慈悲
神と呼ばれながら、彼には何もできなかった。
人の願いを聞いても、ただ黙って頷くだけ。
「どうか母を助けてください」
「明日も笑顔でいられますように」
少年の祈りに応えることもできず、彼はただ無力さに苛まれていた。
願われても叶えられぬ。そんな存在に意味はあるのかと。
やがて、時が流れた。
彼は必死に力を求め、ついに手に入れた。
どんな願いも叶える力を。
だが、そのときにはもう、彼に祈ってくれた少年はいなかった。
祈りも声も消え、祭壇に灯る火も絶えていた。
彼はひとり、広大な時の海に取り残された。
――それでもさらに時が過ぎた。
ある日、古ぼけた文献を手にした者が彼の名を呼ぶ。
「妻の病気を治してください」
その声に応じて願いを叶えたとき、再び人は集まった。
評判は評判を呼び、祈りは絶えることなく届くようになった。
病を癒し、雨を呼び、恋を成就させる。
人々は歓喜し、彼は大忙しとなった。
祈りに応え続ける日々は充実していた。
しかし時代が進み、世界は変わっていった。
科学が人を導き、理が奇跡を凌駕するようになった。
人は神を信じなくなり、祈りは再び消えていった。
かつての喧噪は嘘のように静まり返る。
彼は問い続けた。
「願われなければ、私は存在する意味がないのか。」
ある日、外界を眺めていた彼は、一人の少年を見つける。
かつての祈りを寄せてくれた少年に似た眼差しを持つ子だった。
その少年が危機に陥ったとき、彼は気づく。
「願われるのを待つ必要はない。」
自然と手を差し伸べていた。
求められずとも、見返りがなくとも、心は満たされていた。
その姿を見ていた上位の神が微笑む。
「それが慈悲だ。願いに応えることよりも深く、人を救う心」
彼は頷いた。
今日も天界から下界を見守り、時に手を差し伸べる。
それはもはや祈りに応じるためではない。
彼は知ったのだ。
――これこそが愛である、と。
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