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第25話「進路相談」

「で、全力で逃げてきたってわけか」


「はい」


「バカがよ!」


「だってわたしのこと見えてたんだぞ!? 怖いよ! ホラー展開だよ!」


「オメェが言うなよ。でも、確か聞いたことあるな。左目が魔眼になってんだっけ? もしかしたらそのせいかもな」


「魔眼かぁ。くっ、嗅ぎまわられるかなぁ。そうだろうなあ。嫌だなぁ。探偵ってそういうところあるよね。いやらしいっていうか」


「しばらくは引きこもる?」


「いや、こっちもこっちで動かなきゃならない」


「なんかあったのか?」


「次の怪能だ。今度は花だよ。黒い花」


「花ぁ? 植物系か」


「う~ん、でもあの花自体に大したパワーはないんだ」


「わけわかんねえ。でもよ。植物ってんなら、そことはまた違う場所に生えてそうだな」


「もういくつか見つけてるよ。とは言えそれで周囲の環境を変化させてるわけでもない。花の怪異はいくつか知っているが、その侵蝕速度は大抵かなりヤバいんだ。でもあれは……」


「咲いてるだけか? なんだぁそれ? やる気あんのか」


「どちらにしても、怪能の持ち主を見つけられればいいんだが」


「ハハハ、しばらくはおっかなびっくり動かなきゃな」


「他人事だと思って……ところで、もうそろそろ時間じゃないかい?」


「あぁそうだな。こんなことで午後の授業削んなくてもいいのによぉ」


「そういう取り決めなんだろう? いいじゃあないか。2年生の進路相談」


「よくねえよ。こんな早い時期にやるか? アタシの神聖なサボり時間を台無しにしやがって」


「じゃあサボれば?」


「そういうわけにもいかねえの。これまでサボったの義父オヤジに報告されると、あとあとやかましい」


「身から出た錆だね。頑張ってくれ」


「おう、それまではルヴィアとかラナフィーこき使え」


「ラナフィーねぇ。彼女、今引きこもってるんだろ? 君にボコボコにされたから」


「優しく撫でてやっただけだよ。じゃあねん」


 リーネットがこの古い準備室から出た。

 実質ここには誰もいないことになるのだろうか。


 しかし、もしも今この場にあの魔導探偵が現れたらと思うと、胸がざわざわとする。

 カプノスはため息交じりにイスにもたれかかった。


(それにしてもラナフィーを、あれほどの怪能を単独撃破するとは。聞いた感じ、ラナフィーを凌ぐほどの戦い方を見せたらしいな。そう、胆力とセンス、どれをとっても特化している)


 ルヴィアのような復讐心もなければ、ラナフィーのような悪意もない。

 リーネットはあまりに無邪気過ぎるのだ。


 《《初めからリーネットが化け物であるかのように見えてしまう》》。

 彼女の正体、その答えを握っているのが────。


(気は進まないが、またロベリアと話をしてみるべきかな。花のこともあるし)


 リーネットを恐ろしいと感じてしまう自分がいる。

 それは信頼の瓦解に繋がりかねない。


 克服しなくてはならない感情だ。

 しかし強くなればなるほどに、力に魅了されていくのが人間の性というもの。

 それが余計に猜疑心を加速させる。


 ────リーネットは怪能を手放さないのではないか。


 そんな考えを振り払うように重い腰を上げて、ロベリアのほうへ向かっていった。

 時を同じくして、リーネットは呼び出しとともに一室へ入る。


「おう、ここ最近はお前とは何度も出会うな」


「お互い運命の赤い糸って柄じゃなさそうだけどな」


「自覚があるようで嬉しいよ。コミュニケーションの第一歩が踏み出せそうだ」


「2分で終わらそう。そうすりゃセンセーの仕事も減る」


「遠慮するな。お前とは話したいと思ってたんだ」


「……アタシはねえよ」


「将来を見据えるのがそんなにイヤか?」


 終始面倒くさそうにするリーネットをよそに、教師はさらに続ける。


「魔術を扱う学び舎だと、留年生は珍しい話じゃない。だが、お前はきっとそうしないんだろうな」


「……」


「留年した奴が中退することも珍しくない。本人のプライドややる気、あとは学費の問題だな」


「面白くねえ話だな」


「だろ?」


「じゃあ楽しいほうがいい」


「ならよく聞け。俺はな、お前のそのバネに変わる力に可能性を感じてる。でも、肝心のお前がやる気ないんじゃ意味がない。お前は魔術はもちろん他の教科もからっきしだ。正直今からどうにもならん」


「後半で怒涛のように責めやがって……」


「だからこそ、己の長所を見極めて、キチンと進路を決めるべきだと言ってるんだ。魔術だけが人生じゃない」


「名門の魔導教員がそんなこと言っていいのかよ」


「いいんだよ。……ご両親に、どう説明するつもりなんだ?」


「知らねえ」


 しばらくの沈黙。

 そっぽを向くリーネットにどう言葉を投げかけるべきか迷う。


「お前が養子というのは知ってるし、ご両親がお前をここに入れた理由も知ってる」


「恩知らずのガキ拾っちまって、あっちもうんざりしてるだろうさ」


「でもどうあれ、お前は自分が幸せになれるように模索しなくちゃならない」


「今が幸せ絶好調さ。ご心配なく」


「刹那主義もいいが心にモヤを抱え続けると、いつかとんでもないストレスになって跳ね返ってくるぞ」


「怖いねえ」


「リーネット、将来に目星がつかん自分を責める必要はない。だが、忘れるな。お前にだって幸せを求める権利や、なにかをやりたいって目標を持つ権利はあるんだ。つまり、魔導士やその関連の仕事につかなくても道は開けられる。その道を進むことは、まったく不正解じゃない」


「……」


「ご両親が反対するかも、か?」


「どうせあれやこれや言ってくるさ」


「言うだろうな。神がいたとて、それは避けられない」


「ふぅん」


「しかし驚いたな。お前でも親を怖がったりするのか」


「誰が怖がるか。面倒くさいだけだよ。……なんだ? センセーもアタシを恩知らずって? 親に育ててもらった恩をナントカって言うんだろ? 大金出してここに入れてもらった恩をどうとか言うんだろ?」


 ここで初めて教員に向かって敵意を見せた。

 なんならバネ化した腕で殴り飛ばすつもりでもあった。


 しかし、教員の反応は違った。


「恩、かぁ。そうだな。よし、まずはそこから解決しよう」


「は?」


「俺がお前に言えるのはこうだ。親に恩を返したくないなら、返さなくていい」


 リーネットはポカンとし、敵意すらどこかへ消えた。


「ただ、仇では返すな。ご両親には、『なにもしない』でいい。それが最適解だ」


「どういうことだよ」


「色々考えすぎないで、ただ自分が幸せになる道を歩めと言うことだ。幸せになったとき、ご両親がもしもそこに寄ってきて幸せを分けてくれって言ってきたらな、こう言ってやれ。『お前らに渡す幸せはない。帰れ!』ってな!」


 そう言って目の前の教員は豪快に笑った。


「教育者失格って言われないか?」


「かもな。大炎上モノだよ。気に障ったか?」


「……いいや、口当たりのいい能書き聞くよかずっとマシだ」


 リーネットは立ち上がる。

 教員は止めなかった。


「来週までは待っててやる。なんか、決めてみろ」


「約束はしないからな」


 教室を出ようとしたとき、リーネットはさっきのことを思い出した。


「そうだセンセー。この学院にさ、黒い花が咲いてるっぽいんだけど、知らない?」


「あぁ、見たことあるよ。気味が悪いし、さっさと取っ払ってほしいもんだが」


「……もしもなんか異常があったらさ、アンタ、真っ先に逃げろ」


「え? なんて?」


「二度も言わねえ」


 小首をかしげる教員を置いて、リーネットは再び歩き出した。

 怪能の持ち主を見つけなくてはならない。

 次なる戦いへの道を────。

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