僕は世界線ダイバー
僕は引きこもりだ。
昔学校でいじめられて不登校になり、そこから引きこもっている。
社会のレールから逸脱したものだ。
社会は多くの人が幸せになるためのレールを敷いている。
しかし、一度逸脱したものには冷たい。
自己責任という冷たい刃で斬り掛かってくる。
親からお金を貰った。
ボロボロで穴が至る所に空いた部屋着を買い替えて来いとのことだ。
僕は引きこもりだが外出できないわけではない。
もう何年も着回している外出用の服を来て外に出る。
季節は冬、吐いた息が白い。
白い息を見るのはもうどれくらいぶりだろうか?
学生の頃毎日通っていた比較的都会の駅が目的地だ。
駅で切符を買い、印字されている4桁の数字で10を作るゲームをする。
7963。
9÷3=3、6-3=3、7+3で10だ。幸先がいい。
電車を乗り換え目的の駅に着く。もう何百回と来たことがある駅だ。
駅に併設している地下街を通ると道の終わりにヨロバシカメラがある。
その8階にユニクラがある。
地下街を歩く。ここももう何百回も来た道だ。迷うこともなく突き進み終点にたどり着く。
しかし、知らない道が続いておりヨロバシがない。
おかしい。僕はハッとした。
またか…。
僕は実はダイバーである。
世界線ダイバー。
そう呼んでいる。
わかりやすくいうと世界転移である。
同じ現実世界だがどこか少し違う世界に飛んでいくことがある。
世界は頻繁に切り替わっている。世界線を切り替えながら人は生きている。
いつもマウントを取ってくる友人が優しい。
近所を歩いたときに見たことのない木が立っている。
世界は頻繁に切り替わっている。
誰もこの事実に気づかない。いや自分だけなのか世界線を跨いで生きているのは。
熟練の世界線ダイバーの僕は焦らない。
こういうときに唱える呪文があるのだ
随所作主 立処皆真。
禅語で、どこにあっても自分が主となれば、その場所が真実の場となるという意味だ。
つまり、自分を見失わなければいいのだ。
僕は僕だ。
願わくばこの世界線が平和だといい。
以前ヨロバシがあった付近を探す。世界線移動は人に記憶違いかな?と思わせるために些細に行われる。
やっぱりあった。少しずれたとこにヨロバシがあった。
この世界線の人たちにとってはヨロバシは元からここにあったのだろう。
世界線移動で有名な例はオーストラリアの位置だろう。これは一部界隈で記憶と違うと話題になった。皆が気づいてないけど、僕が他に知るのは大阪城だ。大阪城の天守閣の形が違う。
ヨロバシの8階にユニクラはあった。ここは変わらないらしい。
世界線移動で見えて来る差異はいつも細やかだ。ほんの少し違う。
この世界線は僕にとってどんな意味を齎すのだろうか?
前の世界線は散々だった。
目的の物を買い、地下街から外に出てみる。
うーん。思いっきり背伸びをして冷たい冬の息を体の隅々に届くように吸い込む。
明日からまた就職活動を再開してみるか。
この世界線では上手くいくかも知れない。
空を見ればいつも通りの青空がある。雲がドラゴンに見えた。
きっと良いことがある。
そんなことを思いながら僕はいつも通りの帰路に着いた。
お読みいただきありがとうございます(*'ω'*)
あなたと私はまだ同じ世界線にいますね…多分。




