この婚約は破棄させてもらう!
「この婚約は破棄させてもらう!」
その言葉が耳を離れない。
アルベスト王国第一王子――あの方に、私は捨てられた。
王子の隣にいるのは、可愛いだけの庶民の娘。私とは違う。
私は、国姫となるべく育てられた。
泣こうが喚こうが関係なく、礼儀、言語、舞、政治……幼い頃から詰め込まれた。
選択肢などなかった。王子の隣に立つ、それが私の“人生”だった。
それが、こんな形で終わるとは。
王子の目には私はもう映っていなかった。
いや今までもその目に私が映ることはなかったのかもしれない。
学園は追放。社交界の声は冷たい。
実家の一室、窓辺に座るだけの日々。時計の針の音だけがやけに大きい。
何もやる気がしない。
何をしたらいいかも、わからない。
ある日、何の気なしに庭を歩いていた。
目に留まったのは、赤く小さな花。花壇の端にひっそりと咲いていた。
「あなたは、何で咲いているの?」
ふと、声が漏れた。
返事を期待したものではなかったが、返事があった。
「理由もなく、ただ咲いているだけでございます」
私の問いに答えたのは、我が家に長年仕える老庭師だった。
「……理由は、ないの?」
「はい。ただそこに在るだけで、美しい。そうは思われませんか?」
私は黙った。
国姫になることが私の価値だった。
その座を失った今、自分の価値はどこにある? 何をすれば? 何者でなければ?
ただ在るだけで、美しい?
「でも私は捨てられたのよ」
「この花はお嬢様に見られるまでも見られた後もここで咲いております。変わらず美しいとは思いませんか?」
視線を戻すと、赤い花びらがさっきよりも鮮やかに映った。
「“喚醒”でございますね」
「かんせい?」
「東方の言葉にございます。眠っていた心が目を覚まし、自分の本当のあり方に気づくこと」
私は庭を見た。花を、土を、風を。
そして屋敷を見た。壁のひび、柱の傷――時を越えて在り続けるものたち。
最後に、自分の手を見つめた。
ここにいる私が、私だ。
誰かの隣に立たずとも、誰かの評価にさらされずとも――私は、ここに在る。
「……それでいいのですね」
老庭師はただ、微笑んで頷いた。
これは後に女帝と呼ばれたものの目覚めた日のお話。
「あなたのような男にこの国は任せられません!」
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