没入型VRMMOの悩み
「俺は…誰だ?」
タクマはVRセットギアを外し、ポツリと呟いた。
没入型VRMMO《Eden's Gate》――全感覚同期型の仮想世界。
そこでは「レオン」として、人を救い、笑わせ、仲間に囲まれ、誰よりも輝いていた。
だが、セットギアを外せば現実。
バイト先ではミスをなすりつけられ、大学では誰とも話さない。
母には「将来どうするの」と責められ、父とはもう数年口もきいていない。
あの世界の「レオン」と、鏡に映る自分との落差。
その違いに苦しくなり、毎晩項垂れていた。
理想の自分と現実の自分、その差が開く度、心は泣いていた。
「光が眩しいから闇が辛い。だったら始めから闇の中に生きればいい」
そしてついに、その“理想の自分”を、自ら消す決断をした。
アカウント削除。SNS退会。スマホの電源も切った。
全部終わりにして、ここだけで生きてやる――。
そう思った翌朝、手持ち無沙汰で本棚を漁っていた時、古い文庫本の栞に書かれた言葉が目に入った。
「主人公――自らの人生の主として立つ者」
は? 何それ。禅語らしいけど何も響かない。
タクマはページも開かずに本を放り出した。
数日後、スーパーで買い物をしているとき、小さな女の子が泣いていた。
「ママがいない……。」
その声に、誰も動かない中で、タクマは思わず女の子に話しかけていた。
「大丈夫、一緒に探そう。」
震える声だった。でも、それは“VRのレオン”のように誰かのために動いた、自分の行動だった。
戻ってきた母親に抱きついた女の子が、タクマにぺこりと頭を下げた。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
心臓が、どくんと鳴った。
仮想じゃない。現実の自分が、誰かのために動いた。
あの言葉が、唐突に蘇った。
「主人公――自らの人生の主として立つ者」
あのときは響かなかった。けど今なら、少しだけ分かる気がする。
「……俺が……主人公、か」
小さく笑ったその顔は、レオンに少しだけ似ていた。
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