椿の付喪神
その椿の木は、百年使われた土鍋のすぐそばに植えられていた。
土鍋は、祖母の代から代々使われていたもので、今は庭の隅にそっと置かれている。
役目を終えた器が、なぜか捨てられずに。
ある夜、私は夢を見た。
庭の椿の下に、古びた土鍋が立ち上がり、ひとりでに踊っている。踊るというより、風に揺れるように、音もなく揺れていた。
「わしは、付喪神になったんじゃよ」
どこか懐かしい声が、夢の中でそう語った。
「もう役目はないが、咲く花を見るために、ここにいる。椿が咲けば、それでええ」
目が覚めたとき、なぜか胸の奥がほんのり温かかった。
数日後、椿の木の下に、小さなつぼみがついているのを見つけた。去年は咲かなかったのに。今年はなぜか、つぼみがある。
私は、特別なことは何もせず、ただ毎朝そのつぼみを見守った。
するとある朝、露が光る中で、花は音もなく開いた。
深紅の花。まるで誰かを待っていたように。
気づけば、その椿の根元にあったはずの古い土鍋が、跡形もなく消えていた。誰かが持ち去った様子もない。ただ、消えていた。
咲くべき時に咲いた花と、去るべき時に去った神。
露地花開。
それは、自然に咲き、何も求めず、ただ美しくあるということ。
そして、古きものもまた、見届けるという役割を終えて、静かに還るのだ。
私はそっと手を合わせ、椿に一礼した。
ありがとう、付喪神。
お読みいただきありがとうございます(*'ω'*)




