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禅語何それ美味しいの?  作者: 夕暮れの家


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賢者のモテ術

「モテたい!」


そう叫ぶと、すれ違う人々が驚き、次には怪訝な顔をして僕をにらみ過ぎ去っていく。

夕方の駅前、ビル風が紙くずを巻き上げ、歩行者の足早な足音がコンクリートに響く。

僕の声はその騒音の中に溶け、誰にも拾われず消えていった。


僕は今年で20歳、大学2年生だ。年齢=彼女いない歴だ。僕はなぜかモテてない。なぜかだ!

せっかく有名大学に入ったらモテると思ったのにモテない。なぜだ!


モテを研究するため、世に出回るモテ術の本は、全て読んだといっても過言じゃないだろう。

様々なモテ術を駆使し彼女を侍らす。そんな虚しい妄想ばかりしている。こんなに良い男なのに世の中がおかしい。


しかし、今日僕はモテを極める。

東京の片隅にある喫茶店に来ていた。薄曇りの空、細い路地に並ぶ朽ちた白い壁の建物。

暖色の灯りが漏れる扉の前に立つと、コーヒー豆と木の香りがほのかに漂ってくる。


噂を聞いたのだ。

ここの喫茶店のマスターはモテを極めた賢者であると!


意気揚々と店の中に入る。カランと高い音の鈴がなる。

薄暗い照明、重たい木製カウンター、壁には古いジャズレコードのジャケットが飾られている。

客はまばらで、低いジャズピアノの旋律が店中に流れていた。


カウンターに白髪のおじさんがいた。

ナイスミドルと言わざる負えない雰囲気がある。

背筋がまっすぐで、無駄な動きがなく、ただそこに立っているだけで絵になる。


あの人が賢者か。そう思っていると声をかけられた。


「いらっしゃい。」


耳心地の良い低音が鼓膜を揺らす。軽く挨拶するとカウンターの席に座る。

椅子の軋む音まで落ち着いて聞こえた。


「何にする?」


「じゃ、じゃあブレンドで。」


緊張で声が震えてしまった。

マスターは微笑み、静かに豆を計る。手元の所作が丁寧で、まるで儀式のようだ。

ガリガリと豆を挽く音が耳に心地よく響く。


コーヒーが出てきたタイミングで聞く。コーヒーが出てきたタイミングで聞く。

心の中で唱える。

カウンターには光が柔らかく反射し、湯気がゆらゆらと立ち上る。


鼻腔を燻る香りが静かに立つコーヒーが目の前に置かれた。


「はい、ブレンドね。」


「あの!モテたいです!」


焦って分けわからないことを突然叫ぶ変な奴になってしまった。

マスターは驚くでもなく、ふっと目尻を下げ微笑む。


「私のモテ術は、君には若すぎるよ。」


やんわり断られてしまった。しかし、そこをなんとかと粘る。

今まで自分がどんなに頑張ってきたか、そしてそれが報われなかったかを語りながら、思わず泣きそうになりながら伝えた。


マスターはカップを拭いていた手を止め、困ったような顔をした。


「本当に君にはまだ早いと思うが、では…枯高(ここう)という言葉を知っているかな?」


「孤高ですか?」


「枯れてこそ高いと書いて枯高(ここう)だ。禅語なんだが…。」


僕は首を傾げるだけで理解できないことを示す。

窓の外では車のライトが流れ、薄く映る雨雲が街の明かりを吸い込んでいた。


「年老いた松のように、風雪にさらされながらも威厳ある佇まいを保つ姿をイメージしてよく枯高(ここう)と呼ぶんだ。」


年老いた松を見たことがないのでイメージがわかない。

だがマスターの横顔は、静かで、どこか凛としていた。


「そうだな。つまり、外見の派手さではなく、長く生き抜いたものの内面からにじみ出る落ち着いた魅力のことを言うんだ。」


マスターを見る。白髪は目立つがそれが返って渋く見える。落ち着いた所作と声、確かにと思った。

その横顔には、若さでは到底真似できない時間の重さがあった。


「この境地こそが老いてなおモテる境地だと思っている。若いときは若いモテる方法を探せば良い。しかし、老いると若々しい勢いがなくなる。」


マスターがコーヒーを一口飲みながら続ける。

カップに映る灯りが揺れ、外からは雨音が少しずつ聞こえてきた。


「そうなったときにただ枯れるか、枯れてなお高いかの違いでモテが変わってくる。」


僕は夢中になって一言も零さないようにメモを取った。

手は震え、ページにボールペンの跡が深く刻まれる。


「これは老人のモテ術であり、秘伝なんだよ。若い子に対抗するためのね。」


そういうと茶目っ気たっぷりな笑顔を向けるといった。


「だから若人よ、奪わないでくれ。これは年寄りの特権だ。」


「僕には枯高(ここう)は無理ですか?」


「まだ若いね。素敵な歳の取り方をするといい。そしたらきっとなれる。今は若さを活かした方がいいよ。」


それだけ伝えるとマスターはカップを洗い始めた。

水音が静かに流れ、店内の曲はいつのまにかスローテンポのサックスに変わっていた。


僕は少し冷めてしまったコーヒーを飲む。

苦味が舌に広がり、胸の奥までじんわり温まる。


秘伝を伝授して貰った。しかし、まだ使える技ではなかった。

この技を繰り出すには、必要経験値が足りない。


早く僕も歳をとりたいと切に思った。

外に出ると雨が本降りになり、街灯が滲んで見えた。

お読みいただきありがとうございます(*'ω'*)

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