私には撃てない
瓦礫と黒煙の街に、喉を引き裂くような咆哮が響く。
少女は壁際に身を寄せ、震える指先を見つめていた。手には一丁の古びた拳銃。それは彼女がまだ撃ったことのない、未知の重さだった。
目の前を這うように進む異形のもの。骨のような腕、ただれた皮膚、黒く濁った瞳――けれど、それでも彼女にはわかっていた。
この化け物も、もとは「人間」だったのだと。
「……撃てない……」
彼女は唇を噛む。脳裏に、かつての教師の声が浮かぶ。
「人間を殺してはいけません。命は尊いのです」
その教えは正しかった。疑いようもない。
けれど、正しさが命を守るとは限らない世界になった。
そのとき、背後から声がした。
「死にたいなら撃たなくていい」
男だった。軍服に身を纏い、煤けたマスクの奥から目だけが笑っていた。
「正しい教えにすがって動けなくなるくらいなら、そんなもん捨てちまえ。『滅仏滅祖』って言葉、知ってるか?」
「……なに、それ」
「仏も祖も滅せよ。つまり、教えも信仰も捨てて、自分の頭で考えろってことだ」
少女は顔を上げた。異形のうめき声が、すぐ近くまで迫っている。
選ばなければ、食われる。
「私には撃てない……」
教室の匂いが脳裏をかすめる。
笑いあった、あの昼休み。
目の前の異形の顔に、一瞬だけその子の面影が重なる。
……それでも――私は、生きたい。
「私は……生きる」
銃口をゆっくりと持ち上げる。
教えではない。恐怖でもない。
彼女は、彼女自身の意志で引き金を引いた。
乾いた音が一発、静寂を裂いた。
「…アハ、アハハハハハハ、気持ちイイーーーー!」
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