お金持ちになったけど
僕の家は貧乏だった。
幼い頃、母に「どうして家にはお金がないの?」と尋ねたときの、あの困ったような笑顔が今も胸に焼きついている。
だから僕の夢は、お金持ちになることだった。
必死に勉強し、国でもトップクラスの大学に合格。
そこで満足することなく、在学中に起業した。
嵐のような日々だった。契約、交渉、トラブル処理、裏切り。
ひたすら前だけを見て走り続け、気づけば資産は億を優に超えていた。
子供の頃の夢は叶った。
――だが、心は空っぽだった。
足りないのは数字だと思い、さらに働いた。
睡眠を削り、食事を流し込み、休日も手帳は埋まっていく。
ある朝、鏡の中の青白い顔を見て、体が悲鳴を上げていることに気づいた。
それでも心は焦っていた。止まれば何かが崩れる気がして。
そんなとき、何気なく開いた配信画面に見入った。
最近人気の禅系Vtuber・空が、柔らかな声で語っていた。
「今日の禅語は『行到水窮處,坐看雲起時。』。
行き着くところまで歩き、水が尽きたら、座って雲の湧くのを眺めましょう。
辿り着いたら、一度立ち止まり、息を整える。きっと見えてくるものがあります。」
胸の奥に、ぽつんと温かいものが落ちた気がした。
僕は外に出た。
河原を歩く。春の匂いが混じる風が頬をなで、足音が砂利を踏む音に溶けていく。
やがて水面が切れ、広い空が開けた場所で、僕は足を止めた。
振り返れば、会社は多くの仲間に支えられ順調だ。
親に仕送りもでき、笑顔をもらった。
欲しい物は手に入り、お金も余るほどある。
――僕は、何を足りないと思っていたのだろう。
そうだ、足りなかったのは数字ではなく、夢を追っていた頃の熱だ。
「次の夢は、何にしようかな」
深く息を吸うと、胸いっぱいに春の空気が満ちた。
雲が、静かに形を変えて流れていくのが見えた。
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