おばあちゃんとバラ
「おばあちゃん、このバラ何?」
春の午後、縁側から差し込む光に包まれながら、私は思わずそう尋ねた。
寝室の窓辺には、沢山の赤いバラが飾られていた。けれどそれらは、生花のように見えて少し違う。花びらに触れると、ひんやりとした感触が指先に残った。
私の家には、八十歳になるおばあちゃんがいる。郊外の古い一戸建てに、おじさんたちと一緒に暮らしている。
昔は畑仕事も家事も軽々とこなしていたけれど、最近は少しずつ横になっている時間が増えた。
それでも、おばあちゃんの笑顔は昔のまま、優しくて、どこか陽だまりの匂いがした。
「このバラはね——。」
おばあちゃんは枕元からひとつの花を手に取る。
皺くちゃな小さな手が、少し震えていた。
「結婚記念日に、おじいちゃんが一本ずつ贈ってくれたものなんだよ。」
「おじいちゃんが?」
私は思わず聞き返す。おじいちゃんは、私が小さい頃に亡くなっている。写真の中でしか知らない。
おばあちゃんは目を細めて、微笑んだ。
「そう、『にせものだけど永遠だから』って言ってね。」
そう言って笑うおばあちゃんの顔は、若い頃の写真の中の表情と同じだった。
「素敵!」と私は思わず声を上げた。
けれど、おばあちゃんは少しだけ寂しそうな顔をした。
「でもね、三十本までしかないのよ。」
私は何と答えていいかわからなかった。
おじいちゃんが亡くなってから、もう新しいバラは増えない。
そのことを思うと胸の奥がきゅっと締めつけられる。
沈黙が流れたあと、おばあちゃんがふと口を開いた。
「禅語でね、『日々是好日』という言葉があるのよ。」
「ひびこれこうじつ?」
「どんな日も、そのままで良い日って意味なの。雨の日も、風の日も、悲しい日もね。失ってから気づくの。あの日々がどれほど大切だったかって。」
おばあちゃんの声が少しかすれていた。
私は胸が熱くなり、思わずおばあちゃんを抱きしめた。
小さな体は軽く、でも温かかった。
おばあちゃんは、私の頭をそっと撫でてくれた。
その手のぬくもりを、私は一生忘れないと思った。
それからというもの、私たちはおばあちゃんの誕生日に、赤い造花のバラを一本贈るようになった。
「おじいちゃんが続けてくれているみたいね。」
おばあちゃんは笑った。
部屋の中は、少しずつ増えていくバラでいっぱいになっていった。
どの花も、おばあちゃんの生きる年月を静かに語っているようだった。
そしてある日——
おばあちゃんは、穏やかな眠りの中で旅立った。
周りには、沢山のバラが飾られていた。
「ようやくおじいちゃんに会えるのね。」
最期にそう言って笑ったおばあちゃんの表情が、今も私の心に残っている。
どんな日も、失ってから気づく前に、その価値を感じながら生きていきたい。
晴れの日も、曇りの日も、誰かと笑えた日も、ひとりで泣いた夜も。
それらすべてが、私の人生にとってかけがえのない大切な一日なのだ。
——日々是好日。
おばあちゃん、今日もきっと良い日だね。
お読みいただきありがとうございます(*'ω'*)




