人類なんて糞だ
残酷な描写があります。苦手な人は退避をお願いします。
「飛び込み自殺があっても、ただ迷惑だと感じるだけの人間に、何を期待しているんだか。人間なんて、テレビで訃報を聞いたあと平気でシコシコできる生き物だろう?」
チャリティー番組を流し見しながら、思わず口から漏れた言葉だった。
画面の中では、涙ながらに募金を呼びかけるタレントや、感動的なBGMに乗せて寄付者の名前が読み上げられている。
まるで世界中が優しさと善意で満ちているかのような編集。
それを観て涙する視聴者。
それら全てが鼻についた。
人間なんて大した生き物じゃない。
醜さを隠すために綺麗な言葉で塗り固め、感動という名の化粧で誤魔化しているだけだ。
人間は綺麗で優しい?
笑わせるな。
本性はもっと泥臭くて、利己的で、都合よく見たいものしか見ない生き物だ。
「くそったれだ。」
そう吐き捨てるように呟き、コンビニの募金箱に、なけなしの千円札を押し込んだ。
世界なんて糞だ。
人間なんて糞だ。
そんな考えだけが胸の中で腐り続けていた。
――なのに。
まさか自分が、禅語なんて綺麗事の固まりみたいな言葉に惹かれる日が来るとは、思いもしなかった。
一人の男がいた。
その者は、人間が築き上げた世界に深い疑問と痛みを抱えていた。
人間は動物を使い、殺し、奪い、支配した。
数えきれぬ命が、人間の便利さや欲のために消えていった。
それでも人間は言った。
「これは当然だ。
私たちは世界の管理者なのだから。」
その言葉を聞き続けた者の心には、やがて怒りが芽生えた。
怒りはやがて絶望に変わり、絶望は冷たい決意となった。
――ならば、管理者を名乗る者こそ裁かれるべきだ。
その者は自らの身体を変え、怪人となった。
人に似ていて、人ではない姿。
心だけが人間のまま、憎しみを宿した存在へと。
やがて怪物は“子”を生み出した。
白く柔らかな毛皮と、赤く光る瞳を持つ小さな怪物たち。
その数はひとつ、またひとつと増え、やがて群れとなった。
怪物たちは街に解き放たれた。
人々は逃げ惑い、叫んだ。
街はたちまち混乱と恐怖に沈んだ。
人間たちは抵抗した。
武器を持ち、怪物に立ち向かった。
しかし、怪物は倒されると同時に爆ぜた。
その爆発は、多くの人間の命を奪った。
怪物は人間だけを喰らった。
世界は徐々に灰色へと変わっていった。
かつて繁栄を誇った都市も、人の声が響いた道も、静まり返った。
怪人となった者は、ひとり荒れ果てた景色の中に立っていた。
胸には空虚、背中には無数の罪。
その者は静かに呟いた。
「僕が生きるために犠牲になった命がある。
豚も、牛も、鶏も、木々や草花も。
彼らは声を上げることもできず、ただ奪われていった。
その報いが返っただけだ。」
しかし、風は答えなかった。
空も沈黙したままだった。
白い影が世界に広がったのは、一瞬のことだった。
ふわりと風に乗り、雪のように舞い、そして気づけば、国境を越え海までも渡っていた。
それは災いであり、変革であり、人々にとっては理解不能な終末の兆しだった。
ある日、僕はひとり寺を訪れた。
鐘の音が薄い霧の中でゆっくりとほどけ、境内には人の気配がほとんどない。
そんな静寂の中、ひとりの僧侶が、古い石段に腰掛け夕日を見ていた。
「人間は醜い。そう思いませんか。」
僕の問いに、僧侶は驚くでもなく、ただゆるやかな表情で目を細めた。
「『行雲流水』という言葉があります。」
彼は淡々と語り始める。
「雲が空を行き、水が流れるように――良いも悪いも、形に執着せず、ただありのまま受け入れて生きよ、という教えです。」
「つまり、僕が人間の悪ばかりに囚われている、と?」
問い返すと、僧侶は細く息を吐き、わずかに笑った。
「人は雲のような存在です。
ある日は柔らかく、青空に溶け込む美しい白。
またある日は黒く濁り、雷を帯び、不安と影を落とす。
けれどどれほど姿を変えようとも、いずれ形は消え、空へ還る。
――憎む必要も、裁く必要もありません。
ただ眺め、過ぎゆくものとして受け止めれば良いのです。」
その言葉は優しく、そしてどこか残酷だった。
「なるほど。」
僕はそう答えると手の中に入れていた怪物をその僧侶に放った。僧侶に背を向けて寺を後にする。背後でバキバキとかみ砕く音がした。
「そうおっしゃるなら、憎まないでくださいね。」
世界は白に染まった。
価値観は覆り、秩序は塗り替えられ、人間が当然と思っていた立場は音もなく崩れていった。
ただ変化だけが、ゆっくりと世界を支配していった。
僧侶の言葉がふと脳裏をかすめる。
――良いも悪いも、執着せず、受け流せ。
もっと早くその言葉に出会っていれば、僕の選択は違っていたのだろうか。
それとも、こうして世界が変わることこそ運命だったのだろうか。
止まらない歯車を見上げながら、僕は空に向かって叫んだ。
「人類よ!もしお前たちが本当にこの世界の管理者だというのなら――
証明してみせろ!」
人の気配が途絶えた街に、その声だけがいつまでも響き渡った。
ある日、テレビが緊迫した声を響かせた。
小惑星が地球へ接近している。衝突すれば、人類どころか地球そのものが壊滅する可能性がある、と。
各国は対策を急ごうとしたが、怪物たちがもたらした混乱により、準備は思うように進んでいなかった。
その報せを聞き、僕は静かに思った。
——人類は滅んでもいい。
しかし、無辜の生き物まで巻き添えにするのは違う。
そう考えた僕は、ひとつの決断を下した。
小惑星が地球へ最も近づく瞬間、僕は大地を蹴った。
その身体は重力を振り切り、炎を纏って大気圏を突破し、やがて宇宙へと飛び出した。
冷たく、音のない宇宙空間の中で、僕は指示を送った。
それは地球全土に散っていた白い怪物たちの意識へ直接響いた。
「ここへ来い。」
瞬く間に怪物たちは空へ昇り、僕のもとへ群れを成して集まってきた。
白い毛皮が星の光を反射し、まるで銀河の断片のように輝いていた。
やがてその群れは小惑星へと取り付き、包み込み、覆い尽くした。
巨大な黒い岩塊は、白い生命体たちに飲み込まれ、形すら見えなくなった。
そして——。
僕は最後の命令を下した。
自戒のプログラムが発動され、無数の怪物たちは光となった。
一斉に爆発し、小惑星は粉々に砕け散った。
破片は軌道を変え、無害な塵となって宇宙に散っていった。
その光景を見届けた僕は、静かに地球を振り返った。
蒼く、美しい惑星。
どれほど醜い争いが繰り返されていようとも、その姿だけは驚くほど清らかだった。
けれど——その美しさに縛られてきた自分が、急に滑稽に思えた。
行雲流水。
ただ流れ、ただ在り、ただ変わる。
善にも悪にも縛られず、ただ存在する生き方。
ゆるやかに姿勢を変え、僕はそのまま宇宙の風ともいえる爆風に身をゆだねた。
重力も、国家も、怒りも、憎しみも、もうどこにもない。
——新しい世界を探しに行こう。
地球で生きるには、あまりにも疲れ果てた。
そう願い、僕は長い長い眠りに落ちていった。
星々が静かに僕を照らしていた。
お読みいただきありがとうございました(*'ω'*)
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




