いいねボタン転生
目を開けると、私は石畳の町に立っていた。
空から声が降ってくる。
「貴方は前世で“いいね”ボタンを押さなかった罪があります。この世界で、人の胸についたボタンを一万回押しなさい」
人々の胸元には小さな金色のボタンが埋まっており、押すと光るらしい。
最初は気楽だった。道ですれ違う人に軽く押す。
「なんで押してくれたの?」
キラキラした目にとっさに言った。
「……いい鼻をしてると思って」
途端、相手は泣き出した。
「それ、コンプレックスなのに」
それからというもの、押せば必ず理由を求められる。
適当に答えれば傷つけ、考え込めば逃してしまう。一万回どころか百回でも息が詰まった。
そんなある日、石橋のたもとで一人の僧に出会った。
すれ違う人々のボタンを押しながら、柔らかな声でこう言う。
「好個風光。」
意味を問うと、僧は微笑む。
「人はそのままで美しい――そういう言葉です。」
私は真似て押した。
「好個風光。」
相手はふわりと笑った。
理由など要らない。ただ肯定するだけで、皆が喜ぶ。
私は一気に味をしめ、町中で唱え続けた。
千回を超えた頃、町は笑顔で満ちていた。けれど、胸の奥に違和感が芽生えた。
私は本当にその人を見ているのか。ただ通り過ぎながら、機械的に押しているだけではないのか。
ある夕暮れ、橋の欄干に腰掛けた少女の前で立ち止まった。
光を失った瞳、震える肩。ボタンを押そうとして、ためらう。
「今日は、好個風光じゃないの?」
少女が今にも泣き出しそうな声で呟く。
小さな声に胸が詰まる。そのままの君も美しい。けれど今は。
私は隣に座り、夕日を眺めた。沈黙が川面を染める。やがて、ボタンに頼らず言葉を探した。
「君がここにいてくれて、よかった。」
彼女の胸に光が灯る。その光は、これまでよりもずっと温かかった。
一万回のノルマはまだ先だ。それでも私は知った。
「好個風光」は魔法の呪文ではない。その人をちゃんと見つめ、心から肯定したとき、初めて本当の光になるのだ。
お読みいただきありがとうございました(*'ω'*)
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