馬鹿な男のラブソング
「どんな歌がいいだろうか?」
暗い世界で俺は考え続ける。
我が一族には伝統がある。成人したら愛の歌を力の限り歌うのだ。
まだ見ぬ相手へ向けて考える。
まだ見ぬ瞬間を夢に見る。
一族の男として思い悩む日々を過ごした。
俺は馬鹿だから愛の歌を考えるのも辛い。
先達からは頭が悪いなら悪いなりの愛の歌を考えろと言われた。
俺なりの愛の歌…。
今日も俺は悩み続ける。
全ては成人したときに備えて。
そして、運命のときが来た。
明るい世界へ飛び立ち、俺は彼女へ向けて愛の歌を力の限りに歌った。
馬鹿な男の馬鹿な愛の歌。
俺は歌うよ愛の歌を
君に届けと歌い続ける
君はどんな顔をしているだろうか
君はどんな声をしているだろうか
一人じゃない
君は俺と繋がっている
青い空の下で笑っていておくれ
一人じゃない
俺が君を探し当ててやる
星空の下で夢を見てておくれ
俺は歌うよ下手くそな歌を
君が俺に気づくまで歌い続ける
馬鹿な俺にはこれしかできない
一生懸命なラブ・ソング
…そうやって力の限りに歌ってるんだよ。
俺は由美に笑いながら語った。
夕暮れの公園は、茜色に染まった空がゆっくりと落ちていく時間帯で、ベンチの影が長く伸びていた。
子どもたちの声はとっくに消え、代わりに草むらからは夏の夜の気配が滲み出してくる。
「意外と"大好きだ―"しか叫んでないかもよ。」
「それもあるかも。」
由美は肩を揺らしながら小さく笑った。風が吹いて、彼女の髪がほつれた光を受けて揺れる。
「俺好きなんだよね、あいつら。」
「どうして?」
「禅語で『尽生』という言葉があるんだ。」
「じんしょう?」
由美が言葉を繰り返すと、その音が夕闇の中に吸い込まれていく。
空はもう朱から群青へと変わり始め、街灯がひとつ、またひとつ灯り始めた。
「尽す生と書いて尽生。与えられた命を最後まで生き切るって意味なんだ。」
「最後まで生ききるかー。」
由美の声はどこか感心したようで、少しだけしんみりとしていた。
「そんな感じするだろ?」
「するする。」
そういうと二人でけたたましい声に耳を傾ける。
視線には一匹の蝉がいた。
街灯の下、黒い樹皮に必死に爪を立て、羽を震わせながら鳴いている。
全身で、喉でも心臓でも魂でも鳴いているかのような、破れたシャウト。
きっと馬鹿なラブソングを歌っているのだ。
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