第24話「魔眼ペルセポネ」
「お兄ちゃんお帰り!」
「おお、エヴァか」
昼食を食べに食堂へ行こうとしていたときだった。
1年生の背の小さい少女がパタパタとアダムスカのほうへとやってくる。
エヴァンヒルデ。
アダムスカの妹だ。
「大丈夫だよ。わかってる。今回の事件、必ずボクが解決する」
「いや、出会い頭にそんな挨拶ある!? そうじゃなくってぇ!」
「なんだよ。味噌ラーメン食べれなくなっちゃうだろ」
「だったら食堂で話そ?」
「オッケー。たまにはふたりで食事もいいだろう」
食堂についてから兄妹水入らずの時間を過ごした。
魔導探偵とその妹ということで、ほとんどの生徒が気を利かせたのか、席に少しスペースが空く形になった。
「んで、話したいことって言うのは?」
「そんな焦らないでよ~」
「焦ってないよ。別に報告とか聞きたいんじゃないしね。ボクがいない間のちょっとしたことでもいいんだ。そういうのを兄ってのは聞きたいもんなのさ」
「おお、お兄ちゃんにもそういう感性があったんだ。てっきり事件のことばっかりと思ってたよ」
「んなことないさ。妹の話はきっちり聞きたい。ほら、お兄ちゃんになんでも言ってみな。友達のこと? 勉強のこと? 趣味のこと?」
「じゃあ本題に入るけどさ。……また、その」
「なんだよ」
「また事件先で女の人作ったの?」
「言い方ァ!」
ブッと勢いよくラーメンを噴き出した。
「こういう質問もしたくもなるよ。これまでの事件でさ、一体どれだけのお嫁さん候補と彼女候補作ってると思ってるの? しかもそのほとんどが事件の犯人! 皆お兄ちゃんに最後は惚の字!」
「あ、あのなぁ~。そういう話題出すか普通? 仕方ないだろう。謎を解いたら女性ばっかだったんだ」
「いやいやいや、見てよこれ。メモ帳ぎっしりだよ。こないだの女怪盗を入れたら合計────」
「あー、もう終わりにしよう。その話題は終わり。な?」
「うわ、逃げた。いつか背中から刺されちゃうよ?」
「大丈夫だって。お兄ちゃんは強いから」
「私心配になってくるよ……」
「なんでさ」
「……ねぇ、お兄ちゃん。今事件、調べてるんだよね」
「そうだよ。これはきっとボクしか解明できない」
「いつもの勘だね。なにか手がかりとかあるの?」
「序盤でそんなイイモノが得られるとは思ってないさ」
「お兄ちゃんの、魔眼でも?」
エヴァンヒルデは彼の顔を覗き込むように身を乗り出す。
対して目を細めるようにして笑んだ。
「この目はこの世に非ざるものを見ることができる。でも、認識してる情報が少ないと」
「あんまり見えない、だったね」
魔眼の能力を応用して、事件解決に取り組むのがアダムスカのスタイルだ。
魔物や怪異の仕業に見せた、巧妙な魔術的トリック。
魔力を伴わない、一見魔術的に見えた物理的トリック。
持ち前の頭脳と魔眼の力を駆使し、惨劇と謎解きの底に満ちる悪意を暴いてきた。
「一応聞くけどさ。エヴァのほうでもなんか変わったことはなかった?」
「変わったこと? そうだなぁ」
そういえば、と思ったがすぐにやめた。
クラスメイトのラナフィー・スノウドロップが急に休んだ。
しかしきっとこれは事件に関係ないだろうと思った。
「……なんもないね」
「そうか。ならいいんだ。お、そろそろいい時間じゃないか? 次の授業、野外演習だろ?」
「うん」
「準備はできてる?」
「わかってるってば、んもー子供扱いしないで!」
「はいはい、怪我しない程度に頑張るんだぞ」
妹と別れ、アダムスカは食後のコーヒーを楽しんでから食堂を出る。
それからまた廊下を歩いていたときだった。
「あ、やっと見つけた。大変だぜアダムスカ!」
「どうしたの?」
「ちょっと中庭まで来てくれないか!? とんでもねえもんがあるんだ!」
クラスメイトに連れられて、中庭まで急ぐ。
片隅にある小さな花壇のすぐそばに、それはあった。
「────黒い、花?」
「ここ、俺のお気に入りの場所なんだけどよ。間違いない。こんなのは見たことねえ!」
アダムスカはボールペンを取り出し花をつついてみる。
伝わる感触としては、ほかと変わりない植物そのもの。
「ちょっと調べる」
「お、ってことはぁ!」
「あぁ、────ペルセポネを今、解き放つ」
アダムスカの左目がただならぬ気配を帯びる。
魔眼『ペルセポネ』は、この世ならざるものを見るのだ。
(これは本当に植物なのか? 生命の息吹をまったく感じない。それどころか毒性や敵性すらも、ない?)
ペルセポネは長くは行使できない。
限られた中で観察を続ける。
(色はともかく、形状からしてこの地方で咲くような種類ではないな。そう、東の大陸や極東の島国で見られるようなタイプに似てる。今はこんなところだろう)
「どうだアダムスカ。なにかわかったか?」
「今言えることは、花に似てるなにかだね。ただちに害があるわけではなさそうだ。誰かが植えたのかな?」
「まさか。ここへ来るのは限られてる。俺はそいつらと知り合いなんだ。なにか植えるってなったら俺にも情報がくるはずだ。こんな色の花は聞いたことも見たこともないぜ」
「ん~、もしかしたらこれまでの事件と関係があるかもしれない。ここの警戒を頼めるかな?」
「おう、任せとけって」
「ボクはもう少し調査を続けてみるよ」
そう言って踵を返そうとしたときだった。
それは偶然だった。
まだペルセポネの効果が残っていたからこその奇跡なのだろう。
『ありゃりゃ、これはまさしく怪能だな』
クラスメイトには見えない存在とその声。
花壇にしゃがみ込むうすぼんやりとした人型のモヤ。
人型の正体はたまたま居合わせたミスター・カプノスだ。
どうせ誰も自分のことなど見えないだろうと油断しきっていたのを、アダムスカに発見される。
(なんだあれは? 今しゃべったぞ? ボクだけが……見えているのか?)
「……え?」
カプノスのきれいな二度見。
アダムスカが自分を認識していることに気づき、硬直!
そしてアダムスカも動けない!
しばらく見つめあったのち、
────カプノスはダッシュで逃げた。
「あ、ちょ!!」
アダムスカは追いかけるも、ペルセポネの効果が完全に消えてしまい見失った。
これには別の意味で、心臓が早鐘を打つ。
「さっきのは一体……魔力は感じなかった。いや、それどころか、生命の気配も!」
怪異というワードが脳裏をよぎると、背筋に冷たいものを感じる。
超常的な存在が、この学院にいるなど聞いたこともない。
「この事件……まさか本当に怪異の仕業なのか? トリックでもなんでもなく……。いや、落ち着け。まだ断定はできない。しっかりしろ魔導探偵! ボクが解決しなくて、誰が解決するんだ!」
アダムスカは気合を入れ直し、再び調査を開始する。
なんでもいい。とにかく情報が欲しい。
彼は知り合いであるロベリアの元へ行くことにした。




