欲望を捨てよ
今日から投稿時間を変更して、1か月の間毎日17時に投稿していきます。
この街では、すべての者に「放下着」が求められる。
欲望を、過去を、名前すらも──手放せ。
それが“平穏”の名のもとに作られた秩序だった。
かつて、タケルはこの街の財をほぼ一人で牛耳っていた。
裏取引に、買収、情報操作。
成功の名のもとに、あらゆるものを積み上げてきた。
「俺はこの街を動かしてる。俺が法律だ」
だが、その夜、彼のもとに黒衣の巡察官が現れた。
仮面の奥から静かな声が響く。
「放下着」
「は? なんだそれ。俺のどこが悪い。俺は努力してきたんだぞ!」
「あなたは、あまりにも執着しすぎた。
その執着が、あなた自身を壊しはじめている」
黒衣の巡察官が銃を構える。
「ふざけるなッ、俺は手放さない。誰がこんなもん……!」
パァーン。
銃声が路地に木霊する。
タケルはその場に崩れ落ち、手からは金時計が滑り落ちた。
数日後。街外れの寺に、老いた旅僧がひっそりと訪れていた。
「……放下着、か。ずいぶん歪んでしまったな」
隣にいた若い修行僧が問う。
「師匠、放下着とは、欲を持ったら殺されるということなのですか?」
老僧は首を横に振る。
「いいや。放下着とは“自ら気づいて、手放すこと”。
殺して無理に手放させるなど、まるで逆だ。
禅とは、命をより深く生きるためにあるものだよ」
空を見上げる。
「“放下着”とは、手放したその先にこそ、本当の自由がある──その教えだったのに」
老僧はそっと目を閉じた。
誰も知らない。かつてこの街が、静かな禅寺だったことを。
今では、静かすぎるほどの死の街だ。
ただ「放下着」の声だけが、今日も風に乗って響いている。
お読みいただきありがとうございます(*'ω'*)




