表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禅語何それ美味しいの?  作者: 夕暮れの家


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/66

おばあちゃんとバラ

「おばあちゃん、このバラ何?」


春の午後、縁側から差し込む光に包まれながら、私は思わずそう尋ねた。

寝室の窓辺には、沢山の赤いバラが飾られていた。けれどそれらは、生花のように見えて少し違う。花びらに触れると、ひんやりとした感触が指先に残った。


私の家には、八十歳になるおばあちゃんがいる。郊外の古い一戸建てに、おじさんたちと一緒に暮らしている。


昔は畑仕事も家事も軽々とこなしていたけれど、最近は少しずつ横になっている時間が増えた。

それでも、おばあちゃんの笑顔は昔のまま、優しくて、どこか陽だまりの匂いがした。


「このバラはね——。」


おばあちゃんは枕元からひとつの花を手に取る。

皺くちゃな小さな手が、少し震えていた。


「結婚記念日に、おじいちゃんが一本ずつ贈ってくれたものなんだよ。」


「おじいちゃんが?」


私は思わず聞き返す。おじいちゃんは、私が小さい頃に亡くなっている。写真の中でしか知らない。

おばあちゃんは目を細めて、微笑んだ。


「そう、『にせものだけど永遠だから』って言ってね。」


そう言って笑うおばあちゃんの顔は、若い頃の写真の中の表情と同じだった。


「素敵!」と私は思わず声を上げた。

けれど、おばあちゃんは少しだけ寂しそうな顔をした。


「でもね、三十本までしかないのよ。」


私は何と答えていいかわからなかった。

おじいちゃんが亡くなってから、もう新しいバラは増えない。

そのことを思うと胸の奥がきゅっと締めつけられる。


沈黙が流れたあと、おばあちゃんがふと口を開いた。


「禅語でね、『日々是好日(にちにちこれこうじつ)』という言葉があるのよ。」


「ひびこれこうじつ?」


「どんな日も、そのままで良い日って意味なの。雨の日も、風の日も、悲しい日もね。失ってから気づくの。あの日々がどれほど大切だったかって。」


おばあちゃんの声が少しかすれていた。

私は胸が熱くなり、思わずおばあちゃんを抱きしめた。

小さな体は軽く、でも温かかった。


おばあちゃんは、私の頭をそっと撫でてくれた。

その手のぬくもりを、私は一生忘れないと思った。


それからというもの、私たちはおばあちゃんの誕生日に、赤い造花のバラを一本贈るようになった。


「おじいちゃんが続けてくれているみたいね。」


おばあちゃんは笑った。

部屋の中は、少しずつ増えていくバラでいっぱいになっていった。

どの花も、おばあちゃんの生きる年月を静かに語っているようだった。


そしてある日——

おばあちゃんは、穏やかな眠りの中で旅立った。

周りには、沢山のバラが飾られていた。


「ようやくおじいちゃんに会えるのね。」


最期にそう言って笑ったおばあちゃんの表情が、今も私の心に残っている。


どんな日も、失ってから気づく前に、その価値を感じながら生きていきたい。

晴れの日も、曇りの日も、誰かと笑えた日も、ひとりで泣いた夜も。

それらすべてが、私の人生にとってかけがえのない大切な一日なのだ。


——日々是好日(にちにちこれこうじつ)

おばあちゃん、今日もきっと良い日だね。

お読みいただきありがとうございます(*'ω'*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ