位の貴族なのであろう、アリステアのダンスは上手かった。

会場の人々のため息を誘う。

会場中から羨望のまなざしを向けられながら、アリステアはイザベラに尋ねる。


「この後の予定がなければ、送っていくが、どうかな?

最近は切り裂き魔とやらが出るから、ご婦人が一人で帰るのは心配だ」


「ありがとうございます。お言葉に甘えて、送っていただきたいわ」


 イザベラとアリステアは皆の視線を受けながら、舞踏会場を後にした。

馬車は夜道を進み、貴族たちの住む高級住宅街へと向かっていた。

馬車の中からくぐもった声が聞こえたが、御者は何も聞かなかったことにする。

貴族のお楽しみの邪魔をしてはいけない。暗黙の了解だ。


 やがて馬車は、貴族街の外れのイザベラの屋敷に着いた。

するすると魔法のように門が開き、馬車は車寄せに止まった。

馬車から降りてきたイザベラに一人の男が襲いかかった。

手にはナイフを持っている。

近頃世間を騒がせている切り裂き魔だろうか。


「ずいぶん男を侍らせて、ご機嫌だったな。俺はそういうあばずれが大嫌いなんだよ!」


 そう言ってナイフでイザベラの体を刺そうとする。

しかしイザベラは男の攻撃を難なくかわし、ドレスの隙間から取り出した短剣で男の喉を切り裂いた。


「舞踏会場から馬車の後ろに取りついてきたのね。きっと噂の切り裂き魔か何かでしょう。

トーマス、これを片づけてちょうだい。車寄せが汚れてしまったわ。

綺麗にしておいてね

あと、舞踏会場の庭と休憩室に死体があるの。それも片づけておいてくれる?」


 イザベラは、何事もなかったように執事のトーマスの開けた入り口から玄関ホールへと入っていった。

馬車は今度はアリステアの屋敷に帰って行く。

後部座席には、アリステアが眠っている。

御者はそれを確認すると、何も見なかったことにして馬車を走らせた。

命が惜しいので。


               ***


 少し時間をさかのぼる。

仮面舞踏会場でのことだ。

イザベラと庭に出たヴァルターは、上手く事が運んだことにほくそ笑んでいた。

イザベラの高価そうな宝石のネックレス、そろいのイヤリング、

どちらも売ればかなりの金額になりそうだ。

ヴァルターは、ポケットに忍ばせた薬の瓶を確かめた。

これで眠らせ、その隙に宝石を盗み取る。

簡単な仕事だ。庭には人影もない。

さて、仕事にかかろうと思ったその時、いきなりイザベラが首にかみついてきた。


「な、なんだ……どうして……」


 小さな叫びは誰にも届かない。

ヴァルターの意識はだんだんと遠のいていった。


               ***


 それからしばらくたった頃、ロバートはイザベラと休憩室にいた。

休憩室の中には、二人きりだ。

こうした休憩室は、仮面舞踏会で知り合った男女の逢い引きに使われることがある。

そのためベッドのように大きいソファーも置かれていた。

ロバートはしめしめと思いながら、さりげなくイザベラの手を握る。


「よかったら、今度私の知り合いの投資家に会ってみない?

必ず利益が出る投資を紹介してくれるんだ」


「でも……大丈夫かしら? 必ず儲かる投資なんて……」


「大丈夫。私の友達だから。次の仮面舞踏会で紹介するよ」


やがてロバートはイザベラの肩を抱き、押し倒そうとした。

そのとき、イザベラに首をかまれた。


「え? なんで?」


訳がわからずにいるうち、意識がなくなってくる。

そのままソファーに倒れ込んでいった。

イザベラは、上品に口元を拭い、部屋に鍵をかけて出ていった。


               ***


さらにまたしばらくして、イザベラを送り届ける馬車の中のこと。


「よかったら私の愛人にならないか? そうすれば宝石やドレス、いろいろ買ってあげられるよ。どうかな? 考えてみてくれないか?」


「まあ、素敵なお話ですこと。でも私、自分が囲われるより、囲う方が好きですの。残念でしたわね」


「そう言わずに……本当はパトロンを探していたんだろう? もったいぶらずに大人しく愛人になればいい」


 アリステアはイザベラに抱きつく。

が、首に違和感がする。痛みが襲ってきて、イザベラから離れようとするが、

すさまじい力で押さえつけられた。

首からはどんどん血が吸われていく。だんだん気が遠くなってきた。


「なぜだ? お前は誰なんだ?」


イザベラは口元を拭い、にっこり笑って言う。


「通りすがりの吸血鬼よ。おいしい血をごちそうさま。

あなただけは眷属にしてあげる。言ったでしょ?

囲われるより、囲う方が好きだって」


             ***


 「仮面舞踏会は、なかなか良い狩場だったわ。少しほとぼりが冷めたら

別の会場にも行ってみようかしら。アリステアは眷属にしたから、パートナーとして一緒に行くのも良いわね」


 イザベラは、妖艶に微笑み、次の獲物に思いを馳せるのだった。


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