表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禅語何それ美味しいの?  作者: 夕暮れの家


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/66

二度目の就職

新年ですね。本年もよろしくお願いします。

「やったぁー!」


内定のメールを受け取った瞬間、思わず飛び上がった。子供の頃からゲームばかりしてきた僕にとって、ゲーム業界へ進むのは自然な流れだった。大学で進路を決める時、自分でも一本ゲームを作って公開してみた。ヒットにはほど遠かったが、その経験が内定に繋がったのだと思う。


新人研修を終え、希望していたゲーム開発の部署に配属された。人生は順風満帆、まるで豪華客船で世界一周を楽しむ旅人のような気分だった。


配属後、教育担当の先輩にこう聞かれた。


「アマチュアとプロの違いはどこにあると思う?」


悩んだ末に、クオリティの差だと答えると、先輩は頷き、


「そのクオリティの差を生むのが、このテスト工程だ」


と告げた。


僕はまずテスト工程を覚えるところから始めるらしい。座学を終え、いよいよプロジェクトにテスト要員として参加することになった。しかも国民的タイトルの新作だ。興奮を抑えきれなかった。


与えられた作業は、コントローラーを握りダンジョンの壁にひたすらぶつかること。壁がすり抜けてしまわないか確かめるテストだ。


出社から退社まで延々と壁にぶつかり続ける日々。最初こそ憧れの大作に触れられる嬉しさで全力で壁に体当たりしていたが、やがてぶつかっていたのは“壁”ではなく“現実の自分”だった。


――飽きた。


圧倒的な、料理で例えるなら一年間毎日カレーを食べ続けるような飽きだった。


やっと全ての壁を制覇し、高鳴る鼓動を押さえながら先輩に完了を報告すると「あ、終わった?じゃあ次これね」と淡々と新しい作業を渡された。冷たく感じた。


それでも単純作業に人間は順応する。やがてその日々にも慣れていった。


ある日曜日、久しぶりにゲームでもやろうかという気になった。スイッチを入れ、詰んでいたRPGを起動すると――ふと、この壁はちゃんと通り抜けられない仕様なのだろうか?と気になった。


気づけば壁にぶつかっていた。止まらなかった。結局、そのダンジョンの全ての壁を検証してしまった。


何をしているんだろう。仕事で嫌というほどやったのに、どうしてプライベートでも……。落ち込んだ。


それ以降、仕事で覚えたテストの癖が、プライベートのゲームでも勝手に発動するようになった。テストの悪魔に取り憑かれたかのようだった。純粋にゲームを楽しめなくなったのは、僕にとって致命的だった。


漫画家を目指している友人に相談すると、酒を飲みながらこう言われた。


「それ、職業病だな。俺も漫画を純粋に楽しめなくなった。構図、話の構成、絵……全部が仕事モードで気になって、気分転換にならない」


どうしているのか尋ねると、友人は「ロッククライミングを始めた」と言った。結局は別の趣味を見つけるしかないと。


しかしゲーム一筋だった僕には、他に興味を持てるものが思い浮かばなかった。


プライベートのゲームはどんどんつまらなくなった。仕事を思い出してしまうからだ。休まる暇がなかった。


――このままではいけない。


退職を考えた。僕にとってゲームは“面白いもの”でなければならない。ゲームは僕の人生そのものなのだ。


退職届を手に上司へ相談に行くと、一度だけチャンスをくれと言われた。私と一緒に釣りに行ってくれ、と。


意味がわからなかったが、道具も費用も全て用意してくれるというので行くことにした。辞める負い目もあった。


早朝、日の出前に海辺に到着し、上司と船に乗る。救命具を渡され、帽子を被る。上司は何も語らなかった。


船長に「このポイントは良いよ」と言われ、胸の奥で久しぶりにワクワクが弾けた。餌をつけ、釣り糸を垂らす。手に伝わる「ちょんちょん」という感覚……そして竿を上げると魚がかかった。


――楽しい。


気づけば8匹もアジを釣っていた。最後のポイントで竿を上げるときは、終わってしまうのが少し寂しくなった。帰りの船で、青い空と青い海がやけに鮮明に見えた。


港に戻ると、上司は言った。


「この言葉を覚えてくれ。

百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)(さらに)進一步(いっぽすすむ)』」


もうこれ以上ない、と思える地点からさらに一歩踏み出す。そのとき初めて見える景色がある、と。


「……さらに一歩」


僕は迷いながらも退職届を机にしまい、今のプロジェクトがリリースされるまでは全力を尽くそうと決めた。プライベートのゲームは封印した。


そして迎えたリリース日。僕はいの一番にそのゲームを買ってプレイした。


知っているはずのゲームなのに、知らない世界だった。プレイヤーとして通しで遊ぶのは初めてだ。

楽しかった。贔屓目があるかもしれないが、本当に心から楽しめた。


さまざまなマップを巡るうちに、開発中の出来事が次々と蘇り、まるで思い出の中を旅しているような感覚になった。


エンディングに僕の名前が流れた瞬間、胸に込み上げるものがあった。名前を目に焼き付けた。涙が浮かびそうになった。それほど嬉しかった。


――ずっとこの業界で生きていきたい。


強くそう思った。


百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)(さらに)進一步(いっぽすすむ)


もう無理だと思って一歩踏み出すと、新しい景色が広がる。

今までの景色から離れるのは寂しいけれど、新しい景色も悪くない。


僕は、この会社で働き続けよう。


就職して初めて、心からそう思えた。

今日は僕の二度目の就職の日だ。


祝いにビールでも飲もう。

お読みいただきありがとうございます(*'ω'*)

皆様にとって良い年となりますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ