第26話「黒い花の異形」
午後の授業は自習。
ゆえにこの時間、普段以上の生徒の往来が見える。
いつもなら気にもとめないが、先ほどの進路面談もあってか、目に映るだけでもわずらわしく感じた。
今こうしてすれ違う生徒の頭の中では、どのような未来が描かれているのか。
1年生のときならともかく、将来を見据えて未来を切り拓こうとしてもいい時期だ。
今までにない、唐突な置いてけぼり感がリーネットの心を覆った。
「……あーヤダヤダ。なんかスカッとすることしねえとな」
怪能の持ち主を探そうにも手がかりはない。
もういっそのこと気晴らしに、誰かに因縁を吹っかけて喧嘩でもしようと考えたときだった。
曲がり角のほうで生徒たちのざわめきが聞こえだす。
「おい、この花って……」
「黒いし気持ち悪いし、なんか大きくなってない?」
「うわ、もぞもぞ動いたっ!」
「でも妙だぞ? 魔力を感じない。これは一体なんなんだ?」
群がる生徒たちをかき分けて、リーネットが前へ出た。
木のすぐそばに咲いていた例の黒い花。
それが30センチメートル大の大きさになっていた。
開いていた花弁は閉じて蕾となり、本当に動いている。
まるで卵だ。もしそうなら、『なにか』が生まれようとしている。
「お、おい、お前危ないぞ!」
「うるせえ黙ってろ」
「アナタ、リーネットさんよね? なにか知ってるの?」
「さぁね。生まれてこのかた、花には縁がないもんで」
「だったら、お前みてぇな落ちこぼれが出張る場面じゃねえ。オイ、聞いてんのか? すっこんで────」
しびれを切らした男子生徒のひとりがリーネットの肩を強く掴む。
だが、ビクともしなかった。
気怠げにしゃがみ込む姿勢で蕾に目を凝らすリーネット。
うしろから引かれようともその体幹を崩さなかった。
「な、なにっ」
「おい、いつまで触ってんだよ」
「え?」
「セクハラかぁ? なんならここで乳も揉んどくか? おぉ?」
「ぁ、いや……」
リーネットの静かな睨みにすごまれ、男子生徒は手を離して後退りしてしまう。
彼女の発言で微妙な空気が流れそうになったが、すぐに一変した。
男子生徒のすぐ横で、わなわなと震えながら花のほうを生徒が指をさしている。
気がついた生徒から徐々に顔色が変わっていった。
ベチャ、ベチャ
ベチャベチャ、ベチャ……
粘っこい不快な音。
リーネットが振り返ると、例の花は別物に変化していた。
────否、それは蕾より生まれ出でた。
長い髪を垂れ流すように俯き、佇む少女だ。
白い花弁を羽衣のようにまとい、腕は4本というある種の神秘を感じさせる。
だが顔面に至っては、蠅に近い昆虫めいた異形のそれ。
口に当たる部分で、触手や牙が妙にリアルで細やかな動きをしている。
おぞましい生命の現れに、誰もが現実を忘れた。
その隙をつき、異形の少女は瞬間移動めいた動きで音もなく生徒のひとりに襲い掛かった。
「オラァアッ!!」
リーネットの裂帛の叫びと同時に轟く炸裂音。
渾身の力を込めた拳がバネによって伸び、大きな弧を描きながら見事顔面にブチ当たったのだ。
全員が気づいたときには、すでに戦闘は終わっていた。
亡骸は痙攣し、やがて動かなくなっていく。
その周りに恐る恐る生徒たちが近づいた。
「な、なんなんだコイツ」
「これって、人なの?」
「バカ! 人なわけねえだろ! 魔物だ魔物!」
「いや、でも魔物だったらそういう気配がするはずだし……」
「まさか、新手の生物兵器とか?」
「んな映画みたいなことあるか!」
「いんや、あり得るかもしれねえ」
リーネットがまた割って入り、その亡骸の傍にしゃがみ込む。
異形よりもリーネットに一同はドン引きした。
手で掴み、覗き込み、いじってみて。
その姿に吐き気を催す者も現れた。
「お、オイ、生物兵器があり得るってどういうことだよ」
「黒い花には近づくなってことだよ」
できれば残さず焼き払いたい。
しかし焼き払ってどうにかなるものなのか。
そもそもこれは燃えるのか。
あれこれ考えた結果、シンプルなことをひとつ。
怪能は動き始めている。
すでにこの学院は、持ち主の術中にはまっているということだ。
特定の人間を狙ったものではなく、あきらかに無作為。
それが一番性質が悪い。
「ホラ教師とか、学院治安部とかなんとか、いただろ。そいつらに頼めよ」
「あ、あぁ!」
「あの、リーネットさんはどうするの?」
「ちょっと見て回るわ」
「見て回るってひとりでか!? オイ危険だぞ……あぁ、行っちまった」
「は、速いっ!?」
「あ、アイツあんなに動けたっけ?」
1年生のころよりリーネットを知る者もいたので、今の彼女はあまりにも特出し過ぎていた。
お礼を言いそびれたが、あの化け物に反応できたのは、彼女だけだったのだから。
しかし今はとのことで、生徒たちは教師や学院治安部へ報告を急いだ。
そしてリーネットはその間にもう1体撃破した。
幸い周囲に人はおらず、生まれそうになった瞬間に頭部を破壊。
迅速な対応ができたものの、謎が残るままで気分が悪かった。
「けっ、ほかの花もヤベエことになってそうだな。カプノスはなにしてんだ」
ぶつくさ言いながら校庭を歩くと、クレーターで地面がえぐれているのを見つける。
その正面には、ルヴィアがいた。
「おお、アンタも害虫駆除か」
「変なモノが生まれそうだったので始末しました」
「それが正解。そこまで強くねえが速い動きで襲ってくる」
「あらそう。ならもっと駆除しないと。私たちだけじゃキリがない」
「そうさなぁ……────あ?」
ある方向を見て固まるリーネットに、ルヴィアは怪訝な顔を浮かべる。
「どうかしたんですか?」
「あそこ……ほら、咲いてる」
「……咲いてますね。それが?」
「今朝はあそこでメシ食ったんだ。賞味期限ギリギリのパンをよぉ」
「それがなんなんです?」
「あんなところに咲いてなかった」
「見逃したのでは?」
「一輪のお花ってぇんなら、ありうる。アタシは花に興味ねえからな。────《《でもあんなに咲いてたらすぐにでもわかる》》!!」
指さした先には花畑と言えるほどに黒い花が咲き誇っていた。
「じゃあ、なんで?」
「わからねえ。無限湧きってやつじゃねえかコレ」
「じゃあやっても意味がないじゃないですか!」
「大元をブッ飛ばすしかねえってことだろう。とりあえずあれ全部グシャッとしてくれやルヴィアさんよ」
「言われなくても」
黒い花畑は一瞬にして滅茶苦茶になった。
これだけの数のあの化け物が生まれたらと思うと、さすがのリーネットもゾッとした。
いや、食欲が失せた。
「おう、ラナフィー引っ張り出してこようぜ!」
「来るとは思いませんが」
「ダメもとで行きゃあいいんだよ!」
「まったくもう」
リーネットとルヴィアは見かけた黒い花や生まれた異形を撃破しつつ、寮へと向かった。




